第48話 手負いの宮廷魔術師

「ああ、ルカスさん。いらっしゃい」

「さっきはすみませんでした、本当に……」

「そのことなら気にしてないわ。そうじゃなくて、あなたにお客様が来ているのだけれど、どうする?」

「――俺に客? 誰か来てるんですか?」


 雑貨屋の奥には宿屋に似た部屋がいくつかある。

 しかしここを知る冒険者は限られているらしく、泊めることもほとんど無い。

 あるとしても、せいぜい俺のように短時間だけ寝ることくらいだ。


「……ルカス。どうするの?」

「う~ん……どうするって、俺に会いに訪れてるんなら会わないわけには」


 ナビナは表情を変えず黙っている。

 だがアーテルは、俺を気にしながら何とも言えない表情だ。

 まさか?


「元気にしてたか? おいらが来たぞ!」


 俺が不安そうな顔を浮かべていると、部屋からひょこっと獣の耳が飛び出す。

 見覚えのあるその姿はここで出会い、村に送り届けたいつかの小さき戦士コボルト族だった。

 

「君はコボルト族の……」

「おいら、アロンだぞ! もう忘れたか?」


 ああ、そうだ。アロンだった。

 見た目がほとんど変わらないけど、少しは成長した感じだろうか。


「――いや、覚えているよ」

「わふぅ! それならいい! よし、お前も出て来い!」


 ん? 人間か?

 アロンの背後から、足を引きずりながら見知らぬ人間が姿を見せる。

 誰かは分からないが、見た目からして魔術師だろうか。


「アロン。後ろの女性は?」

「魔術師の女だぞ! おいら、魔術師を助けた! 村で倒れていたところを助けた!」


 アーテルの方を見ると、首を左右に振って何も知らないといった表情を見せている。ということは、雑貨屋とは別の道からコボルト族の村へ逃げて来た?


「――ルカス・アルムグレーン!! 貴様ぁっ!」

「! むっ!?」


 足を引きずっているにもかかわらず、見知らぬ女性は俺を見るなり手を振り上げる。

 そのままの勢いで俺に迫り来るつもりだったが、


「駄目だぞ! おいらの恩人に手を上げたら許さないぞ」


 アロンの押さえつけにより、女性は動きを封じられた。

 以前は非力だったが、アロンも少しは成長したらしい。


「……くっ、う、ううぅっ……」

「大人しくしないと傷口が広がったままだぞ」


 なるほど、手負いの宮廷魔術師か。

 俺を見て襲い掛かろうとしたということは、賢者の命令を受けて迷い込んで来た感じだな。


「ルカスの知ってる人?」


 様子を見ていたナビナが俺の横で首を傾げている。

 

「いや、知らないよ。帝国の宮廷魔術師はかなり多いからね。所属が違えば全く分からないことが多いよ」

「ふ~ん。女性の宮廷魔術師なのに?」


 ナビナの疑いの目が何となく引っかかるな。

 そもそも城にいる時は兄の存在があって、他の宮廷魔術師と関わることが無かった。

 もちろん男女関係無くだ。


「女性の宮廷魔術師は確かに少なかったけど、直接関わらなければ知らないかな」

「それならいい。じゃあどうしてルカスを襲ったの?」

「……どうしてかな。賢者の命令で動いていたのか、あるいは――」


 アロンに取り押さえられている女性を見ると、おれに対し明らかに憎悪の感情を露わにしている。

 それから考えられるのは、何らかの命令を受けて俺を探しに来たということになりそうだ。


「あなたは誰の命令で俺を探しに?」


 力無く身動きを封じられている女性に聞くと、


「皇帝の勅命を受けた賢者様の命令だ……」


 皇帝――バルディン帝国の皇帝。

 俺に姿を見せた、あの少女のことを意味しているはず。

 しかし賢者だったリュクルゴスはすでに崩れ、俺を咎めることなく帝国は大人しくなっている。


 そう思っていたが、目の前の女性からは未だに俺に対する感情が収まっていない。

 帝国の外に展開していた宮廷魔術師の多くは、ミディヌと爺さんによって掃討された。


 だが辺境に散らばっていた者たちは、帝国はおろか賢者がどうなってしまったのかまでは伝わっていないまま任務を継続している。


 まして目の前の女性は手負いの状態。

 おそらくしばらくコボルト族の村にいたと思われるが……。


「この女性の怪我はアロンが手当てをしたのかい?」

「そうだぞ! おいらもそれくらいは出来るんだぞ!」


 足を引きずっているということは、どこかで負傷してそのままにしてのことか。

 この状態で俺に襲い掛かろうとしていたとは驚きだ。


「ルカスさん。宮廷魔術師のその女性って、帝国がどうなったかを知らないのでしょう?」


 心配そうな顔でアーテルも顔を覗かせながら、話に加わってきた。


「そうだと思います。命令が生きたままのはずです」

「それだとルカスさんもそうだし、この人も困ることになるんじゃないかしら?」

「――というと?」


 俺と女性を交互に見て、アーテルが真面目な表情を見せている。

 面倒事はごめんだと言いそうだな。


「さっきの様子を見る限りだけれど、あなたがどんなに説明をしても彼女はそれを信じないだろうし、受け入れることは無いと思うわ。そうなるとこの先どこに行くにしても、あなたを追い続けることになるんじゃないかしら……」


 ああ、そうか。賢者の命令が生きてる限りそうなるのか。

 今は手負いでもいずれ回復するだろうし、そうなったら俺を執拗に追いかけて来る。

 今さらそれは困るな。


「何かいい手立てでも?」

「この場に来てないみたいだけど、ウルシュラとミディヌの二人を加えて、ルカスさん自身が行くしか無いと思うの」

「――どこにです?」

「もちろん、皇帝がいる帝国に!」

「えっ? 帝国に!?」

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