第148話 朱音とデートした日(後)


 龍誠は困惑していた。


 ほんの一月前に来たばかりのファミレス。

 同じ相手。同じ料理。


 内装や店員。周りから聞こえてくる話し声。

 何ひとつ変わっていないはずなのに、何もかも違う。


 ……どうなってやがる。まさかこの歳でボケたのか?

 いや記憶力が原因なら料理の味が分からないことの説明が出来ねぇ。

 何か、あの時と違う何かがあるはずだ。

 何かって、そんなの……。


 龍誠は顔を上げて朱音を見た。

 ちょうどスプーンを口に入れるタイミングで視線に気が付いた朱音は、パクリとしてから硬直する。


 ほんの数秒だけ時が止まって、二人は同時に目を逸らした。


 ……どうなってやがる!?


 朱音のことはよく知っているつもりだ。

 やけに人懐っこくて、無邪気で子供みたいなヤツだった。いつも同じような服を着ていて、髪だって少しモワモワしていた。


 先月の合コンで会った時も同じだ。上着のせいで中に着ている服は分からなかったけれど、見えている部分は昔とちっとも変わっていなかった。


 それが今日は、いったい何が起きたのだろうか。


 着ている白い服はもこもこしていて暖かそうで、それでいて可愛らしいデザインをしている。これまでの機能性とか実用性を重視した服とは違い、まるでみさきのようである。


 モワモワしていた髪はまるでみさきのように煌びやかで、相変わらずの白い肌は、しかし何かが違う。具体的に何が違うのかは分からないが、あえて言葉にするのなら、そう、まるでみさきのようだ。


 ……まさか、朱音は未来から来たみさきなのか?


「いやいや、それはないだろ」

「……それって?」

「気にするな、なんでもない」

「……そっか」


 龍誠は心の中で深呼吸をする。

 落ち着け、今の朱音はみさきだ。緊張する必要なんてない。


 ……みさきが、俺にプロポーズ。


 そこまで考えて、龍誠は静かに頭を抱えた。

 結局のところ、彼が平静でないのは、これまで以上に結婚という言葉を意識しているからだ。


 龍誠は好意をむきだしにした相手との接し方を知らない。

 何をすれば正解なのか、何をしてはダメなのか。

 みさきが相手ならば雰囲気で分かるのだが、残念ながら相手はみさきではない。


 いっそみさきだと思って接するのはどうだろう。

 いやそれはない。膝に乗せたり頭を撫でたり、それは相手がみさきだから許されるのであって、成人している女性にやってしまったらアウトだ。


 しかし、しかしである。

 結婚するというのはつまり第二第三のみさきが現れるということで、つまりそれはそういうことで、ならばそういうことなのであろう。


 ……いかん、待て、本当に落ち着け。


「なあ龍誠」

「おおぅっ、どうした」

「龍誠こそどうしたんだよ。さっきから何か面白いぞ」


 朱音はくすくす笑った。

 龍誠は軽く咳払いをして姿勢を正す。


「あれだ、いろいろ考えてんだよ」

「いろいろって?」

「結婚のこと」

「そ、そっか……」


 朱音は急に顔が熱くなって俯いた。

 その反応を見て龍誠もまた俯く。


「……なあ龍誠」


 俯いたまま、朱音は少しだけ目線を上げて言う。


「考えるの、後にしないか?」

「いやでも重要なことだぞ」

「真剣に考えてくれるのは嬉しい。だけど……せっかくだし、楽しみたい」


 今日のデートは朱音がプロポーズしたことで成立したものだ。しかしあれは、龍誠を誰かに取られたくないという一心で口をついて出た言葉だった。


 家族になりたいとか、恋人になりたいとか、そういうことは良く分からない。ただ純粋に、一緒にいたい。朱音が抱いている感情はそういう類のものだ。


 もちろん朱音だっていろいろ考えている。

 龍誠ほどではないにしても、この一週間は何日か眠れなかった。そのうえで、彼女は「せっかくだし」と口にした。

 

「……ああ、そうだな」


 もちろん朱音の考えていることなんて龍誠には分からないけれど、その気持ちのいくらかは伝わった。

 彼はふっと息を吐いて脱力する。


「悪い。なんか神経質っていうか、考えるのが癖になってるらしい」


 ごまかすような笑顔を浮かべて言った。

 単純に、感情の赴くままに行動したことで大きな失敗をした龍誠は、それがトラウマになっている。だから、あらゆる物事を深く考えずにはいられないのだ。


「昔と正反対だな」

「うるさい、あの頃はガキだったんだよ」


 朱音は悪戯をする子供のような顔をして言った。

 龍誠は反射的に言い返して、残っていた料理を一気に食べる。

 その反応が面白くて、朱音は無邪気に笑う。


「なあ龍誠」

「なんだよ」

「ほっぺにソースついてる」


 龍誠は気恥ずかしそうな顔をして、机の隅に設置されたナプキンで頬を拭いた。それを見て、朱音はまた楽しそうに笑う。龍誠は何がそんなに楽しいのかと思いながら、自分の頬も緩んでいることに気が付いていた。


「なあ龍誠」

「今度は何だ」

「楽しいな」

「なんだよ、急に」


 朱音は満面の笑みを浮かべたまま、机に身を乗り出す。


「今日は、楽しいこと、いっぱいしよう」


 そう言ったあと少し目線を逸らして、


「それで、その、帰る時間になって、もっとずっと一緒にいたいって思ってくれたら、その時は……」


 たどたどしい口調で、朱音は言う。


「その時は、もう一回、今度は、龍誠から言ってくれ」


 朱音はゆっくりと顔を正面に向けて、龍誠の目を見る。

 思わぬ不意打ちを受けて、龍誠は暫く呼吸を忘れた。


「……ああ、分かった」


 やがて小さな声と共に頷くと、朱音は嬉しいような恥ずかしいような、そんな複雑な表情を浮かべて、最後にはごまかすようにして笑った。



 *



「いい感じ。いい感じなんじゃないっすか?」


 朱音をサポートするためにバイトとしてモールへ潜入した従業員の一人は、双眼鏡を片手に言った。


 ザザ、ザザザ。

 直後、耳に当てたインカムのイヤホンにノイズが走る。


『こちら映画館組。超暇なんだけど、姉さん達どんな状況?』


 音が消えたあと、彼女はインカムのマイクを口元に近付けた。


『こちらサボリ組。姉さんはファミレスで彼と食事中。いい雰囲気っす』

『マジ? 写メよろしくね』

『了解っす。つうか映画館って暇なんすか? 今って君の名わ。とか流行ってるんじゃないんすか?』

『ほら、チケット買う機械があるっしょ? みんなアレ使うからマジで暇』

『君達、日雇いで入ったバイトの子? ちょっと話したいことがあるから裏まで来てくれるかな?』

「やばっ」


 茶髪のしーちゃんはインカムの電源を切って、小走りで持ち場へ向かった。



 *



 ファミレスを出た後、二人は映画館へ向かうことにした。

 もちろん朱音が提案したことで、龍誠はどこで何をするとか、そういうことは何も考えていなかった。


 ファミレスから映画館までは徒歩で十分もかからない。

 しかし、その僅かな時間が朱音にはとても長く感じられた。


 周りには人が多くて、必然的に二人の距離は近くなる。

 すると朱音の意識は自然と彼の手に吸い寄せられた。


 ……既成事実。


 こっそり手を伸ばして、だけど直前になって引っ込める。


「なにしてんだ?」

「なんでもないっ!」


 サッと飛び退いた朱音。


 ほんの一メートルの距離をあけて、人混みの中を歩く。

 龍誠は映画館を探して遠いところを見ているけれど、朱音はあちこち気になって仕方ない。


 ……やっぱ人たくさんいるな。うわっ、あいつら子作りしてるよ。うえぇっ、あっちでも!?


 休日のモールともなれば、あちこちにカップルの姿が見える。

 流石に昼間からチュッチュチュッチュしているペアは稀有だろうけれど、手を繋ぐ程度なら珍しくない。そしてそれは、悪い大人に誤った知識を植え付けられた朱音には少し刺激が強い。


 ……マジか、そっか、へー。


 えっちな本を読む中学生のようにチラチラ周りを見る朱音。

 龍誠は朱音の姿を見て不思議に思いながらも、あまり深くは考えないことにした。



 *



A『なんで最初からグループ通話にしなかったわけ?』

し『いや、なんか無線で連絡しあうってかっこいいじゃないっすか』

B『わかる』

A『いや分かんないから』


し『そんなことより、映画館組は準備いいっすか? 姉さん達そろそろ着くっすよ!』

C『バッチリ』

し『流石っす。あとはキャンセルするタイミングっすね!』

C『カウンターに来れば余裕』


D『てかさ、変装だっけ?』

C『そう。もうマジ誰もカウンター来ないレベルで不審者』

E『それ姉さん達も来なくね?』

し『姉さんは人を見た目で判断しない素敵な方なので大丈夫っす』

B『わかる』


A『いや、それ男の方は?』

し『そんな器の小さいヤツだったら席どころか姉さんだってくれてやんないっすよ……ごごごご』

B『わかる』



 *



 映画館に着いた二人は、暫く入り口に立って中を見ていた。

 初めて見る物ばかりだから、物珍しいというのが大きい。


 壁に貼り付けられた巨大なポスターや、頭痛が痛くなりそうなくらい密集した人々。

 どれも新鮮で、見ているだけで面白い。


「さてと、朱音が言ってた見たい映画ってどれだ?」

「ええっと、君の名前がなんちゃらってやつ。なんか流行ってるんだって」

「君の名前……あのデカいポスターのヤツか?」

「たぶん。龍誠も見たこと無いのか?」

「ああ、そもそも映画館に来たことが無い」

「そっか。一緒だな」


 朱音も初めて映画館に来たと知った龍誠は、少しだけ驚いた。

 それから映画館について知っていることを考えて、ふと思い出す。


「入場券とか買わなくていいのか?」

「入場券……そっか、そうだな」


 すっかり忘れていたという様子の朱音。

 少し考える素振りを見せたあと、甘えるような声で言う。


「なあ龍誠、どこで買えばいいのか知らない?」

「知らん。とりあえず受付みたいな所を探そうか」

「うん、分かった」


 少しだけ背伸びをした朱音の隣で、龍誠はゆっくり周囲を見る。


 二人が板チョコの顔をした店員を見付けたのは、ほとんど同時だった。



 こうして入場券を手に入れた二人は、映画館の隅まで歩いて、休憩室のような場所に座った。

 はじめてのおつかいとはよく言ったもので、ただ券を買うだけなのに、二人は妙な疲労感を覚えた。


「よく分からんが、ラッキーだったな」

「うん、日頃の行いってやつだな」


 カウンターのような席に隣り合って座った二人は、チケットを見ながら言う。


 最も上映時間が近かったのは二十分後で、しかしその回は隣り合って空いている席がなかった。なので仕方なく次の回を選ぼうとした時、なんと偶然にもキャンセルが発生した。


 もちろん偶然の裏には朱音の元で働く従業員達の影があるのだけれど、そんなこと二人は知らない。


「なんか、人が多い割にはすんなり買えたな」

「そうだな」


 ほぼ満席だったし、実は予約制だったのではないかと龍誠は思う。

 一方で朱音は、板チョコ型の仮面を付けた店員が避けられていたのかなと思った。


 その時、館内に上映時間が近付いたことを知らせるアナウンスが流れた。


「あれ、今のって俺達が見る映画じゃないか?」

「そうだな。まだ十五分くらいあるけど」


 二人は揃って入場券を見た。

 そこに記されている映画のタイトルは、直前にアナウンスで聞いたのと同じだ。他には座席の名前と思しき英語と数字が書いてあって、その近くには上映時間がある。やはり上映までは十五分ほど時間があり……


「あ、下に入場は十五分前って書いてあるな」

「ほんとだ。なんだ、直ぐに並んでもよかったじゃん」


 にひひと笑って、朱音は席を立つ。


「早く行こ」

「……子供か」

「なんか言ったか?」

「何でもない。転ぶなよ」

「転ばないし」


 そう言って朱音は楽しそうに笑う。しかし彼女の足先は既に入場口の方を向いていて、今にも走り出しそうだった。それを見て龍誠は、やれやれといった気持ちで立ち上がる。


 ……ほんと、中身はガキのままだな。


 心の中で呟いて、ちょっぴり駆け足な朱音の背中を追いかける。ファミレスでは「みさきのようだ」なんて思ったけれど、精神年齢的にはそれくらいなのかもしれない。


 ――帰る時間になって、もっとずっと一緒にいたいって思ってくれたら


 不意にファミレスで聞いた言葉が頭をよぎった。

 そのことについて考えそうになって、龍誠は首を降る。


 ……考えるのは後だ。とりあえず今は楽しもう。



 *



C『映画館組任務完了〜、バックレま〜』

し『お疲れっす。迷惑になるので仕事は最後までやるように』

C『いや立ってるだけだし。あとガキに写メ撮られて呟かれるのが腹立つ』


D『もしかして変装って板チョコ?』

C『それそれ。なんで知ってんの?』

D『さっき流れてきた』

C『うざ。そのアカ教えて。軽犯罪自慢見つけて通報する』

D『うわ陰湿〜、でも面白そうだからライン送っとく』


A『次どこだっけ?』

し『ゲーセンか服屋っす』

A『あーそれそれ。なんか学生デートみたいなプランだよね』

し『初デートなんだからこれくらいでいいんすよ。とりあえずホテル行っとけみたいなのは姉さんにはNGっす』

B『わかる』

し『つうか、皆で話したじゃないっすか』

A『そだっけ?』


F『そんなことより映画館での姉さんの様子が気になるっ!』

B『わかる』

G『任せて』

し『ケータイの電源はオフっすよ。バレたら洒落になんないっすからね』



 *



「やっと座れたな」


 指定された席に辿り着いた後、朱音が嬉しそうな声で言った。


「そうだな。十五分前入場になるわけだ」


 龍誠は少しだけ疲れたような声で言って、座席に深く腰掛ける。


「なんか、狭いな」

「そうか?」

「足の置き場に困る」


 ――ドンナニ アシガ ナガクテモ♪


「前の席を蹴るな、だってさ」

「わかってるけど、これ、少し動いたらぶつかるぞ。あと、上映中はお静かにだとさ」

「まだCMだし。つうか、こっちに伸ばしたら?」

「いいのか?」

「うん」

「悪いな、ありがとう」


 礼を言って、龍誠は朱音の方に脚を伸ばそうとする。


 ……いや、それはそれで、どうやって伸ばせばいいんだ?


 龍誠は前の席を蹴らないように注意しながら何度か姿勢を変えて――靴を脱いだ。

 そのまま足を持ち上げて椅子の上に乗せ、膝を抱える。


「ぷっ、なんだそれ」

「うるさい。これが一番落ち着くんだよ」

「でも、それは……ふふっ」

「上映中はお静かに」


 くすくす笑う朱音を無視して、龍誠はスクリーンに目を向けた。

 今回見る映画が漫画みたいな絵をしたものだったからか、流れるCMもアニメ映画ばかりだった。それを見て彼は檀とアニメを見た時を思い出す。あの時もテレビ画面の大きさにちょっとした感動を覚えた龍誠だが、スクリーンはそれとは比べ物にならない。


 これが映画か。

 そう思う龍誠の左隣で、朱音はいつまでも声を殺して笑っていた。




 結果から言えば、映画は二人の琴線に触れた。

 例えば朱音は、登場人物達の恋愛感情に胸を打たれた。


 突然の出会い。

 それから互いに話すうちに惹かれ合い、しかし唐突に引き裂かれてしまう。


 物語はファンタジー要素満載だったけれど、朱音には二人の関係が自分と龍誠の関係と似ているように思えた。そうして感情移入してしまったら、もう登場人物を他人だと思うことは出来ない。だから映画が終わった時、朱音は素直に感動していた。


 例えば龍誠は、登場人物達の真っ直ぐな姿に憧れた。

 彼等は大きな困難を乗り越えた。そこにあるのは、好きな人の為に何かしたいというシンプルな感情だ。その感情に従ったことで何が起こるのかとか、それを成し遂げる為にはどうすれば良いのかとか、そういう葛藤は描かれていなかった。


 龍誠は過去に工場を守ろうとした。しかし誰一人として手を貸してくれなかった。

 映画でヒーローはヒロインを救おうとした。すると誰もが彼に手を貸した。


 龍誠は過去に最後まで抗った。だけど、まるで詰将棋をしているかのように追い詰められていった。

 映画でヒーローが立ち止まるシーンがあった。だけど、まるで世界が彼を導こうとしているかのように光明が差し込まれた。


 果たして、彼は望んだ場所に辿り着いた。

 そこには映画では描かれていない苦労や葛藤があったのかもしれない。


 しかし龍誠にとっては、この二時間の間に観たことが全てだ。

 だから純粋に、憧れた。


 何かをしたいと願った時、誰もが手を貸してくれたらどれだけ心強いだろう。

 困難に立ち向かおうとした時、答えの用意された問題を解くかのようにヒントが与えられていたらどれだけ楽になるだろう。


 龍誠はそう思った。

 しかし彼が登場人物達に憧れたのは、彼等にそれが与えられていたからではない。


 きっと主人公の視点で世界を見れば、ヒントなんてどこにもなくて、理不尽な困難に心を打ちのめされていたはずだ。それでも、彼は好きな人を救いたいという一心で真っ直ぐに行動した。


 それほどの勇気が、それほどの強い感情が、果たして自分にはあるのだろうか。


 龍誠は自分に問いかけた。


 ――未だに、彼は自分を肯定することが出来ない。

 きっと彼が憧れた真っ直ぐな勇気は、みさきを育てると決めた時に彼が持っていたものと同じだ。

 きっと彼が羨んだ光明は、あの日から出会った人達のことだ。


 彼はどうしようもなく臆病で、いつも不安だった。

 だけど他の人の目には、龍誠から見た映画の主人公のように、真っ直ぐな勇気を持っているように見えていたのかもしれない。


 ただひとつ言えるのは、彼の中には、もうそれはほとんど残っていないということだ。


 改めて、龍誠は自分に問いかけた。

 映画で観た主人公のように、真っ直ぐに何かをすることが出来るだろうか。


 繰り返すが、龍誠はとても臆病な性格をしている。

 だけど、その問に対する答えは直ぐに出た。


 みさきの為なら、きっと。



 *



 映画館を出た後、二人は映画について話をしていた。


「面白かったな!」


 と嬉しそうに言うのは朱音。


「ああ、なんか背景とかスゲェ綺麗だったな。どっかの森で見た景色を思い出した」

「どこだよそれ」

「どこかって言っただろ」


 龍誠も、彼なりに楽しそうな表情で話をしていた。


「てか背景とかどうでも良くない? ストーリーの話しようよ」

「そうだな。朱音はどう思ったんだ?」

「なんか色々あったけど、えっと……面白かった!」


 周囲には同じように映画を見た人達がいて、各々の感想が聞こえてくる。


 感動したね、とか。

 それもまた結びだね、とか。

 全然前世関係なかったね、とか。


「ところで、次はどうするのか決めてるのか?」

「うん、ゲーセンに行きたい」

「ゲーセンか。中学の時に何度か行ったな」

「そうなんだ。好きなヤツとかあるのか?」


「よく覚えてないが……そうだな、クレーンゲームみたいなのあるだろ? あれ得意だったぞ」

「マジ? じゃあ可愛いぬいぐるみとかあったら取ってよ」

「ぬいぐるみって……」

「あー、なにその反応。別にいいじゃんぬいぐるみ欲しがっても」


「そうだな。朱音には似合ってるかもな」

「ガキ扱いすんなし。龍誠なんて映画見て途中で泣いてたクセに」

「は? いやいや泣いてねぇし」

「泣いてたし。見てたし」


「見間違えだろ。ていうか映画見ろよ。なんで俺を見てるんだよ」

「なんでって、それは……」


 ――ワンチャン映画館で手を繋ぐのもありっすよ!!


「それは?」

「なんでもない! ほら、さっさとゲーセン行くぞ!」

「なんだよ……おい、ちょっと待てって」


 早歩きでゲーセンに向かう朱音を龍誠は小走りで追いかけた。



 *



 その後、二人は日が沈むまで遊んだ。

 最初の緊張はどこへやら、時間と共に解れ、徐々に昔のような関係に戻っていった。


 あれから長い時が経っているけれど、朱音も龍誠もほとんど変わっていなかった。

 だけど、やっぱり違うところはある。


 例えばそれは、朱音が異常に彼の手を意識していることだったり。

 例えばそれは、龍誠が昔より柔らかい性格になっていたり。


 そんなことも感じながら、ゲーセンでぬいぐるみを取って、奥にあるアーケードゲームでムキになって対戦して、服屋に行って朱音が龍誠を着せ替え人形にして遊んだり……楽しい時間はあっという間に過ぎた。



 ――帰る時間になって、もっとずっと一緒にいたいって思ってくれたら



 その言葉を龍誠は忘れていない。

 正直に言えば、このままずっと一緒に遊んでいたいという気持ちは芽生えた。


 だけどそれは、朱音の言っている言葉とは微妙に意味がずれていて、果たして正しい意味での返事は思い浮かばなかった。


「……いいよ、今日じゃなくても」


 駅の改札前。

 何か言おうとしている龍誠を見て、朱音は言った。


「今日、楽しかった。龍誠は?」

「……ああ、俺も楽しかった」


 返事を聞いて、朱音は満足そうに頷く。


「うん、なら良かった。だから、また今度」

「……朱音?」


 不思議そうな顔をする龍誠。

 朱音は一瞬だけ彼の手を見て、


「オレも……だから、えっと、また龍誠の部屋とか遊びに行ってもいいか?」

「ああ、構わないが」


 龍誠は朱音が直前にどこかを見たような気がしたけれど、どこを見たのかは分からなかった。


「よし、約束したから。それじゃ、えっと、駅は逆方向だったよな?」

「そうだな……また、いつか」

「うん、またいつか」



 

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