第46話 二宮諒太6
謎の魔物を退けた後、出発はしたもののすぐに野営をすることになった。浸蝕領域を出た時点で夜になっていて、このまま夜通しの移動を続けるのは無理だという意見が出たためだ。
聖女は全く疲れている様子がなかったが、高貴な身分らしい兄妹には堪えたのだろう。魔物の襲撃で散乱してしまった荷物をかき集め、聖女たちは野営を行った。
諒太たちは聖女たちの後を勝手について行っているだけなのでその恩恵にあずかることはなく、少し離れたところで木にもたれかかって休むことにした。聖女が呼びだした御使いと呼ばれる存在が今もまだどこかにいるらしく、多少離れていても守護下にはあるようだ。道を外れていても瘴気の影響は明らかに減っている。
食料は綾香がどこからか出したものを食べた。ただではないが支払いは誰かがするのだろうと諒太は気にしていない。幸い、過ごしやすい気温ではあったので朝まで問題なく過ごすことができた。
「一応聞いとくけどお嬢の気配はないか?」
諒太は子犬姿の式神、風牙に訊いた。
「わからん。森に入るまでは森から匂いを感じてた。が、森に入ると雑多な匂いが多すぎて判別ができなくなった。で、今はもう鼻が麻痺しちまってもうほんまわからん」
「街に行ってみるしかないか」
こんな状況での式神使役を想定していなかったのでどうしようもなかった。
「出発するみたいよ?」
聖女たちが出発したので諒太たちもその後に続いた。少し歩くと森の出口が見えてきた。昨夜のうちにもう少し頑張っていれば街まで辿り着いていたのかもしれない。
森を抜け、荒野に出た。何もない茫漠とした空間のはずだだが、ちょっとした騒ぎが起きていた。
凄まじい速さで何者かが走ってくるのだ。
「なんだあれは?」
「さあ? 練士でしょうか? 正練士であればあのぐらいはやれそうですが」
リオンが素直に聞き、聖女マキノは首を傾げながら答えた。
諒太が呆気に取られていると、何者かは向きを変えて去って行った。
「おい! いたぞ、あれだ!」
「なにが?」
「なにがじゃねぇよ! あれがお前の探してるお嬢だ!」
「……はぁ?」
風牙が何を言っているのか、諒太はすぐに理解できなかった。
「ちげぇだろ!」
「ちげぇくねぇよ! 一人の女の匂いを判別するだけの契約なんだぞ! 間違いようがねぇわ!」
「人間はあんな速度で走らねぇんだよ! あ、お前の仲間か? サイボーグとか?」
諒太は綾香に訊いた。
「篠崎からは私だけのはずだけど……サイボーグやアンドロイドがいる可能性は否定できないわね」
「追うぞ!」
信じがたいが、ようやく出てきた手掛かりだ。確認するしかなかった。
何者かが去った先へと諒太たちも向かった。再び森の中へ。森に入ると風牙の鼻は利かなくなるが、今走ってきたばかりの相手を追うのは容易だった。地面には痕跡が残っているし、この短い時間で偽装した可能性もないだろう。
「おーい! お嬢、俺です! 二宮諒太です!」
足跡が途切れている地点で諒太は呼びかけた。
「まさか木の上に?」
「他に行った形跡がないからな」
「ああ、諒太くんも来てたんですか」
声は、背後の樹上から聞こえてきた。
諒太は舌打ちした。油断していたつもりはなかったが、完全に虚を突かれたからだ。
「バックトラックってやつかしら?」
「そんなことよりどうやって木の上にいったんだよ」
目前の木ではなく、背後の木へ飛んだだけだろう。だが、単純ながら効果的な手だ。実際、のこのこやってきた諒太は福良が背後にいるとは思いもしていなかった。
樹木は太く、高い。そう簡単に登れるとは思えなかったのだ。
「とりあえず下りて来てもらえませんかね?」
諒太は、福良がいるらしき木へと呼びかけた。
九法宮学園の制服を着た女子が下りて来た。
絶世の美少女だ。極楽天家が何世代も当たりを引き続けた、類い希ない運の結晶がそこに立っている。それは、どこからどう見ても極楽天福良だった。
「諒太くんの成績で入学できるとは思ってませんでした」
「死ぬほど勉強したんですよ!」
九法宮学園は人里離れた場所にある全寮制の学校だ。福良は一人で生活することになるのだが、極楽天家としては完全に放任するわけにもいかなかった。そこで、同年代の少年少女が学園に送り込まれたのだ。
「他に追ってくる人はいませんか?」
「一緒にいたやつらは行き先が同じだっただけだからそのまま街に行ったと思います」
「では、道の方へ行きましょう。このあたりは瘴気があるらしいので」
「そうだよ! どうなってんだよ、あぶねぇだろうが!」
「HPがあるのでしばらくは大丈夫ですよ」
「HP?」
「ところで涼太くんは何をしに?」
「あんたの護衛だよ! 近づいてほしくねーのは知ってますけどね! さすがにこの状況でそれは無理でしょうよ!」
福良は行動を制限されるのをとにかく嫌がる。そのため護衛とは言ってもすぐそばで付きっきりで守ることはしていなかった。登下校では少し後ろを歩き、教室では隅の方で様子を窺っていたのだ。
「まぁ……そうですね。仕事なんでしょうし。これまでのことは道すがら話しましょうか」
こんな異常な状況でも積極的に護衛を欲しない福良に諒太は感心してしまった。ここまでくるといっそ清々しいと思ってしまうぐらいだ。
福良はスマートフォンをちらりと見てから歩き出した。諒太はスマートフォンを使えないと思い込んでいたが、どうやら動作するらしい。
「まずは自己紹介でしょうか。はじめまして、極楽天福良と申します」
福良が綾香に話しかけた。
「……極楽天……ってあの極楽天?」
諒太は、綾香に誰を捜しているのかを伝えていなかったことに気づいた。
「他の極楽天は存じませんのでおそらくあの極楽天ですね」
「極楽天には関わるなとお父様に言われてるわ」
「いや、お前はまず自己紹介しろよ」
「とはいえ、関わらざるをえないのなら絶対に敵対するな、とも言われているので仲良くやりましょう。私は篠崎綾香。どうにかして帰ろうと思っていて、二宮くんと協力関係にあるの」
「はい、よろしくお願いいたします」
「あと、犬を連れてたんだが……戻ったな」
風牙が姿を消していた。諒太の影に潜り込んだのだ。福良が見つかったので用は済んだということだろう。
「犬とは?」
疑問に思うのは当然だろう。入学式に連れてくるわけはないし、異世界にきて現地の犬をペットにするというのもおかしな話だからだ。
「式神って言ってわかりますかね? お嬢の気配を辿れるんです」
聞いた途端、福良は嫌悪感をあらわにした。
「そんなオカルトチックな方法を使ってまで私の居場所を探ろうとしているとは思っていませんでした」
「助かったでしょうが!」
「助かったかはこれからじゃないですか? 諒太くんが役に立つかどうかわかったものではありませんよ?」
「なんでですか! どう考えても女一人よりはましでしょう!」
「そうでしょうか? 役に立っているところを見たことありませんし、一人のほうがましだったという事態にもなりかねませんが」
「あのですね、お嬢が知らんところで暗殺者と戦ったりしてるんですよ。俺らの活躍を知らないってことは未然に食い止めてるってことかと思いますが?」
「そうですか? その割には誘拐犯やら変質者やらに遭遇することが結構ありましたよ」
「それは俺の担当じゃないところの話なんでしょう。そもそも学校に通うなんてのが無茶なんですよ! どうしたって隙はできるわ!」
優先順位の問題だった。より危険な相手に対応していれば、ただの人間への対応はどうしても後回しになってしまう。そのため、福良自身でも身を守るべく護身術を習っていたのだ。
「護衛は勝手になさっているという認識ですので、漏れがあろうと隙があろうと咎めるつもりはありませんよ」
「護衛の必要性については親と話し合ってくれないですかね。俺は任務をこなすだけですし」
「それは確かにそうですね。涼太くんに言うべきことではありませんでした」
福良も少しむきになっていたようだが、大人げなかったと思ったのか少しは反省したような雰囲気を見せた。
「ところでなんだか物言いが窮屈そうなので自然にしてもらっていいですよ」
「うーん……まぁその方がいいか」
もうボロが出てきているし無理をする必要もないと諒太は考えた。それに今は緊急事態だ。咄嗟の際に迷っていては生死に関わる。物言いは気にしないと最初から思っていたほうがやりやすい。
「で、この状況なんなんだ?」
「私もよくわかっていませんが、九法宮学園の新入生がこの世界にやってきているようです」
「俺は気づけば十人ぐらいと一緒に街にいたな。抜け出したら篠崎がついてきた」
「私の場合は森の中で一人でしたね。近くに倒れてる人がいましたので二人だったのかもしれませんが」
「てか、街からきたよな?」
「そうですね。何かわかるかと思い街に行きましたが」
「だったらわざわざ捜しにいかなくても待ってりゃよかったのかよ!」
「街にいったのも色々あっての成り行きでしたからね。必ず行ったとも限りませんよ」
「その街から動いたのはなんでだ? そこは安全なんだろ?」
「確実ではありませんが、東の方に向かうべき場所があります」
スマートフォンの地図に示された星型の印。ここから東側、マテウ国の方にそれがあることを福良は説明した。
「で、そこに向かうにはこの森を横断する必要があると」
「森だけでもないようですが。奥に行くほどに強い魔物があらわれたりするそうです」
「聖女たちは楽勝でやってきた感じだから協力できれば簡単なんだけどな」
強力な魔物の襲撃もあったが、聖女は難なく対応していた。あの様子なら帰りもほぼ安全に移動できるのだろう。勝手についていくだけでもかなり楽をできそうだ
「塔で用事があるらしいからしばらくは無理なんじゃない? 数ヶ月かかるようなことを言ってたけど」
諒太は気にしていなかったが、綾香は聖女の動向を気にかけていたようだった。
「そうですか。ではやはりこのまま向かいます」
「え? 三人になったしもうちょっと準備をして万全の体制で行くとかないのかよ!?」
「もともと一人で行く予定でしたので無理についてこなくてもいいですよ?」
「行くよ! 行くけど、もうちょい考えることあんだろ!」
「そうですね。道に出ましたしこのあたりで休憩がてら、諒太くんと篠崎さんの初期設定を済ませてしまいましょうか」
いつのまにか道に辿り着いていた。
等間隔に輝く石が埋め込まれている道で、瘴気から守られているのだ。
「初期設定ってなんだよ」
この状況で出てくる言葉とは思えず諒太は首を傾げた。
「そうですね。荷物をたくさん持てるジョブがおすすめです。ジョブの判定方法など、一通りマニュアルを確認しましたのでまかせてください!」
「話聞いてる?」
福良は妙に楽しそうだった。
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