鶯は暁を覚えず只鳴くのみ

木野原 佳代子

 小話 「此れ 其れ 在れ 何れ」




 1925年。先の大戦から七年が経ち、戦時好景気に沸いた世の中にも、不景気の波が押し寄せていた。二年前の大震災からの復興もひと段落した時世。

 蘇芳は何屋という決まった商売をしているのではない。言うなら何でも屋だ(時折、占いもする)。だから、特別に看板を掲げているわけではない。必要な客が必要な時にこの店を見つけるのだ。



蘇芳すおう・・何でも屋の主人

 十七の頃、ふらりと現れ身寄りもなく住むところも無かった為、久安寺の前和尚(道節どうせつ)が気の毒がり、また世俗に諦めにも似た感情を持っている蘇芳を気に入り、寺の敷地に小屋を建てて住まわせた。その小屋を何度か建て直して、今の見世みせに至る。



萌葱もえぎ・・蘇芳の養子

 現在十になる。二年前に引き取られた孤児。




れがどうなんだい?と聞かれれば、実はれがこの手の話のナニな所で、れをあーしてれをこーしたら、何某なにがしかのそれがしかになるんじゃないかと云う訳なのだよ」

 

 日本家屋、二間ふたまち抜きにした部屋に涼香の風が通り過ぎる。

「蘇芳、何を不可思議な日本語を話しているの?」

 幼い萌葱は蘇芳の風変わりな言動はいつもの事なのだが、一人で畳を見ながら呟いている姿に、とうとう頭の螺子ねじが一本飛んでしまったのかと心配になった。

「うん?」

 振り返る蘇芳。

「あぁ。萌葱。お前さんは今日も可愛いねえ」

「わたし、もう十よ。綺麗だねぇ。にしてくれない?」

「ははは。相変わらず、おませさんだなあ」

「蘇芳。話を逸らさないで。何の事を言っていたの?」

「大した事じゃあないんだが。秀清しゅうせいに頼まれてな」

「やなぎ屋の若旦那に?何を」

 やなぎ屋は老舗の料亭なのである。

「イギリスからの客で日本語の研究をしている人物がいるんだが、古風な日本語を知りたいそうなんだ」

「今のが古風?」

「そうじゃない。それは別に用意しているが、日本語にも言葉遊びの文句があるんだと教えようと思ったのさ。外国の客で、日本語に興味があるなら学校の教師か、通訳や翻訳の仕事をしているんだろう。だから、意味はあるが何の話をしているのかさっぱりわからない、つまり翻訳するのが難しい日本語も混ぜてやろうと思ったのさ」

 蘇芳は悪戯な笑みを浮かべた。




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鶯は暁を覚えず只鳴くのみ 木野原 佳代子 @mint-kk1001

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