日刊幼女みさきちゃん!
下城米雪
第一章 最初の一歩
第1話 みさきと出会った日
俺の名前は
イカつい名前とは裏腹に女みてぇな顔をしたクズだ。
中卒無職の23歳。趣味はパチンコ、日課はタバコ。月の家賃が1万の腐りかけたボロアパートで暮らす絵に描いたような底辺。
これまでの人生で意味のあったことなんてひとつもねぇ。他人に誇れるものがあるとすれば、月に20万の生活保護だけだ。
まだ審査が緩かった頃、俺は悪い知り合いのツテで働かずに生きる権利を手に入れた。
最近どんどん減額されてるらしいが、不思議と俺の取り分は変わっていない。毎月ピッタリ20万が月末に振り込まれる。
最高だ。
酒にタバコ、パチンコ。20万なんて遊べば直ぐに消えるが、生きるには困らない。
不正受給?
知らねぇよ、役人に言え。貰えるもんは貰うに決まってんだろうが。
さて、不愉快な自己紹介はここまでにしようか。
俺がどういう人間なのかは、バカにも伝わったはずだ。
社会の底辺。
クズとかゴミとか人間もどきとか、まあ好きに呼んでくれて構わない。
だが勘違いしてもらっちゃ困る。俺は自虐しているワケじゃない。誇っているんだ。何の柵も義務も無く悠々自適に思うがままに生きられる今の生活……最高だ。不満を言えるヤツが居るなら、ぜひ会ってみたいと思うくらいだ。
俺は満足している。他に何も望んじゃいない。特別な出来事だとか、起きたとしてもウザいだけ――と、本気で思っていた。
季節は冬。
凍えるほど寒い部屋で、気持ち良くタバコを吸っていた時のことだった。
「りょーちゃん、いる?」
聞き覚えのあるような無いような女の声を聞いて、俺はドアを開けた。そこには見覚えの無い女と、一人のガキが居た。
「何の用だ?」
不審な女にガンを飛ばす。
女は、世間話を始めるように口を開いた。
「この子、あげる」
「…………は?」
女は足元のガキに目を向ける。
「じゃ、そういうことで」
「いや待てコラ、意味わかんねぇよ」
立ち去ろうとした女の肩を掴む。
女は舌打ち混じりに振り向いて言った。
「中学の時、遊んだでしょ? 多分これ、りょーちゃんの子じゃない?」
「ふざけろ。しらねぇよテメェなんて」
「あーひどい。あんなに毎日遊んでたのに」
……腹立つ喋り方だな。
いや、待てよ。思い出した。
「テメェ、美菜か?」
「正解!」
ああ、そうだ思い出した。中学生の頃に遊んでいた連中の一人だ。だが遊ぶつってもガキ臭いことだけだ。ガキなんか出来るかよ。
「というわけで、あとよろしく」
「ふざけろ。何が楽しくて他人のガキなんか――てめっ、こら待ちやがれ!」
逃げ出した女を追い掛ける。
しかし一瞬の隙が命取りになった。女は車に逃げ込み、俺が捕まえるよりも早くドアを閉めた。
「行かすわけねぇだろ――あぶねっ、アクセル踏むかよ普通!? おい待てコラ! 待ちやがれ!!」
颯爽と去る車に向けた怒鳴り声が、寂しく辺りに響いた。
「クソがっ」
ちょうど足元にあった石ころを蹴飛ばして頭を掻き毟る。
舌打ち混じりに振り返ると、ボロアパートの前に取り残されたガキが俺を見ていた。
子供らしい大きくてクリクリした目だ。
無性に腹が立つけれど、こんなガキ相手に八つ当たりしても虚しいだけだろう。
「なんか言いたいことはあるか?」
ガキに近付いて、見下ろしながら言ってやった。俺の脚よりも背丈が小さいガキは、首が痛くなりそうなくらいに顔を上げる。
「……みさき。よろしく、します」
よろしくしますってなんだ、よろしくお願いしますだろうが。あのクソビッチそんなことも教えてねぇのかよ。
おっと、イケねぇ。なんか睨んでるみたいになっちまった。ちょっと怯えてやがる。
「ま、そのうち迎えに来んだろ。外はさみィから部屋でぬくぬくしてやがれ」
世界をぶっ壊したくなるような不快感と共に、ズボンからタバコと火を取り出しながら部屋に戻った。
ドアを開けて少し待ったが、ガキはその場から動かない。
「おい、風邪ひくぞクソガキ」
口を一の字にしたガキは、さっきと同じように俺を見上げたまま動かない。
「んだよ、言いたいことあんなら言えよ」
「…………みさき」
名前で呼べってことか? クソめんどくせぇ、どうせ今日だけの付き合いだろ。あげるとかいう一言でガキ捨てる親が居てたまるかよ。明日には迎えに来るに決まってる。
だがまぁ、名前呼ぶだけなら別にいいか。
「みさき、さっさと入れ」
コクリと頷いた後、素直に部屋に入った。
そのまま奥までトコトコ歩き窓際に立つ。
そこには小さな陽だまりがあった。
屋根以外には何も無いボロアパート。部屋は4畳で壁は腐りかけの木。そのうえヤニで黄ばんでいるから見た目は最悪で、我ながら目を逸らしたくなる。
もちろん壁は薄い。風を防ぐ機能なんてねぇから冬は寒くて仕方ない。あのガキは、多分本能で最も暖かい場所を選んだのだろう。
……さっさと迎えに来やがれ。
適当な場所に腰を下ろして、ガキを睨む。
ガキは怯えていたが、俺は目を逸さなかった。他にやることもねぇから見続けていた。
この汚ねぇ部屋に差し込む唯一の光。
そこに立つガキが、物珍しかったからだ。
そしてこれが――
この出会いが、全ての始まりだった。
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