あの子は声に恋してる
乙太郎
あの子は声に恋してる
初めてだった。
「あ、あの…時間通り来たけど…
なにか…俺に用かな?」
恋愛なんて色恋沙汰も。
告白なんて一大イベントも。
目の前のボブカットの女の子、
コレって…もしかしなくとも…
うら若い乙女の恥じらいじゃあないのか…?!
青天の霹靂。
ことの発端は昼下がりの休み時間。
「ねぇ
「へ…?た、珠木さん?!」
低血圧で睡眠不足。
集まってぺちゃくちゃ喋るような友もいない。
故にだらしなく机に突っ伏すのみのモブAが。
突然。
「放課後、体育館裏で。
二人っきりでお願いがあるの。
…必ず来てね。」
クラスのマドンナ、誰もが羨む
品行方正でお淑やかな彼女から
毅然とした透き通る声がかけられた。
「ほ、ホントにあの珠木さんが
ヤミィなんかに…」
「ウソだろ…何かの間違いに違いない。」
余計なお世話だっての。
身分不相応なのは俺自身1番よく分かってる。
クラスの力関係でいったらランキング圏外。
なんの取り柄もないド陰キャがこの俺、
ーーー、ない。ない…んだけど…
「受け取ってくださいっ!…」
突き出される可愛らしいリボンで
結び止められた包装。
誰もが恋焦がれるが故に。
俺にはムリと諦めきっていたあのアイドルが
目をぎゅっとつむって
緊張で細腕を強張らせている。
カ、カワイイッ…!
校舎裏だなんて。
カツアゲされるぐらいじゃなきゃ
ゼッタイ来ない学生スポット。
それが、そんな俺が、
その校舎裏でクラスのマドンナから告白?!
「そ、その…やっぱり迷惑だった…?」
かと思えば節目がちに
此方の顔色を伺ってくる。
め、迷惑なワケあるもんかっ!
オトコなら勇気出して告白してくれた女の子に
恥をかかせちゃあいけない…
こんな時、不勉強で模範解答が
解らないのが悔やまれるばかりだ。
ええっと…こんな時は…
「サンキュな、レディ。
君の思い、確かに伝わったぜ…
ヤミネマコト、その情熱に
十二分に答えようじゃあないか…!」
決まった…!
今まで鑑賞した作品ランキング。
その中でも最推しな「ブレイブクライム」
第二部主人公、クールキャラのカインの
名ゼリフオマージュっ…!
髪をかきあげセンスの光る
ハンサムなフレーズに震える男子高校生。
サッカー部エースのイケメンや
クラスの盛り上げ役の様に
何か取り柄のあるわけじゃない俺だけど。
いつだってカインはレベルの高い合格点を
オールウェイズ、ーーー
「ーーー、はぁ?なん今の。だっさ。」
へ?
「あ、あぁ…受け取ってくれるのね?
よかったぁ、ありがとう!
ソレと、気にしないで!
ホントの本当に
貴方に受け取って欲しいだけなの!
付き合って欲しいとか、
ガチでそんなんじゃないから!」
それだけ言って。
でへへへ…なんてにやにや笑みをこぼしながら
また俺を置き去りにして悦に浸る珠木さん。
ええと?
俺最推しのカインがダサくて?
バレンタインのプレゼントだけど?
付き合いたいわけではない?
「ん…?あ、…あ?珠木さん…?」
呼びかけられて、彼女はハッとする。
というか、ビクビクしてる?
「ね、ねぇ?大丈夫?」
かと思えばせっかくセットした
ボブカットをわしわし。
何かを拭い去るような勢いだ。
「だぁ〜チクショウ…人違いだろうとは
思ったけど声だけはそっくりなんだよなぁ」
なんか…キャラ違くね?
狼狽える俺を置き去りにして
彼女は一呼吸置いて、一歩詰め寄る。
「…ちなみに」
麗しの彼女が見上げてくる。
思わず後傾姿勢。心拍、体温上昇。
浮き足立って前後不覚。
ーーー、もっと。
余裕持った態度で応えたいのに。
彼女がその気になったら
こんなにも気分が上気してしまうなんて。
ーーー、こんなの。
ズルい。勝てっこない。
「アンタ、今日有ったこと。
私に会ったこと。絶対に他言無用だかんね。
当然よね?アンタみたいなクソ陰キャ、
私みたいな完全無欠のJKと
話できるわけないんだもの。」
浮いてると思ったけど
その感覚の正体は殺人的な垂直落下だった。
「なっ…えっ、クソ陰キャ?」
構わず振り向いて立ち去っていく彼女。
最近のトレンドは理解に苦しむ。
コミュ障なのは自覚あるし、
イケメンじゃなけりゃあ、運動も出来ない。
だからこそクラスのコミュニティに
俺一人だけ置き去りだってわかってるんだ。
でも、それだってやっぱりおかしいだろう。
なんだってそんな抉るようなセリフが
珠木さんの口から飛び出すってんだ。
あり得ない、あり得ないんだ。
突然の衝撃に唖然とする少年。その最中。
気がかりなことが一つだけ。
会話の輪からはぐれもののまま、
クラスの動向に聞き耳を立てている日常ゆえに
悪口さえも一文字漏らさず聞き取る
異常発達した俺の聴覚が
彼女の小さなつぶやきを拾いとった。
「シオン様はそんな
ダセェセリフ言わねぇっての…」
〜〜〜〜
がちゃり。
「……ただいまぁ」
「お帰り!マコト、風呂はいつ入んの?」
「ちょっと、後で。」
いつもなら重たいリュックなんて
玄関前にポイだけど。
背負ったまま二階の自室へ。
ジジジッ…
ジッパー開いて摘んで取り出す例のブツ。
紫のリボンのオシャレなお菓子袋。
ゴクン…
そろり、そろりと。
指先で丁寧に解いて中身を確認する。
よく出来たチョコレートのシフォンケーキ。
ショコラティエの店頭に
並んでても違和感ないレベル。
でも…
「メッセージカードは、無しと…」
じゃあマジで受け取って欲しい
だけだったのかよ…
ま、まぁでも。ここまでは想定内。肝心は。
受験生らしさを微塵も感じさせない
2面モニターの置かれた机、
有名ストリーマー御用達の
ゲーミングチェアにつく。
あいにくPCの電源は切っていない。
モニターワンタッチで準備完了。
シ、オ、ン、
「サジェスト一面コイツかよ…」
ちょうどライブ配信中だ。
気に食わないが…
〜バレンタインデー配信〜
「こんしお〜
みんな今日も来てくれてありがとうねぇ」
デビュー1年ちょい。
個人勢イケメン(?)ヴァーチャルストリーマー。
なのにこの同接数、およそ1万弱。
今日はどこも話題被りしてるだろうに
相当やり手だな、コイツ…
「さぁ。今日はバレンタインデー
ということで」
「は?」
「そうだっけ?」
「その話題は私に効く」
「すまん俺トイレ行くわ」
「コラコラ…
逃げないでよ、ひつぼ民…」
「ハハ…」
結構ライト層多いんだなぁ。
コメント欄とのプロレスがちゃんと面白い。
…それにしても、
「似てるかぁ?俺の声。」
もっとこう…喋り方違うし、
なんならもうちょっと高いだろ、俺の声質。
シフォンケーキを一口。
「ん…!美味っ!」
コレがアイツの元に届いてたって訳か…
「そもそもプレゼントは未開封の市販品
てのが常識だけど…」
珠木さん、相当シオン様にお熱と見た。
声豚、夢女子っていうのかな?
不思議な感覚。
放課後の彼女、俺とハナシをしてるのに
俺のことがハナから眼中に無い。
思春期男子にはなかなかに堪える仕打ち。
耐性持ちの俺でなきゃ死んでたね。
「…バレたら立場ねぇわな、こりゃ。」
最後の一欠片を口に放り込む。
どうあれこの
バレンタインチョコは俺のもんだ。
空いた両手をキーボードにかざして。
八峰誠は怒涛の学生生活から舞い戻り、
今日も今日とてネットの海の潜行に
勤しむのであった。
〜〜〜〜
「初見です。
シオンくんはチョコレート
いくつもらいましたか?」
「あぁ…禁句を」
「ファーストペンギン」
「今日のメインキター!」
「何個って…困ったなぁ。
今年はひつぼ民のプレゼント
感染対策で断っちゃったし…」
「はよはよ」
「気になる」
「誰よそのオンナ」
「ゼロだよ。当然でしょ…
ボクが出不精の引きこもりだって
みんな知ってるじゃない。」
「声震えてない?」
「切り抜き確定」
「シオン様が浮気なんてするはずない」
「まぁでも貰えなかったコも
渡さなかったコも
バレンタインなんてキャンペーン
何処だって日程フワっとしてるし
前後一週間は実質バレンタインでしょ?
じゃあ来たる明日に望みをかけて
今日はこれまで!
それじゃあ〜おつしお〜!」
「おつしお〜」
「おつしお〜」
「おつしお〜」
マイクOFF
配信切って一息。
「っ〜危なかったぁ…!」
くしゃみや咳はボイチェン外れてヤバい。
声が震えるなんてほとんど地声で
もっとヤバい…!
ヘッドセット外してベッドにダイブ。
枕抱き抱えて布地でバタ足。
んんぅぅううっ……!
奥歯の恥じらいを発露して。
俯瞰で排熱、お一人様の22時。
「はぁ…やっぱり、こたえるなぁ。」
視線をやる。
受験生らしさを微塵も感じさせない
2面モニターの置かれた机。
その上に。
赤いリボンで封をした薄い長方形ギフト。
寝返って仰向け。
自らを抱くように
華奢な右腕で目元を覆う。
「ゼロに決まってんじゃん…」
だって友チョコ交換するような相手いないし。
それに、渡そうとしてる側なんだもん。
わたくし、
バレンタイン当日にも関わらず。
意中のカレに無念の撤退をキメ込んで
しまいましたとさ。ちゃんちゃん。
「だって…あんなの…」
私はヤミくんが起きるの隣の席で
お弁当も食べずにドキドキ待ってたのに。
あんな…クラスの中心から…
ずけずけやってきて…
ーーー、ずっと。
「好き」を貫くカレが「スキ」だったのに。
彼女がその気になったら
こんなにも相手を骨抜きにしてしまうなんて。
ーーー、こんなの。
ズルい。勝てっこない。
彼女の魂胆はおおよそつく。
陽蕾紫苑。
ヤミくんの声が似てるのは
私がヤミくんを紫苑の声帯の
モデルにしたから。
でも紫苑はやっぱり
カレじゃないし私でもない。
私の同人恋愛作風の沿線上。
認めてくれたのはクラスでは
ヤミくんだけだけど。
でも、だからこそ。
紫苑を「スキ」な彼女に
わ、私…の…ヤミくんを
渡してなんてやれない…
「私だって「スキ」を譲って
なんて居られないんだから…!」
頬をピシッと引き締めてデスクに着く。
アーカイブを保存。
普段なら危うい配信は残しておかないけれど。
…コレは彼女に対する宣戦布告。
「乙女のバレンタインは、
当日きりじゃ…ないんだもの…!」
あの子は声に恋してる 乙太郎 @otsutaro
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