第111話 第十五話:みさきとゲネプロ!
次々と新しいことが始まる日々の中、みさきはサプライズの準備を一生懸命に進めてきた。
ある時は瑠海ちゃんとララランるみみん。
ある時はゆいちゃんとたららんたららん。
ある時は鉛筆を持ってカキカキかきかき。
檀や友達に手伝ってもらいながら、みさきは誕生日プレゼントを形にしていった。
初めての授業や初めてのテスト、初めての掃除当番に初めての宿題。今日はこんなことをしたよ。毎日りょーくんと話をするけれど、サプライズに関する話題は決して出さなかった。
そして迎えたクリスマスイブ。
夏が過ぎた辺りから、龍誠は家にいないことが多い。帰宅時間は六時前後で、たまに遅くて八時くらいになることもある。
そういうわけで、クリスマスイブの昼。みさきの部屋には、みさきを含めて四人の人が居た。
「るみみん☆ みさきのママですか?」
「ちがうよー」
「だれ?」
「ふひひ、お隣さんです」
檀と瑠海は初対面。
ずっと一緒に練習してきた瑠海は本番を見届けたかったけれど、ゆいが「くうき! よんで!」と圧力をかけたから、当日は席を外すことにした。その代わり前日にゲネプロ、つまりリハーサルを企画した。
なにそれ楽しそう! と、ゆいが参加し、みさきの面倒を見る予定だった檀も参加することになった。
「まゆちゃんはね、えがじょうず!」
ゆいが檀のことを瑠海に伝える。
瑠海は「おー」と目を大きくして檀の方を見た。
「にがおえかいて!」
「え? 似顔絵?」
「るみみん☆ かわいくしてね」
「ふひひ、時間が有ったらねー」
ピースしてポーズを取る瑠海を見て、檀はとろんと表情を緩ませて言った。
「きょうはみさきのひ! さっそくはじめましょう!」
パンパンと手を叩いてゆいが言う。皆は頷いて、みさきに目線が集中した。
「……ん?」
りょーくんへのプレゼントは決まっているけれど、具体的な流れについてはノープランだったみさき。
きょとんと首を傾けた姿を見て、ゆいはハッとする。
「まさかっ、ノープランですか!?」
「のーぷらん?」
「なにもきめてない?」
「……ん」
瑠海のフォローを受けて、みさきは言葉の意味を理解した。
それを見てゆいは「えー!」と大袈裟にリアクションして、少し聞き取り辛い声でみさきに何かを言う。
そんな感じで話し合う三人を少し離れた位置で見ている檀は、うへへへと幸せそうな表情をしていた。
ごにょごにょ(どうする?)
ごにょごにょ(あたしにまかせて!)
ごにょごにょ、ごにょごにょ――
数分後。
子供達が話し合った結果、檀を龍誠役として、みさきがプレゼントのリハーサルを行うことになった。
いつも龍誠が寝ている布団に檀が座り、みさきは自分の布団の上に座る。そして二つの布団の間に電子ピアノを置いて、準備完了。
「それでは!」
「まっ、あのっ、アヘっ、ごめ、ごめんね、ちょっと待って」
「ノー! まてません!」
天童さんがいつも寝てる布団に座ってしまっている。
天童さんがいつも寝てる布団にペタリと座ってしまっている。
天童さんがいつも寝てる布団に私のシャイニングハートがががががが。
という具合に、檀は冷静では無かった。
だがそんな事情は子供達には関係無いし、分からない。
果たして煩悩と戦う檀の気持ちは誰にも伝わらないまま、みさきの演奏が始まった。
すー、とみさきが息を吸い込む。
みさき達の横側にちょこんと正座した瑠海とゆいは、わくわくした様子で見守っていた。
「……あっ」
と、みさきが声を出し。
「ひくい」
ピアノの位置が低いとみさき。
ドキドキしながら見守っていた二人はズコーっとコケた。
一方で檀は思わぬ焦らしプレイに闇が深まる。
ダメよ檀! こんなのタダの痴女よ!
こんな淫乱な女だってバレたら、彼に嫌われてしまうわ!
そんなことない、最高だよ。
そんなのウソよ!
ウソじゃない!
なら……証明、してよ。
この業界では百回以上繰り返されたであろう王道展開に、ここ暫く封印されていた鬼畜同人の神が妄想の沼から這い上がってくる。
自らの闇と戦い続ける檀。
一方で、みさきはのんびり枕をピアノの下に設置した。
それから両手でゆらゆらとバランスを確かめて、コクリと頷く。
「あらためて! スタート!」
ゆいの合図で、みさきは再び息を吸う。
そして――
その声を聞いた途端、檀はハッとして我に返った。
みさきが龍誠への想いを込めて書いた歌詞と、それに合わせて八ヶ月という時間をかけて作られた曲。
それは即座に檀の煩悩を消し去り、静かに聞いていた二人の女の子をむずむず震えさせた。
「……おわり」
歌い終えた後、みさきがポツリと呟いた。
どう? と檀に目で問うている。それに気が付いた檀は、先程とは違う理由でハッとして、パチパチと手を叩こうとした。
「すごーい!」
しかし檀が動くよりも先に、感動したゆいがみさきに飛びついた。その後ろで、瑠海はひたすら拍手を続けていた。
すごいすごいすごいとみさきに頬を擦り付けるゆい。
みさきは両手を使ってささやかな抵抗をしながらも、その表情は嬉しそうだった。
そんな二人の微笑ましい姿を見て、檀はようやく拍手をした。
素直に驚いていたのだ。想像を遥かに上回るクオリティを前にして、檀はポカンと口を開けていた。
それくらい、みさきの歌は素晴らしいものだったのだ。
これなら当日もバッチリだろうな、と檀は確信する。
「つぎだよ!」
と、ゆい。
檀はここで似顔絵を渡すのかなと思った。
「ほっぺにチュー!」
果たして聞こえた声に、檀は耳を疑う。
「……ん」
みさきはコクリと頷いて立ち上がり、すたすた檀に近付いた。
「へ?」
と、瞬きを繰り返す檀。
その頬に、そっと柔らかい感覚。
「……へ?」
まさかの出来事に頭が付いていかない檀。だがそれも少しのことで、一年生の女の子が頑張って考えた事だと思った途端に、さっと闇が引いて晴れ晴れとした気持ちになる。
「ちょっとちがう!」
と、ゆい。
「みてて!」
たったか檀に近付いて、チュッと頬をつついたゆい。
「どう!?」
瑠海に問いかけるゆい。
瑠海は少し悩んだ後、
「なんか、たりない」
「えー!?」
納得いかないゆい。
「おてほん!」
「アイドルがキスするのはNG!」
両手でバッテンを作って拒否した瑠海。
「むむむ……もういっかい!」
と言って、檀の右頬をつついたゆい。
「どう!?」
うーん、と首を降る瑠海。
もういっかい!
うーん。
もういっかい!
……。
もういっかい!
るみみん☆
「みさき! いまのだよ! いまの!」
「……ん?」
違いが分からなかったみさき。
とりあえず、ゆいちゃんの姿を思い出しながら、檀の左頬にチュッ。
「ちがう! こう!」
チュ。
「んー?」
チュ。
と、繰り返される頬へのキス。檀はどうすることも出来ず、ギュッと唇をかんで、内側から飛び出そうになる闇を抑えることに必死だった。
好きな人の娘の面倒を見ていると思ったら幼女達にチュッチュされていました。何を言っているか分からないと想いますが、私も何を言ってるか分かりません。私は悪くない。合意のうえだった。
という具合に一人で謝罪会見をしつつ、徐々に天国へ近付く檀。
この日は、檀にとって過去最高に幸せなクリスマスイブとなったのだった。
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