帰る

幻の駅、というものを知っているだろうか。

何もオカルトの類ではない。単純に今は使われておらず電車が通り過ぎるだけになっている地下鉄の駅のことだ。

いくつかあるが、有名なところでいうと上野の博物館動物園駅や、新宿の旧初台駅などだろうか。

上野のほうなどは使われなくなっただけで路線の軌跡自体は変わっていないため、存在している場所を通過するときに目を凝らせば見えるようになっている。

恥ずかしながらそれを聞いたのはつい最近のことだ。

そう言えば幼いころ、その駅を通って動物園へ行った気がする。

生活路線としてその路線を使うことがないためそんな駅があったことさえ忘れていたのだが、思い出すと廃駅となってしまったことには一抹の寂しさがある。

思い出とは不思議なもので、一度思い返すと次から次へと記憶が溢れてくる。

電車から降りるとすぐにペンギンたちの描かれた壁に出迎えられてわくわくしたこと、光差す階段ををワクワクしながら登ったこと。はしゃぎ疲れてへとへとになって、最後は父親に負ぶってもらいながら駅へ向かったこと。帰るときに下りる階段は寂しかったこと。

そんな感傷に耽ってしまうと、どうしても自分の目で見たくなってしまい、休日を利用してその路線を使った。

なるほど、確かに暗くて見えづらいが確かにホームが存在しており、まだペンギンたちも健在のようだった。

もう今の子供たちはあれを見てワクワクすることもないんだなと思うとより一層物悲しい気持ちになってくる。

そんな中タイミングよくその駅を見学できるイベントというものが開催されるという話を聞いた。

この年になって一人参加というのも気恥ずかしいが、折角なので申し込んでみることにした。

もう電車は止まらないホームだが、階段を下りるだけできっと懐かしい気持ちになるのだろう。



「……で、その日以来行方不明でね」

上司は蕎麦を啜りながらそう結んだ。

「本当にご家族にも一切連絡がないんですか?」

「ないよ。みんな連絡しようとしてるけど一切繋がらない」

今話題になっているのは行方不明になったという上司の友人の話だ。

「色々上手くいってなかったりしたんですかね?」

「そりゃ人間みんな何かしらそうだろ。完全に上手くいってる奴なんているわけないよ」

実感のこもった言葉だった。

「俺はね、思うんだよ。きっとあいつは電車に乗って家に帰ったんだって」

「は?」

行方不明になった相手に対しては全然適当ではない言葉に思わず首をかしげる。

「もう来るはずのない電車に乗ってさ、家に帰ったんだよ。あの駅から帰った家にな」

世にも奇妙なみたいですね、という突っ込みの言葉は何となく言えなかった。


そしてそんな話をした、上司も数日後に失踪した。

しばらく前に閉店したデパートの扉の前に、スマホだけが落ちていたのだという。

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