第19話 人生ゲームを作った日(1)
みさき入浴問題は解決した。
もはや憂いは無い。俺は万全の状態で人類の英知と戦うことが出来る。
敵はプログラミングとかいう顔も見えない相手。味方はパソコンただひとつ。実は敵のスパイなんじゃねぇのってくらい使い方が分からねぇ代物だ。
制限時間は一週間。
流石に寝ないのは無理だ。みさきの世話もある。活動可能時間は百時間程度だろう。
百時間で、パソコンの使い方とプログラミングを覚えて、ゲームを作る。
可能なのかとロリコンに質問した。
僕は二日でクリアしたと自慢された。
なら一週間もあれば十分だ。
一週間、逃げずに続けられたのなら――
……なあ、天童龍誠。お前は、みさきのために、どこまで頑張れる?
今日まで何度も自分を変える努力をした。酒もタバコも止めて、パチンコにだって行かなくなった。短期バイトをした。まともな仕事を探して面接で死ぬほど叩きのめされた。
がんばった。
我ながらスゲェ頑張ってると思う。
見たことあるかよ。他人から押し付けられたガキのために、ここまで必死になれるクズ。そうだよ頑張ったよ。俺は頑張った。
で、どうなった?
何か変わったのか?
俺は相変わらず底辺のままだ。みさきは未だに俺を警戒していて、それが分かるから、俺は立派な親になるとかいう目標を掲げながら、みさきの手を握ることすら出来てない。仮に明日、俺とみさきが離れ離れになったら、みさきは泣かないだろう。俺も数日で元の生活に戻るだけだ。みさきを追いかけたりはしないだろう。
何も変わってない。
それでもまだ続けるのか?
正直、辛い。
楽をしたい。
べつに頑張る必要は無い。クズのまま生き続けても毎月20万は手に入る。みさきを自立させる程度なら十分な金だ。
……だけど、収まらないんだ。
腹が立ってムシャクシャして収まらない。
ただの同情なのかもしれない。
俺と同じで親に捨てられたみさきを見て、とにかく腹が立った。
ムカつくんだよ。無責任な大人に、一泡吹かせてやらなきゃ気が済まない。親に要らねぇって捨てられたガキが、最高に幸せになれることを証明してやる。
これが俺の動機だ。
これは俺の個人的な戦いだ。
みさきをダシにするな。みさきのため、なんて、カッコいい言葉でごまかすな。
俺が気に入らないから。
俺は俺自身の為に、今回の敵に挑む。
必ず勝つ。報酬は、みさきから拍手のひとつでも貰えりゃ十分だ。
小恥ずかしい自問自答を終えて、俺はノートパソコンを開いた。
電源ボタンを押して、起動を待つ間に『猿でも分かるC言語』を開く。
久々に読む勉強系の本だ。武者震いが止まらない俺の目に映ったのは
『
プログラムゎぁ(*ノωノ)
たくさん書けば(/ω\)
うまくなるんだぉ(*´ω`*)
』
本を閉じる。
タイトルの下、著者の名前を見る。
和崎優斗。
わざき、ゆうと。
ロリコン野郎と同じ名前だ。
「……ふざけろ」
怒りは無い。
一周回って、心が無になった。
こうして、俺の挑戦が始まった。
* 1日目 *
俺が最初に挑むは――タイピングだ。
「クソっ、良いこと書いてあるじゃねぇか」
猿でも分かるC言語を片手に呟く。どれだけページを捲っても舐めた文体ばかりだが、内容はまともだった。
曰く、初学者が最優先するのはタイピングである。プログラミングは経験値が重要であり、多くの経験を積むには素早いタイピングが必須である。
「って書きゃ良いのに、なんでこんな頭悪そうな文章なんだよ……」
『
タイピングがはやいとぉ(´∀`)
成長もはやぁい(^ν^)
』
読む気が失せる。だが真剣に読むと絶妙な情報が記されている。猿向けっつうか猿が書いた感じの本だった。
「さて、練習方法はこれか」
初心者の目標は、1秒間に3回程度のタイピングが可能になること。備考として、中級者ならば5回、上級者は7回、人間を卒業する頃には10回くらいの速度に至るらしい。
10回。指の数と同じだ。つまり全ての指で毎秒……は? 小指とか使うのか?
まあいい、とにかく始めよう。
練習内容は、五十音とアルファベット、四則演算子、いくつかの記号を順番に打ち込むという内容。
「メモ帳を開いてっと……」
"a"は何処だ……あっ、左端か。
"b"は……真ん中かよ。隣に置いとけよ。
"あ"は左上に――3だと!?
テメェ"あ"って書いてあるじゃねぇか!
という具合に悪戦苦闘しながら、ひたすらタイピングを続けた。なるべく人差し指以外も使うようにして、10回も繰り返した頃には、1秒に1回くらいの速度が出るようになっていた。
「意外と余裕なんじゃねぇか?」
カタカタカタカタ……
とても地味な絵面である。
さて最初こそ順調だったが、そこから先はキツかった。なかなか速度が上がらない。
五十回、百回と繰り返した頃には、目で追うよりも早く指が動くようになった。それでも1秒に2回程度。3回には届かない。
……1秒に10回っつうか、5回でも相当ヤバくねぇか、これ。
「……ん?」
「お、わりぃ、うるさかったか?」
みさきが隣に立っていた。
カタカタカタカタ煩くて、目を覚ましてしまったのかもしれない。
「わりぃな、まだ寝てて――」
そこで、気が付いた。
俺が練習を始めたのは、エロ漫画家さんと話を終えた直後からだ。
深夜だった。辺りは暗かった。
朝までにはタイピングをマスターするくらいの気持ちだった。
「……もう、朝なのかよ」
期限は僅か一週間。
まだ、何もしていないに等しい。
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