第110話 第十四話:みさきと練習の日々

「らーらーらー♪」

「らーらーらー」


 らーらーらー、と音が上がっていく発声練習。

 学校がある日の朝。みさきと瑠海は毎日のように歌の練習をしていた。


 雨の日も、風の日も、暑い日も寒い日も。

 トップアイドルを目指して! というのは瑠海だけで、それぞれの想いを抱いて練習していた。


「るみみん☆ つぎはカシをつけてみるよ!」

「……ん」


 すー、はー。


「るみみん☆」

「るみみん」

「ちーがーう! ちゃんとピッチあげて! るみみんー、じゃなくて、るみん☆」

「るみん」

「よーわーい! もっと!」

「るみんっ」

「かがやきがたりない!」

「んー?」


 フィーリング最優先の指導に首を傾けるみさき。


「もういっかい! るみみん☆」

「るみみんっ」


 練習は朝の会が始まる時間まで続き、教室に訪れた岡本はいつも二人を見て「あらあら」と微笑む。

 ゆいは二人の隣でるみみん☆


 ***


「たららんらん!」

「たららんたらん」

「ぶー! そこのリズムちがう!」

「……ん」


 三日に一回くらいの頻度でゆいちゃんの家に行って、みさきが作った曲の練習。練習と言っても、手書きで作られた楽譜は毎日のように形を変えていくから、曲作りも兼ねているといえる。


 ガチ勢、もといピアノ教室に通いコンクールで入賞する程の実力を持ったゆいは、書き換えられたばかりの楽譜にも直ぐに対応して、みさきへの指導を続けた。みさきはムッと難しい表情をしながらも、一生懸命に練習を続ける。


「ぶー! いまのリズムちがう!」

「……はやい」

「ゆびがおいつかないなら、こうだよっ、こう!」


 感覚を優先して難易度を考慮せずに曲を作ったみさき。大人であれば難しい曲では無いのだが、みさきの小さな手で演奏するとなると話は違う。


 しかし、みさきと同じく年齢相応に小さな手をしたゆいは、技術力によって身体的なハンデを乗り越えてみせる。それを見て、みさきも負けじと頑張るのだが……


「ぶー! おしまちがえてます!」

「……もういっかい」


 ムッと口を一の字にして、練習を続けるみさき。

 ゆいは教えることが楽しいのか、嬉しそうな表情で指導を続けた。


 ***


「――力が、欲しいか?」

「いらない」


 歌詞も変わったり戻ったりする。みさきが教室で作業をしていると、たまに蒼真が声を掛けるのだが、いつの間にかみさきは彼を拒否するようになっていた。


 食べ物の好き嫌いが無いのと同じくらい人の好き嫌いも無いみさきだが、一生懸命に歌詞を考えている時に「深淵より発せられる魂の産声」なんて横槍を入れられたら、流石のみさきでも嫌になる。


 蒼真は言葉の通じる相手と話がしたいだけなのだが、果たして上手くいかない。


 ***


「おー、すっごく上手くなったね」

「……ん」


 檀先生のところで龍誠の似顔絵を書く練習も欠かさない。最初は真っ直ぐな線も書けなかったみさきだが、いつのまにか六歳の子供とは思えないような絵が描けるようになっていた。



 

 全てはクリスマスに行うサプライズで、りょーくんに喜んでもらう為。

 みさきは毎日欠かさず練習を続けた。


 いくら物覚えの良いみさきとはいえ、サプライズで行うのは「曲を作り、弾き語る」という大人でも難しい内容だ。それを六歳の女の子がゼロから覚え、およそ九ヶ月で形にするのは並大抵のことではない。


 だが少しずつ、少しずつ完成形へと近付いていく。

 それはきっと、奇跡だ。


 ゆいというピアノが得意な義姉がいた。

 瑠海というトップアイドルを目指す女の子がいて、曲はさっぱりだけど、歌は得意だった。

 なにより、みさきが一生懸命だった。


 出来ないと泣き言を言うことや、嫌になって練習をサボることは一切ない。出来なければ出来るようになるまで頑張り、時間さえ有れば練習をしている。そして周りは一生懸命に頑張るみさきのことを自分のことのように応援していた。



 五月が終わり、夏を迎え、夜が長くなり、葉が彩られ、地面に落ちる。



 時間は止まることなく流れ、やがて十二月を迎えた。

 クリスマスまで残り三週間。


 その間にいろいろなことがあった。

 もちろんみさきは練習を続け、後は弾きながら歌う練習をするだけとなっている。


 歌うだけなら簡単だ。

 弾くだけでも簡単だ。

 だが二つのことを同時に行おうとすれば、途端に難しくなる。


 あと一歩。しかし、その一歩が遠い。


 また時間が流れ、残り二週間。

 みさきは、まだ三回に一回しか完璧に歌い切ることが出来ない。


 また時間が流れ、残り一週間。

 そろそろ二学期も終わり、冬休みが始まる。

 みさきは、しかし十回に一回は失敗してしまう。


 果たして完成度に不安を残したまま、みさきはクリスマスイブを迎えた。

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