第2話 諜報員は華麗に逃げ出す
(ユアン……)
今から3年前、俺がまだ15歳の時に『冒険者の1人に反逆の予兆あり』と嫌疑をかけられていた、当時Aランクパーティーのリーダーだった『ユアン・ジェイク』を調査していた時の言葉だ。
(『自由』か……)
俺から1番遠いものであり、考えたら事すらなかったもの。
心の底から幸福に満ちたユアンの笑顔は『俺』に向けられた物でなく、『俺が成り代わっていた』ユアンのパーティーメンバー『ロン』に向けられた物だったが、俺はこの言葉に激しく心を揺さぶられたのを思い出したのだ。
ーーー(こんな風に心から笑えるヤツがこの世界にはいるんだ)
心から驚嘆した。俺のように『作られた』笑顔ではない『本物の笑顔』がひどく眩しかった。
ーーーあ、あぁ! そうだな!
俺はユアンの言葉に、少し慌てて言葉を返したが、
ーーーん? どうしたんだよ、『ロン』! いつもなら『バカじゃねえの』とか言うくせに、ノリがいいじゃん!?
ユアンは嬉しそうにまた笑顔を浮かべたんだ。
今、思えば、あの時が俺の唯一の"失敗"だった。
一瞬でも動揺を表に出し、『完璧なロン』を演じきれなかった。すぐに立て直し、ユアンは気づいていなかったが、少しでも違和感を持たせてしまったのは間違いない。
アレが諜報員(スパイ)としての、最初で最後の『失敗』だった。
「何してる? 『決断したら即刻動け』! こんな初歩的な事まで忘れたのかッ!?」
ジャングの怒号にハッと顔をあげる。
「……はい」
俺は冷静さを取り戻し、『死を受け入れたカイン・アベル』を演じる。ジャングはつかんでいた胸ぐらを「ふんっ」と離すと、ズカズカと椅子まで歩き、ドスンッと腰を下ろし俺を見つめる。
(俺は死にたくない……。俺もユアンみたいに笑うんだ……。ここで死ぬわけにはいかないッ……!)
俺は自分自身に任務を与える。
『生き延びて、自由を手にしろ!!』
ここで完璧に逃げ出しては、これから先、追手に追われ続ける可能性が高い。『ここで一度死ぬ』のがベストな判断だが、それは俺のプライドが許さない。
(『魔力ゼロの無能』でも、【雷神】の"お前"から無傷で逃げる事くらいわけないぞ?)
俺は決意すると同時に素早く頭を回転させ、最適解を考え始める。
「カイン。見ててやる。早く自害しろ。下手な動きはするなよ? まあ戦ったところでどうなるかは分かりきっているとは思うがな……」
ジャングは俺が自害を選んだと思い込んでいるようで、薄く笑みを浮かべながら俺を見つめている。
俺自身には『力』がない。俺の魔力は0だ。
『無』から『有』を生み出す事は出来ない。
魔法のように、自分の力で「何か」を生み出す事は出来ない。俺に出来るのは『すでにある物』をギフトの力、つまりは『神の力』で変化させる事だけだ。
だか、それで充分だ。
『有』を『無限』にする術はいくらでも知っている。これまで「死地」で生き残って来たのだ。俺は頭の中に最適解のギフトを思い浮かべ、小さく呟いた。
「《透過》……」
スゥーー……
一瞬にして俺の姿が消えていく。
「んなッ!? カ、カインッ!! 貴様! な、何しているッ!! どこだッ!! チィッ!! この『無能』がッ!!」
ズギャンッ!! ビリビリッ、ビリビリッ!
ジャングが慌てたように立ち上がると、自らのギフトである【雷神】を発動させ、部屋中に《紫電(ライトニング)》を走らせるがもう遅い。
もう誰も、俺を捕まえる事は出来ない。
ジャングは【透過】を知らない。
自分の身体を透過させ、『全てをすり抜けさせる』、この『恩恵(ギフト)』の存在を知らない。
これは女風呂を覗いていた子供を偶然見つけたときに、(使えそうなギフトだ!)と、こっそり"契約"しておいた物なのだから、ジャングが知っているはずがない。
俺は俺なりに優秀な諜報員(スパイ)になるために日々努力してきた。俺の【百面相】の全貌を理解しているのは俺だけだ。
それもそのはず。
『秘匿』は『諜報員(スパイ)』の専売特許。
俺は『諜報員は力を隠す物』という教えの元、それを忠実に守ってきた。
俺の【百面相】の全ての力を知っている者は誰1人としていない。拾ってくれたジャングも、一緒に育ったサムも知らない。
「容姿を変化させ、相手のギフトを使用できる」という俺の言葉を信じていたんだろうが、勘違いしないで欲しい。
俺は『容姿を変えない事』で、100人分の『恩恵(ギフト)』を使用できるのだ。
『本気で逃げる』と決めた俺を捕まえる事なんて、まず不可能だ。
『雷神化』できるほど優秀なギフトを持っていようが、【分裂】を繰り返し、膨大な魔力を武器に複数の属性魔法を繰り出せようが、《透過》した俺は捕まえれない。
「世話になったな。……『ジャング』」
「クッ、クソッ!! どこだ!!?? カインッ!! ……《紫電砲(ライトニング・ノヴァ)》!!」
ピキピキッ!! ズギャンッ!!
部屋中を埋めつくす紫電の砲撃など一切見向きをする事もなく部屋を"すり抜ける"。
「クソッ!! どこだ!? 何で姿が消えてるんだっ!! 待て!! カインッ!! ふ、ふざけるな!! 私から逃げられると思ってるのかぁ!!」
部屋の中から怒り狂っているジャングの怒号が聞こえるが、俺はゆっくりと隠れ家を出る。
(……世話になった)
外に出ると同時に、心の中で呟くと、
ズギャンッ!!
巨大な雷が隠れ家に落ちた。
ガラガラガラッ……
建物が崩壊する音が王都に響くと、
「なんだぁ? 雷が落ちたのか? 晴れてるのに……?」
「ん? あそこ誰の家だったっけ?」
「うわぁー……中に誰かいるのか?」
などと王都の住人が集まって来ている。
(ふっ。激情に駆られて『目立つ』なんて、諜報員(スパイ)失格じゃないか)
心の中で呟きながらも振り返る事はない。
寂しくはなかった。
これまでの全てを捧げて来た『諜報(スパイ)ギルド』を捨て、道を示してくれたジャングとの決別に、微塵の後悔もなかった。
まるで長い長い悪夢から覚めたような気分だ。
(これからは『冒険者』になって、『自由』に生きるぞッ!!)
俺の『笑顔』は、誰にも見える事はない。でも、もし誰かが見ているのだとしたら少しは幸せそうに見えるだろうと思った。
ーーーーー
【あとがき】
次話、ざまぁ対象sideです!
☆レビュー、何卒!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます