過去

 Side エリク・クロフォード


 僕、エリク・クロフォードはシュンが言う通り悲劇の国、アーティス王国の人間だ。


 世界大戦の引き金となったヘルべス帝国に一方的に侵略され、国を焼かれ、大量破壊兵器まで使用された。


 戦争の末にヘルべス帝国は崩壊したが、それでもアーティスの民はヘルべス人への恨みを忘れていない。


 帝国時代のヘルべス軍人も残党化して今だに暴れまわっている。


 アーティス王国も戦時復興するためにあれこれと手を尽くしていた。

 だが人は誰しも強くは生きられない。

 野盗に身をやつしたり、ヘルべス帝国へテロを起こしたりと様々だ。


 その負の連鎖を、僕は断ち切りたいと思った。


 だが待っていたのは――終わりのない戦いの連鎖だった。


 倒しても倒しても終わらない。


 そんな果てなき戦い。


 それに疲れてしまった。



=深夜・クロガネ学園、学生寮・エリクとシュンの部屋=


「おい、大丈夫か!?」


「え? あ――」


 気が付いたら汗だくになってベッドから起き上がっていた。

 呼吸も荒く、目には涙の痕も残っている。

 

(そうか、昔の事を思い出して――)


 しまったと思った。

 シュンは明らかに心配している。

 

「明日、というか今日は休め」


「でも明日も学校――」


「学校行ける状態には到底見えないぞ。教官にも話は通しておく」


「でも――」


「でもじゃない……昔何があったか知らないし、聞いたところで何を言えるのやらって感じだが――」


「僕は――英雄になりたかった」


「英雄?」


 僕はポツリと漏らした。


「だけど英雄になんてなれなかった。戦いを止めたかった。だけど止められなかった」


「……それがエリクの過去なのか?」


「僕は英雄なんかじゃない。逃げ出したんだ。終わらない戦いの連鎖に絶望して――この学園に――」


 これを聞いてシュンはどう思うだろうか?

 幻滅するだろうか?


「何があったのか知らないが、お前必死で、俺が想像も出来ないような覚悟を決めて戦ってきたんだろう? 何があったか分かんねーし、知らない方がいいと思うような、凄惨な地獄を見てきたお前に何を言っていいのか分かんねーし、言う資格があるなんて思っちゃいない」


「……シュン」


 シュンの言葉は不思議と胸に染みる。

 

「それでも、それでも何か言うとしたら――」


「したら?」


「俺は味方だ。マリだって味方になってくれる」


「み、味方?」


「確かに俺達、1年E組は――エリク、お前に比べたら頼りないだろうさ。俺が出来るのは、精々どっかの漫画から借りてきたような言葉を、自分の言葉のように喋って言い聞かせるぐらいさ」


「シュン――」


「なんか自分で言っといて何だけど恥ずかしくなってきた。こう言うの自分の柄じゃねーよ。どちらかって言うとエリクの役割だろう、こう言うのは」


「え? 僕?」 


 顔を真っ赤にしながら恥ずかしがって両目を瞑るシュンは唐突にこの役割を自分が相応しいと言う。


「だってそうだろう。容姿も整ってるし、腕もいい、性格もいい。そのウチ女子が周りに群がるのは目に見えるようだぜ」


「それ今言う事ですか?」


「あー悪い。正直もう自分もいっぱいいっぱいなんだ。何この状況? どうして相部屋の重たい過去を持つクラスメイトを、ある知恵ない知恵絞って必死に慰めようとしてんの? 俺普通の学生だぜ? それもまだ入学したての」


 そう言ってシュンはベッドに戻っていく。


「ともかく明日は休め。俺も休む」


「う、うん――」(ありがとう。シュン。必死で、不器用で、そして優しい想いはしっかりと届いたよ)

 

 心の中で礼を言いながら僕はベッドで横になる。

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