第106話 第十話:みさきとごがつびょう


 今日はゴールデンウィーク最後の日。

 みさきは明日から学校が再開し、龍誠は明日から少しばかり忙しくなるかもしれない。


 この一週間、カレンダーが赤くない日にみさきが学校に行った時を除けば、二人は常に一緒に居た。ずっと部屋で一日まったり過ごしたり、戸崎家で鯉を飾り付けたり、部屋でゴロゴロしたり……基本的に部屋でゴロゴロ過ごしていた。そして最終日の今日も、二人は部屋でゴロゴロしている。


 みさきは布団の上にペタンと座り、枕に載せたピアノをたららんたららん。龍誠はみさきに背中を向け、寝ているフリをして演奏を聞いていた。だって、みさきの方を見ると何故か演奏を止めてしまうからだ。


 みさきは記憶にあるコードを繰り返し演奏し、それっぽいコード進行を探している。もちろんサプライズなのだから、りょーくんに聞かれるワケにはいかない。


「ふー♪ ふー♪ ふー♪」


 気分が乗ってくると自然に鼻歌が始まるみさき。りょーくんが起きたらダメという緊張感もあるけれど、純粋に曲を作るというのが楽しくもあった。


 もちろん龍誠には全部聞こえている。まだ歌詞が無いからサプライズ計画はバレていないけれど、この鼻歌は龍誠の楽しみのひとつになっていた。


 ちょっとした悪戯で、寝返りを打ってみる。


「っ!?」


 みさきはビクゥと反応して、さっと枕の下に頭を隠した。そのせいで枕の上に載っていたピアノが大きく傾くけれど、何故か床には落ちない。


 龍誠は可愛らしい反応を見てくすくす笑う。その声が聞こえたみさきは、ん〜と悲鳴をあげながらバタバタ足を動かしたいのを我慢して、のそのそ枕から頭を出した。それに合わせて龍誠は目を閉じる。


 じーっと、龍誠を見るみさき。


「りょーくん、おきてる」

「流石みさきだ、見破ったか」


 ぷいと顔を逸らして拗ねるみさき。


「ねたふり、だめ」

「ごめん、みさきの歌が聞きたくて」


 パチンと手を合わせて謝る龍誠。

 みさきは少し俯いて、


「……ききたい?」

「ああ、聞きたい」


 見る見るうちに口角が上がっていくみさき。

 だけどギリギリのところで首を振って、顔の前に手でバッテンを作る。


「だめ」

「ははは、ダメか」


 誕生日までは絶対に内緒、みさきの決意は固い。

 みさきは部屋の隅に置いてあるランドセルの近くまでテクテク歩くと、紙とペンを取り出した。さっき弾いてみて気に入ったコード進行をメモするのである。龍誠は「お絵かきでもするのかな」と、みさきの姿を見守っていた。


 のんびりとした時間が流れていく。


 みさきはメモのついでに、龍誠の似顔絵を描いていた。

 チラチラと龍誠の顔を盗み見ながら鉛筆を動かして、かきかき、かきかき。その途中で、ふと首を傾ける。なんだか、いつもと違うような気がする。


「りょーくん?」

「どしたー?」


 やっぱり、いつもと違う。

 きっとみさきにしか分からない領域だが、声をかけてから返事があるまでの時間が、いつもより遅いような気がする。


 なんでだろう。みさきの思考が年齢離れしたレベルで回転を始めた。

 そこで、みさきはあることに気が付く。


「……おなかすいた」

「ははは、そういや昼ご飯まだだな」


 コクリと頷くみさき。

 檀が言うには、よく食べる子は大きくなれるらしい。その話を聞いて以来、みさきは食べるのが大好き。


「よいしょっと……これ食べるか?」


 ノソノソ動いて部屋の隅に置いてあるスナック菓子を手に取った龍誠。

 みさきがコクリと頷くと、龍誠は重そうな動きで体を起こしてスナック菓子の袋を開けた。それから、ひとつ掴んでみさきに差し出す。


 とことこ駆け寄ってお菓子を両手で受け取ったみさき、カプっと上半分くらいを口に入れて、サクっと噛み千切る。中学生くらいになれば一口で食べられるスナック菓子も、みさきにとってはまだ少し大きい。


 三回かけてお菓子を食べきったみさきに合わせて、龍誠は次のお菓子を差し出した。みさきはまた両手で受け取って、カプり。


 カプり、かぷかぷ、カプり。


 次々と渡されるお菓子を兎みたいに食べるみさき。龍誠はそれが楽しくて、みさきは楽しそうにしている龍誠を見るのが楽しかった。


「りょーくん」


 袋に向かって手を伸ばしたみさき。


「自分で食べるか?」


 コクリと頷いたみさきに、龍誠は少し名残惜しく思いながら本体の袋を渡した。みさきは、やっぱり両手で受け取った後、ギュッと小さな片手で袋を掴んで、もう一方の手でお菓子をひとつ掴みとった。


 そしてそれを龍誠に差し出す。


「くれるのか?」

「……ん」

「ありがと」


 素直に感謝の言葉を言って、顔の前に差し出されたお菓子を口で受け取る龍誠。それから器用に口の中へ送って、静かに咀嚼する。


 みさきは目を輝かせた。

 なにこれたのしい。


「……んっ」


 もう一回お菓子を差し出したみさき。

 龍誠は再び口で受け取って、静かに咀嚼した。


 みさきは目を煌めかせた。

 なにこれたのしいたのしい。


「……んっ!」


 スッ、パクッ。


 みさきは目をシャイニー!

 そして少し前のことを思い出す。


 うー、と寝ぼけてフラフラしているゆいちゃん。

 そのお世話をするゆいちゃんのママ。


 この感覚をきっと母性と呼ぶのだろうが、みさきの辞書にその単語はあれど、即座に今の感情と結び付けられるだけの経験は無い。ただ、楽しいという感情だけが、みさきの心に強く刻まれた。


 それと同時に、直前の疑問にも答えが出る。

 りょーくんの反応が遅かったのは、きっと寝ぼけていたからだ。


 寝ぼけているりょーくん……かわいい。


 なんて、まさか子供扱いされているとも知らずに、龍誠は幸せな気分でみさきに餌付けされていたのであった。

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