忘れじの怪

飛鋪ヤク

呼ぶ

口を酸っぱくして言われていた思い出がある。

地元の大きな公園の片隅には斜面に対して掘られた大きな穴があった。

何でもそこは防空壕の名残だそうで、崩落の危険があるから近づかないようにと散々に言われていた。

しかしそこは小学生、少しだけなら大丈夫だろうという子供の浅知恵で、その穴に入り込んだ。

中はそれほど広くはなかったが、誰も来ない場所に入れたという興奮でとてもはしゃいだことを覚えている。

そして少しだけ、という当初の話はすっかりどこかへ消え失せて、めでたくそこは秘密基地となった。

もちろん外からは丸見えなので、誰かに見つかってしまえばお終いなのだが、小学生にとってはそんな場所でも大切な「秘密」基地だった。

しかしその「終わり」は早かった。

少し大きめの地震があった次の日、みんなで連絡を取り合って秘密基地へ集合した。

小学生といえど、そこが脆いものだということは理解していたので、潰れていないか心配だったのだ。

入り口は少し崩れていたが、内部は無事のようだった。

大丈夫かな、と友人の一人がその中へもぐりこんだ、その一瞬だった。

まるで待ち構えていたかのようにバァーッと入り口が崩落した。

もう頭の中は真っ白だ。

大人を連れてこないといけない、みんなそう思ったと思うが、最初からいけないことをしている自覚はあったため、絶対に怒られるだろうと呼びに行くのを躊躇ってしまった。

結局とった方法は入り口を掘り返すこと。

当たり前だが数人の小学生で、しかも道具もなしにそんなことができるはずもなく、みんな腕を真っ黒にしたまま泣き出してしまった。

そこでようやく騒ぎを聞きつけたのか大人たちがやってきて、子供たちはみな家に帰された。

当然誰もかれもこっぴどく叱られたことを覚えている。

そして次の日、友達は学校に来なかった。

死んでしまったのか、とみんなで話をしたがどうにも様子がおかしい。

そしてその日の午後自分たちはバラバラに先生たちに呼ばれた。

先生や他の大人もいたと思うのだがその記憶は定かではない。聞かれたのは、本当に友人がそこへ入ったのかということだった。

入った、と答える以外になかった。だって入ったのだから。

大人たちが皆何とも言えない顔をしていたのを覚えている。

結局友人は戻って来ず、実家もいつの間にか空き家になっていた。

後から聞いた話だが、防空壕跡地からは自分たちが置きっぱなしにしていた荷物以外何も出てこなかったということだ。

それからもう十年は経ったが、今でも自分はその町に暮らしている。

そして時折その広場へ行くのだが、防空壕跡地はもう綺麗に整備され跡形もなくなっている。

しかしそこへ行くことは出来る限り避けている。

嫌なこと思い出したくない、ということもあるのだが、近づくといつもそこからざらざらと砂の鳴る音がまるで自分を呼ぶように聞こえてくるからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る