第188話 翌朝
「いただきます!!」
ゆいの元気な声と共に始まった朝食の時間。
夜通し幸せ家族計画を遂行していた二人は、少しだけ眠そうな目をして食事を始めた。
「りょーくん」
食事が始まって直ぐ、みさきが名前を呼んだ。
そのままじーっと龍誠の顔を見て、
「ねむい?」
「そうだな、ちょっと寝不足だ」
龍誠は苦笑いと共に答えた。
じーっと見続けるみさき。
「ふっふっふ」
突然、ゆいが悪役のように笑い出す。
「すべて、おみとおしです!」
ビシィっと龍誠に指を突き付けて、
「あたし、見ました」
ゆいは不敵に笑い続ける。
「ふっふっふ……」
普通ならば、見られたのかと考えて焦るのが自然だろう。しかし相手はゆいちゃん、龍誠に焦りは無い。
それは結衣も同じで、彼女は今も残っている余韻に浸りながら、優雅にお茶を飲んでいた。
「せんたくきに、シーツが入ってました!」
ビシィっと洗濯機を指差すゆい。
げほげほ咽せる結衣。
「ふっふっふ……」
ゆいはクルリと指を回して、龍誠に向けた。
そしてトドメの一言を口にする。
「おねしょしちゃったんでしょ!」
ゆいはドヤァとした態度で言った。
その言葉を聞いて龍誠は一気に脱力する。それから結衣とアイコンタクトを取ろうとして、彼女が見るからに動揺していることに気が付いた。
「ああ、大洪水だった」
「……ッ!?」
必死に笑いを堪えながら、龍誠は続ける。
「まさか、この歳になって、あそこまで……」
その言葉は全て結衣に向けたものだ。ゆいはもちろん気が付かなくて、ちょっぴり調子に乗って言う。
「あたしでもそつぎょうしてるよ!」
「そうか。ゆいちゃんは、ちゃんと我慢できるんだな」
「あたりまえ! ししゃごにゅうしたら、じゅっさい!」
「偉いなぁ、ゆいちゃんは」
ゆいちゃん「は」
その言葉を龍誠は強調する。
「ゆい、今夜はトマトパーティをしましょう」
「わるいのりょーくん! あたしむざい!!」
ゆいは涙目になって訴えた。
しかし羞恥心に押しつぶされている結衣には届かない。
「りょーくん」
くいっと袖を引っ張ったみさき。
少しだけ頭を差し出しながら、
「みさきも、おねしょ、しない」
「そうかそうか。みさきは偉いな」
「……ひひ」
彼はみさきの要求に応えて、優しく頭を撫でた。
みさきは嬉しくて声をもらしながら、なんとなく、いつもより気持ちが良いと思った。
「りょーくん」
みさきも手を伸ばして、うんしょと龍誠に近付ける。
何をしたいのか察した龍誠は、ほらと頭を差し出した。
「……ん」
満足そうに鼻を鳴らして、みさきは龍誠の頭をポンと叩いた。
「おねしょ、わるいこ」
そのまま、ちょっと叱ってみる。
龍誠はふっと笑って、悪いと一言だけ謝った。
「わるいこ!」
ゆいも便乗して言った。
彼女はダメージが全て結衣に行っていて、急激にトマトゲージが上昇していることに気が付けない。
「ところで」
結衣は引きつった笑みを浮かべながら言う。
「ゆいとみさきは、弟と妹のどちらが欲しいですか?」
今度は龍誠がゲホゲホした。
「弟がほしい!」
ゆいは元気に叫ぶ。
「でもトマトやだ!」
「どうしてトマトですか?」
「りょーくんが、あたしがトマトすきにならないと使えないって言ってた!」
使えない?
結衣は少し考えて、過去に龍誠が「トマトを好きになったら弟が出来る」という話をしたのかなと思う。
「そうです」
結衣は便乗することにした。
「みさきはトマトが嫌いですか?」
「すき」
みさきに好き嫌いは無い。どちらかと問われれば、なんだって好きと答える。
「あとは、ゆいだけですね」
「むむむ……」
ゆいの中で、未だ見ぬ弟とトマトが天秤に載って揺れる。
「みさきは弟か妹が欲しいですか?」
「んー?」
「ちっちゃいりょーくんは欲しいですか?」
「ほしい」
みさきは目を輝かせる。
「ゆいちゃん、トマト、すき?」
「むむむ……」
天秤にみさきが載ったことで大きく揺れる。
ゆいの心が傾き始めた。
「そうだゆいちゃん。もしもトマトを食べられるようになったら、一緒に遊園地へ行こう」
「む?」
「まずは四人で、そこでゆいちゃんはママと思い切り遊ぶんだ。その次は五人で。お姉ちゃんになったゆいちゃんが、子供と遊んであげるんだ」
どしーん!
龍誠の言葉がトマトを天秤から上空へ投げ飛ばした。
「ふっふっふ……」
ゆいは想像上のトマトをパシッとキャッチする。
そして勇敢な表情を浮かべると、高らかに宣言した。
「あたし、トマトたべます!」
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