名奉行、母上

中西 魯な(rona736)

第1話

 どこかで、声がする。あれは太助の声だ。太助が、きよを詰っているみたいだ。いつもなら仲が良い二人なのに。


 私は部屋を出て、二人に話を聞いてみることにした。

 渡り廊下を出て、裏口まで行ってみる。


「太助、どうしたの」


 私は低い声で聞いた。


「まあ、お嬢様」

「へい、お嬢様、お聞こえになられましたか」


 二人は驚いたようだった。

 太助は店の見習いをしている、歳は17、8、きよは太助よりもは歳下だと聞いたことがある。


「面目ねえ、見苦しいところをお見せいたしまして」

「どうしたの、気にしないから言ってごらんなさい」


 二人は顔を見合わせたが、きよは俯き、太助はどうしようか迷っているようだった。


「いいから」


 重ねて問う私に、太助は重い口を開いた。


「実はですね、夜に台所の方から音がしたんでさ」

「音?」

「ええ、音です。あっしは土間に近いところに寝ているでござんしょ、それで聞こえたんですよ、誰かが台所を探している音を」

「それでなんできよが、聞かれているの?」


「それはね…」

 太助は言い淀んだが、あとをきよが引き継いだ。

「お嬢様、違うんです、私は盗み食いなんていたしません。信じてくだせえ」

「それでね、こいつが物を盗んでやいやしねえか、盗み食いをしていねえか心配になってね、聞いてたんですよ」


 私のうちは、そこそこの大きな問屋だった。大所帯にもなる。たくさんのものが暮らしているので、台所のものを掠め取っても、それはそれでわからないかもしれなかった。

 太助は男である。私のうちでは、男は台所に入れず、男と女の住む区画も微妙に分けられていた。


「きよはそんなことしないわ、あんなにいつも一生懸命働いているじゃない、そんなことするわけがないわ」

「お嬢様、ありがとうごぜえます」


 泣きそうになっていたきよはパッと表情を明るくしたが、太助は不服そうだった。


「じゃあ、一体誰が?」


 その時、太助の背後から現れた人影があった。


「騒々しいね、どうしたんだい、裏口で」

「まあ、お祖母様」


 それはもう隠居をして、最近では気ままな暮らしをしている、お祖母様だった。


「はな、一体こんなところに顔を出して、どうしたんだい」


 今は隠居しているが、以前はこの家を切り盛りし、厳しい指導で身代を築き上げた祖母の登場に、私たちは背筋が伸びた。


 そこに、背後からも声がした。


「あら、お母様、いかがなされたのですか」


 それは、母上だった。


「これは、奥様。お帰りなさいまし」

「お帰りなさいまし」


 太助、きよ、が腰を曲げる。


「母上」


 私は母上にそっと抱きついた。


「はな、いい子にしていましたか」


 母上は、ここ数日、実家にご挨拶に戻っていたのだった。

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