第38話 予期せぬ訪問者

【side:レグリース】

 

 ロッホのレグリース教会

 留守番を任されたメンバーがそれぞれ退屈そうにしている。


「マスターたちがいねえと暇だな」

「……あたしはそうでもない」


 ファルハンが話しかけられるのはミディヌのみ。

 だが、ミディヌは自身の剣磨きで全く相手にしていない。

 一方で、


「待て待てニャー!」

「待たないにぁ~」

「ミューに捕まるわけがないにゃ~」


 ネコたちは自由に動き回る――といった、特に何かが起きるでも無い時間が流れていた。

 彼らが退屈するのは不思議なことではない。

 

 なぜならロッホは農地が盛ん。

 町に暮らす人も少なく、冒険者が訪れるでも無い静かな町でもあるからだ。

 だがそこに――


「……見事に何も無い町ね」

「だから言っただろうが! すれ違うのは家畜か農民しかいねえってよ! 無駄足にも程がありやがるってな!!」

「そう騒ぐな。しかし確信は持てる。静かな環境を望んでいた彼女なら、ここをお気に入りとするはずだからな」

「町外れの教会辺りが怪しいかぁ?」

「こんな辺境に逃げるなんて、世話を焼かす娘ね」


 教会の前に数人の者たちが立ち止まる。

 そして、


「邪魔するぜぇ?」


 静かな教会の扉が突然荒々しく開かれた。

 扉を開いた男の後ろには、数人の男女の姿がある。

 教会の中に入ってすぐ手前には、ネコたちの姿。


「ネコ族? ち、隠れさせるつもりはねえ! 邪魔なモンがあるな。おらぁっ!!」


 男たちは入って手前の机や椅子を蹴り飛ばし、隠れようとしたネコたちに威圧した態度を見せる。


「ニャ!? いきなり何をするニャ!!」

「勝手に入って来て何をするにぁ!」


 ネコたちの声に気付き、ファルハンが声を上げながら男の前に立ちはだかる。


「――! ここに何か用か? 悪いがここはクラン【レグリース】だ。関係無い者には用のない場所だ!」

「へぇ、そうかよ? ネコ族にハーフリング……ここがクラン? まぁいい、あいつはどこにいる?」

「……あいつ、とは?」


 ファルハンの疑問に男たちは顔を見合わせる。

 するとリーダーらしき女がファルハンに近づき、


「ウルシュラ・バルトルに決まっていますわ! あの娘が必要になったから来たのだけれど、どこにいるのかしら?」


 女は見回しながら蔑みの目を向けている。

 それに対し、ミディヌが女の前に立つ。


「ふぅん? あたしらを怒らせる為に来たばかりじゃなく、ウルシュラを必要に? はっ、お前らがウルシュラを追い出したパーティーってわけかい!」

「あらあら、どこからともなく声が聞こえると思ったら、視線を下に向けないと気付かなかったわ」

「白々しい女だ。……ログナド大陸からパーティーを引き連れて、ウルシュラの姉ちゃんに何の用だ?」

「へぇぇ? ログナドのことが分かるということは、あなたもそこから来たのかしら? どうでもいいけれど」


 リーダー格の女はミディヌを見下ろしながら、ウルシュラを探している態度を崩さない。

 他に引き連れている男たちを含め身なりこそ整えているが……。


「あんたらに言う必要は無いな。もちろん、ウルシュラの居場所もな! ウルシュラの姉ちゃんがここにいないことくらい見たら分かるはずだ。とっとと消え失せろ!! あたしは機嫌が悪いんだ」


 そう言うと、ミディヌは双剣をちらつかせる。

 後ろに控えるネコたちも短剣を構え、ファルハンも拳を突き合わせ始めた。

 

「……へぇ。口先だけじゃ無さそうね。クラン……ふん、そういうことね」


 リーダー格の女の顔色をうかがいながら男は、


「どうする? やっちまうか?」


 などと、同じく手持ちの武器を抜こうとしている。


「そこのおチビちゃん。クランのマスターは今どこへ? ウルシュラもそこにいるのでしょうけど」


 構えを見せるミディヌたち。

 それを気にしてか、


「……まぁいいわ。ではあの娘に伝えておいてちょうだい。わたくしたちは、あなたを必要としていることをね!」


 ――と、リーダー格の女は鼻で笑いながら用件だけを伝えてくる。


「調子のいいことをほざく。あたしがそんなことを伝えるとでも思ったか?」

 

 ミディヌの態度が気に障ったのか、態度の悪い男が身を乗り出す。

 そのままミディヌに詰め寄りながら、妙なことを言い放った。


「ちっ、ハーフリングごときが偉そうに。言っとくがな、オレらがウルシュラを連れ戻そうとしてんのは、聖女様が必要としてるからだ! オレらじゃねえんだよ!!」


「――聖女……あの聖女がウルシュラの姉ちゃんを求めてるだと……?」


 ミディヌにとって聖女とは、許しがたき存在。

 その聖女がウルシュラを求めていることに怒りを露わにして双剣を見せようとする。

 しかし、


「とにかく、ウルシュラにはそう伝えておくことね。逆らえば、聖女から天罰が下ると。わたくしたちはどうでもいいのだけれど、聖女がウルシュラの力を求めているのだからそうしたまで」

「そういうことだ! オレらがこんな辺境にまで足を運んで来たことを感謝するんだな!」

「邪魔したわね。ごきげんよう……」


 リーダー格の女が引くと、他の者たちもそれに従って教会から出て行く。




「……聖女――! ちいっ、ウルシュラの姉ちゃんにまでちょっかいをかけやがる」


 怒りで全身を震わせるミディヌ。

 彼女に対し、ネコたちは心配そうに見つめるしか出来ない。


「なぁ、双剣のミディヌ。ウルシュラさんもログナドから来た人間なのか?」


 ファルハンの言葉にミディヌは無言で頷く。


「くそっ、あいつら! 彼女を連れ戻しに来たって言ってたが、あいつらのパーティーに元々いたって意味だろ? それなのに追い出されたってことだよな? それが何で今さら!」


「あたしが知るか! ただ一つ、レグリースにまで来たってことは、ルカスを敵に回したことだ! 聖女だろうと何であろうと、ただじゃすまねえってことだ」


「イーシャもそうだが、マスターたちは今どこにいるんだろうな……」


 ルカス、ウルシュラのいない間に現れた冒険者パーティー。

 その狙いはウルシュラだった。彼らの狙いと聖女の狙い……。


 ミディヌたちは壊された教会内を眺めながら、唖然と立ち尽くすしかなかった。

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