第56話 夏祭りに行った日(2)

「お、今度はあっちか?」

「……ん」


 金魚すくいに射的、輪投げにスーパーボールすくい。一通り遊んだ後、俺はみさきを肩の上に乗せて屋台をクルクル食べ歩いていた。


 みさきは気になる屋台を見つけると、トントンと俺の頭を叩き、その方向を指差す。次にみさきが指差した物を買って、頭上のみさきに渡す。みさきは受け取った物を半分だけ食べると、またトントンと頭を叩いて、俺の目の前に差し出す。俺がそれを食べていると、またみさきが次の屋台を指差す。そんなことをかれこれ一時間以上繰り返していた。


 ……なんか俺、超便利に使われてるな。


 だが構わない。例えばみさきが地面の上に居て、俺を引っ張ってあちこちへ歩き回っていると思えば……ふっ、最高だぜ。


 あとはみさきが食べている姿を見られれば完璧なんだが、これは想像力で補うしかない。


 それはそうと、ほんと人が多いな。さっきから減るどころか増える一方だ。


「あっ! そろそろ場所取りしないと!」


 どこかからこんな声が聞こえてきた。場所取りってなんだと思ったが、ちらほら花火という単語が聞こえていたことを思い出す。


「みさき、花火見に行くか?」


 暫く間があって、コンと一回、みさきが俺の頭を叩いた。


 よしと頷いて、俺は軽く背伸びをして遠いところを見る。すると屋台から少し離れた所で、同じ方へ向かう人達の姿が見えた。あれは街とは逆方向だから、多分あっちが花火を見る場所なのだろう。


 屋台を抜けて暫く歩くと、人の姿が少なくなってきた。とはいえ前にも後ろにも人の姿があるから、この道で間違ってはいないはずだ。


 やがて森の中へ入った。階段などは無いものの、明らかに人の手が加わっていると分かる道が続いていた。目的地らしき場所は見えないが、ここを登った先に花火を見るのに適した場所があるのだろう。


 そろそろ肩車を止めても大丈夫なくらい人が少なくなっているが、ここをみさきに登らせるのは酷だろう。そう思って、俺は肩車をしたまま歩き続けた。


 十分ほど歩くと、わいわい騒がしい声が聞こえ始めた。その辺りから傾斜がきつくなって、顔を上げた先に薄っすらと見える頂上は、周りの木々よりも高い所にあった。


 月と星の明かりを頼りに登り続ける。俺は体力バカだから問題ないが、途中にはちらほらと足を止めて休んでいる人の姿があった。やはりみさきを乗せたままにしたのは正解だったらしい。


 果たして辿り着いたのは、開けた場所だった。

 単純に面積が大きいのもあるが、屋台周辺と比べて明らかに人が少ない。もちろん比較的にというだけで、ところどころ足場が無いくらいに人が居るけれど、窮屈という感じはしない。


「みさき、着いたぞ」

「はなび?」

「まだ始まってないみたいだな」

「はじまる?」

「ああ、いつ始まるか分かんねぇけど」

「……ん?」


 この反応、花火が何か分かってねぇ感じだな。


「花火ってのは……こう、バーンって感じなんだよ」

「ばーん?」

「ああ、デカくて、キラキラしてる」


 話しながら、みさきが肩の上に居ることを思い出した。


「みさき、そろそろ降りるか?」

「……」

「みさき?」

「……ん」


 なんか反応わりぃな。もしかして肩の上が気に入ったのか? でも最初は嫌がってたし……良く分からん。みさき心は複雑だ。


 とりあえず屈んで、ついでに地面に座り込んで暫く待ったが、みさきは肩から降りてこなかった。星空が綺麗だし、気分的には寝転がって星を見たいところだが……まぁ、これくらいは我慢しよう。


 さて、花火が始まるまでの時間は何をしようか。


「みさき、祭り、どうだった?」

「おいしい」

「ははは、そうか」


 後半の方は食ってばっかだったしな。


「満腹か?」

「……ん」

「そうか」


 満足そうで何よりだ。来て良かった。


「……きれい」

「おう、綺麗だな」


 もとより田舎っぽい街に住んでいるとは思っていたが、住宅街から少し離れるだけでこうも綺麗に星が見えるとは思わなかった。


 俺には星座の知識なんて無いが、薄紫色の夜空に浮かぶ星々の輝きは素直に綺麗で、これから打ち上がる花火の事を考えるとガキみたいに心が躍る。


「はなび?」

「いや、あれはただの星空だ」

「……ん?」


 違いが分からないらしい。


「ほら、アレはバーンって感じがしないだろ? でも花火は、こう、バーンって感じなんだよ」

「ばーん?」

「そうだ。ビックリするぞ」

「……ん」


 ギュッとみさきが体を緊張させて、首にかかる圧力が増した。いくら強くなったところで、ぷにっとするだけなのだが……それにしても柔らかいな。これくらいの年だとみんなこんな感じなのか?


「りょーくん、きらーん」


 トントンと俺の頭を叩くみさき。


「流星じゃねぇか。運がいいな、みさき」

「ながれぼし?」

「おう、あれが落ちるまでに願い事を三回言うと、その願いが叶うらしいぞ」

「……ない」

「ははは、もっかい流れるといいな」

「……ん」


 頷いたみさきが真剣な表情で星空を睨んでいる姿が目に浮かぶ。……そうか、みさきには願い事があるのか。俺は……どうだろう。


 立派な親になって、みさきを世界一幸せにする。それは変わってない。だけど最近は、ますます立派な親ってのがなんなのか分からなくなってる。


 この広場には当然他にも子連れが居て、見ると、父親が子供を空高く持ち上げたり、母親がニコニコ笑う子供を抱いて頬をくっ付けたりしていた。


 何もおかしいところは無い。きっとあれが普通で、きっとあれが理想的な姿に違いない。


 あの親子と俺達は、いったい何が違うのだろう。そう考え始めた時だった。


「セーフ! ギリギリセーフ!」

「はい、なんとか間に合いました」


 とても聞き覚えのある声がして、俺は振り返った。


「ママ! つかれてない!?」

「はい、元気いっぱいです。ゆいが自分で歩いてくれれば、もっと元気いっぱいでした」

「あのみちはこどもがとおるようにはできていません!」

「心は大人だったのでは?」

「からだはこども!」


 ゆいちゃんだ。それと、多分その母親だ。

 思ってたよりもずっと仲が良いいらしい。


「あー! ママみて! みさきがいるよ!」

「ゆい、人を指差すのはマナー違反ですよ」

「りょーくんもいるよ!」

「ゆい、ママの言いたいことは……まったく」


 母親の声を無視して、ゆいちゃんがこっちに走って来た。俺はみさきを肩から降ろして立ち上がる。とりあえず、挨拶だ。


 はやくはやく! と手を振るゆいちゃん。

 母親と思しき人は、やれやれという雰囲気をまとって、ゆっくりとこっちに近付いてくる。


「いつも娘がお世話になっております。母の……」

「此方こそ、いつもみさきが……」


 あれ、この人どっかで……。


「……うそ」

「……うそだろ」


 俺達が呟いた直後、大きな音と共に、夜空に新たな光が灯った。


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