第35話 SS:ゆいとみさきと楽しくないお散歩!

「それじゃあ皆、ピンと腕を伸ばして渡りましょうね~」


 \\はーい//


 保育園と幼稚園の違いをご存知だろうか?

 ざっくり説明するならば、幼児を預かる場所を保育園と呼び、幼児が通う学校を幼稚園と呼ぶ。では保育園は子供に何も教えないのかと問われればそんなことはなく、お散歩と称した交通訓練を行っている所もある。


 今日、ぽんぽこ保育園では毎年恒例の年長組によるお散歩が行われていた。

 二人の保育士に引率された年長組の園児達は、初めて保育園の外へ出ることに対してワクワクが止まらない様子。ほぼ毎日お母さんかお父さんと通っているはずの道も、この時ばかりは新鮮に思えてしまうようだ。


 テンションが上がり過ぎて、あっちへトコトコ、こっちへトコトコする園児達に保育士達は悪戦苦闘しながらも、楽しそうな笑顔を浮かべる。


 もちろん、園児達の笑顔は大人になんか負けない。

 総勢八人の園児達は、それはそれは眩しい笑顔を浮かべていた。


 二人の女の子を除いて。


「……」

「……」


 ムっと口を一の字にして前を向くみさき。

 ぷくっと頬を膨らませてそっぽを向くゆい。


 他の園児達と違って大人しい二人に安心しつつも、明らかにケンカしちゃったという雰囲気を前に、先頭で園児を引率する保育士は振り向く度に笑顔を引き攣らせていた。


 時は、龍誠が地獄のような職場で精神を蝕まれていた頃まで遡る。


 お楽しみ会が終わった後、ゆいとみさきはいつものように机を並べて、美味しい給食を食べながら話をしていた。


「おたのしみかいはね、ママたちがきかくしてるんだよ!」

「……きかく?」


 子供用のフォークで一口サイズに切り分けられたハンバーグを刺したばかりのみさきは、ピタリと動きを止めてゆいに目を向けた。


「みさき、メっ、だよ。ちゃんとくちにいれて!」

「……ん」


 こくりと頷いて、ハンバーグを口に運ぶ。

 それを見て満足そうな表情をしながら、ゆいは話を続けた。


「おたのしみかいは、あたしたちによろこんでほしくて、ママたちがいろいろかんがえるの!」

「……よろこぶ?」

「そう! なんだか、うれしいよね!」

「……ん?」


 そこで、とゆいは小さな人差し指を立ててみさきに顔を近付ける。

 

「あたしも、ママがよろこんでくれることをしてあげたいとおもいます」

「……ん」


 イマイチ意味が伝わっていなかったみさきだが、りょーくんが喜ぶ事をするという解釈をして頷いた。


「ママ、いつもおしごとがんばってるから、なにかしてあげたいの……」

「……なにか?」

「そう。みさきのパパは、なにをしたらよろこぶ?」

「……ちがう、りょーくん」

「パパじゃないの?」

「……ん」

「あれ、いつもむかえにきてるひとは?」

「りょーくん」

「パパじゃないの?」

「りょーくん」

「……むむむ?」

「……ん」


 ゆいは思う。パパじゃん。

 だけどみさきは頑なにパパじゃなくてりょーくんだと強調する。


 ……なまえでよぶってこと?


「……ゆいちゃんのママ、なにしたら、よろこぶ?」

「えっとね、いろいろあるけどね、ママだいすきっていうと、いちばんよろこぶ!」

「……すき?」

「そう、だいすき!」


 だけど言葉じゃなくて何か別のことをしてあげたい。

 そういう話をゆいはした。


 その数時間後、みさきはりょーくんに「すき」と言ってみる。

 あまり喜んでない。ちょっと悲しくなる。

 もう一回言ってみる。

 聞こえてない。ちょっと恥ずかしくなる。

 もう一回言ってみる。

 やっぱり喜んでない。ちょっとムカっとする。


 そして翌日。


「りょーくん、よろこばなかった」

「えー!? うそー!?」

「ゆいちゃん、うそつき」

「なっ!? いちりゅうのレディーはうそなんてつきません!」

「……」


 ムっと口を一の字にして不満を訴えるみさき。


「……ふんっ」


 と、そっぽを向くゆい。


 こうして、二人は喧嘩した。

 だから楽しいはずのお散歩で、二人は一言も会話をしなかった。




「みさき? なにかあったのか?」

「……ない」


 りょーくんとの帰り道、みさきの機嫌は直っていない。

 ヤバイ、昨日のことまだ怒ってるのか? と龍誠は顔を青くした。




「ゆい? 何かあったのですか?」

「……なにも」


 ママとの帰り道、ゆいの機嫌も直っていない。


「ゆい、正直に言いなさい」

「……みさきとケンカしちゃった」


 呟いて、ゆいは泣き出す。


「どうしよ……みさきにきらわれちゃった……うぅぅぅ」


 よしよしと、ゆいの頭を撫でる。


「ゆい、そういう時は、きちんと謝りましょう」

「わるいことしてないもんっ」

「……何がったのですか?」

「みさきとママがよろこぶことしよっておはなしして、だいすきっていったらよろこぶよっていって、でもみさきのパパよろこばなくて……うそついてないもん!」


 あまりに微笑ましい理由に、思わず結衣の頬が緩む。


「分かりました。では、どうすればいいか一緒に考えましょう」

「……」

「ゆい、返事は?」

「…………かんがえる」

「はい、それではまず何があったのかしっかりと確認しましょう」


 結衣とゆいは作戦会議を始めた。

 仲直りする為の作戦会議。


 ところで、一週間後には遠足が控えている。

 それを楽しみにしていたゆいは、なんとしても仲直りがしたい。

 だから、結衣の話を真剣に聞いていた。

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