第22話 聖女の行方

 賢者として権力を振りかざしていたリュクルゴスは、ただの兄に戻った。

 それでも追放された事実は変わらないし、疑いが晴れるのも時間が必要だ。

 そう考えると、当分帝国に来ることは無いといえる。


 ただ、帝国にはまだ『聖女』という存在がちらつく。

 俺が直接どうこうされてはいないが、ミディヌにしたことが気にかかる。


 とはいえ、ひとまず終わったのは確かだ。

 

「あ~ああ~、お庭がすっかり荒れちゃってるじゃない! それに揃いも揃ってこんな所で昼寝なんて、いつからこんな風になっちゃったんだろ……そこのあなたもそう思わない?」


 ――甲高い声の女の子? 

 どう見ても迷い込んで来た見知らぬ子どもにしか見えないけど……。

 でもどこから? 侍従が連れて来たでも無さそうだし。


 宮廷に属する者に、少女くらいの年の子は存在しないはず。

 それにしても、白銀はくぎんの髪色……どこかで見た気がする様相なのは何故なのか。

 人間のようなそうでないような……。


「本当だね、庭園がこんなことになって……」

「ううん、そうじゃない。力を持たせたら、こんなにもおかしくなるって話。せっかく禁忌の石を与えたのに力を恐れて拒まれて、負けちゃうなんてね」

「――え」


 禁忌の石を与えた……聞き間違いじゃないよな。

 少女は地面に横たわる男たちを見た後、俺を一瞬だけ見る。

 

「まぁでも、がいるなら、それでいいかな」


 何を言ってるんだこの子は。

 

「え、あの……?」


 この雰囲気、ただ者じゃないのは確かだ。

 だけど会ったことも見たことも無い。


 目の前の少女が誰なのかを気にしていると、

 

「戸惑う必要なんてないよ? あなたはね…………」


 急に少女の声色が変わる。

 その小さな口から発せられる言葉は、 


「……帝国はしばらく浄化の時に移る。賢者ほどではないにしろ、聖女も近づけさせぬ。そして、ルカス・アルムグレーン」

「は、はっ……」


 何だ、この威圧感。思わず恐縮してしまったじゃないか。

 これではまるで。


「家名を名乗ることを許す。名乗ることでその罪は、じきに薄れる。アルムグレーンを名乗り、その威を示せ」


 俺の罪のことなのか、それとも?


「あ、あの、聖女エルセの行方はご存じでしょうか?」

「アレはすでにラトアーニから離れた。あとは冒険をするなりして追えばよい」


 もしかして聖女を意図的に遠ざけているのだろうか。

 それにこの子の知り得ている話しぶり……。


「――さぁて、眠る者たちを運ばせないとね」


 少女の言葉に、草むらから数人の侍従が姿を現す。

 そして淡々と彼らを運んでいく。少女に対し、侍従が何かを言うわけでも無いままに。


「あの、あなたは?」


 見たことも会ったこともないけど、リュクルゴスや聖女を知る存在。

 それは皇帝しか思い浮かばない。


「何てことない、ただの宮廷庭師! 長く長くずっとこの庭園をだけの存在! 見過ぎて罪を生ませちゃったけど、また長い目でみるから大丈夫! そういうことだから、あなたも負けないようにね」


 少女が何の迷いも無く城に入って行く。

 皇帝がまさかの少女? 何とも言えないし分からないな。


 とにかく帝都の外に行って合流しとこう。




 宮廷魔術師がいなく静寂に包まれた帝都を通り、外に出る。

 外に出てすぐ、俺の目に飛び込んで来た姿。

 それはかつてここの脇道で転び、怪我をしていたウルシュラだ。


 俺がしたように、ここで傷ついた宮廷魔術師を癒す彼女がそこに。


 ウルシュラは魔力が無く治癒魔法を使えない。

 しかし園芸師スキルや魔道具を使えば、回復効果のある薬を作れると思っていた。


 まさに今、その光景を目の当たりにしている。

 この辺りだけでも、かなりの宮廷魔術師が膝をつき治癒を待っているようだ。


「あ~~!! ルカスさ~ん!」


 俺を見つけ、嬉しそうに手を振っている。

 ウルシュラはいいとして、ナビナやミディヌ、それと協力者の爺さんはどの辺にいるのか。


「ルカス。後ろ」

「ん?」


 ウルシュラを見ていた俺の背後に、気配をまるで感じさせないナビナが立っている。

 ナビナの目は何の変化も無く、妙な気配もしていない。


 俺がナビナを見た時の、あの灰色結晶は何だったのか。


「ルカス、庭で会えた?」

「誰と?」

「皇帝」

「…………皇帝――皇帝!?」


 俺の驚きを気にせずに、ナビナが軽く頷く。

 ということは、あの少女はやっぱりそうだったんだ。


「うん。ルカス、頑張った。だから姿を見せたと思う」


 冴眼の力を使っただけで頑張ってもいないけど、まぁ今はそれでいいか。

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