第20話 ☆許されざる者の末路 前編

「……すぐ着いた」

「そりゃあ転移だからね。しかしここは庭園かな?」 


 転移して来た場所。

 それは、俺が城にいた時ですら足を踏み入れることが無い庭園だった。

 てっきり煌びやかで悪趣味な装飾品ばかり見せびらかす賢者の寝室かと思ったのに。


 とはいえ、中立であるはずのガレオスが隠し持つ転移装置。

 それを使ってまともな部屋に転移出来るはずもないわけだが……。


「城のどの辺?」

「庭園は皇帝や賢者が見下ろす位置にあるから、帝都が見える丘の庭園かな」


 帝都ゴルトが眼下に広がっている見晴らしのいい丘だ。

 もっとも、整備もろくにされていないお飾り庭園でもある。

 ウルシュラがここにいたら夢中になってた危険性が……。


 育ちまくった草が、いい感じに俺たちを隠しているのはよかった。


「……下が慌ただしい」

「俺たちの侵入がばれたかな?」

「ばれてるのはルカスだけ」

「はは……」


 冴眼を使わずとも、ここから帝都の慌ただしさがよく見える。

 その様子を見る限り、どうやらかなりの数の宮廷魔術師が動いているようだ。

 

 帝都に暮らす者は基本的に、宮廷魔術師によって守られている意識が強い。

 その考えが変わることはほとんど無く、帝都の人々はそれでいいと思っている人ばかり。

 

 偉大な賢者、崇高の聖女……。

 その存在が、まさか国を悪くしているとは考えもつかないはず。

 

「とにかく、中へ入ろう。城の中に行けば必ず賢者がいるはず」


 ナビナが戦えるのかどうかはともかく、今は賢者を見つける。

 まずはそれを果たすことから始めなければならない。


「足音、近い」

「え?」


 雑草に紛れながら城への侵入を果たす。

 そう思っていた矢先、


「ここだ!! ここに隠れているぞー!」


 転移で着いた場所は悪くなかった。

 とはいえ、やはり隠れ続けるのは簡単じゃないみたいだ。

 声は二色に加えて数人程度。四、五人といったところ。


「やはり庭園にいやがったか! ルカス。お前がどうやって侵入したかはどうでもいいが、お前をここで始末する!」


 なるほど。さすがは特務といったところか。


「カトル、ここで始末するのはやめとけ! リュクルゴス様は連れて来いと……」

「そ、そうだぜ! 賢者様はルカスを見つけ次第」

「へっ、セットもてめえらも、この野郎に消されたのを忘れたか! 甘いこと抜かしてんじゃねえぞ? 賢者もどうせ大したことねえよ。庭園にすら出て来ない奴に何言ってやがる!」


 こいつらは……あの時の特務ナンバーの連中だな。 

 どこかに消し飛ばしたと思ってたが、ここに送り返していたか。

 しかし、ナンバー付きの連中だけしかいないということは……。


 外に駆り出されてる可能性が高いな。

 その辺はミディヌと爺さんが上手くやってくれてそうだ。 


 それにしても、リュクルゴスの命令は俺を拘束することのはず。

 特務の一部が態度を変えるということは、かなり乱れているな。

 

「おいセット、見ろよ? ルカスの奴、エルフを連れ回してるぜ?」


 ナビナを上手く隠してると思ったのに、やはり分かられてしまうか。

 カトルという男の視線が、ナビナだけに注がれている。


「エルフ? あぁ、あの時いたエルフだな。ルカスよりもエルフを捕らえた方が喜ばれるか? どう思う? カトル」

「さぁな。ルカスはセットが拘束しとけ! てめえらもセットについておけ! エルフはオレが捕らえる!」


 黙っていれば好き放題にされそうだな。

 こいつらにはもう一度辺境にでも飛んでもらうか。


 あれこれ余裕を持たせると、他の連中も駆けつけそうだし。


「話の途中で悪いが、特務の君らにはそんな権利は無いんだ。強い恨みなんてものもないが、この子を狙うなら、すぐにその身が消えることになる……」


 どこに飛ぶかは分からないけど、何とかなるだろ。


「――ふざけたことを抜かすな!! 追放者が!」

「ルカス……この、追放魔術師ふぜいが!」

「追放者めが!!」


 俺の言葉に奴らは攻撃的な気配を出し始める。

 そこに、


「駄目。ルカスは温存。大丈夫、この人間たちはナビナが」

「ナビナが? え、どうやって……」

「すぐに終わる。だから、ルカスは息を整えて。それに、ルカスの相手はすぐそこに……」


 俺と奴らの間にナビナが割って入り、奴らをじっと見つめだした。

 だが無防備なナビナが現れたのは、奴らにとっては格好の的。


「ハハハハハッ! こりゃあいい!! ルカスから離れてオレのところに来やがったぜ! ルカスだと嫌だとよ! なぁエルフ!」

「……」

「い、いや、カトル……そのエルフ、何か違う……手を離して、距離を取った方が――」

「カトルさん、や、止めた方が……」

「あぁ? 何言ってんだ? たかがエルフに何を……」


 言われた通り、呼吸を整えてナビナの背中越しに奴らを見る。

 すると、どういうわけか特務の連中からは何の反応も聞こえて来ない。

 

 もしかして妖精の眼で何かを?

 そう思った直後。


「あ、あああああああああああああああああああああああ……!!!」

「あぁぁ……うぅ……あぁ…………」

「…………ぅぅぅ……」

 

 ええ?

 てっきりどこかに飛ばすものだとばかり思っていたのに……。 

 

 どう見ても連中の様子、特にカトルとセットの二人は錯乱状態に陥っている。

 さっきまでの荒れた態度どころか、人格そのものが失われているような。


「ナ、ナビナ……? 何を?」


 振り向いたナビナの目に、色の変化は見られなかった。

 俺には見せたくないと言わんばかりに。


「大丈夫。特務と呼ばれる人間は、しばらく何も考えられなくなる……」

「そ、それって……」


 ある意味冴眼よりも残酷な力なのでは。

 

「おい!! 宮廷魔術師特務! そこで何をさぼっている!! 侵入者は捕らえて来いと――」


 ――あぁ、さすがに庭園には足を踏み入れるか。

 兄リュクルゴス……こんな半端な所で遭遇なんて、つくづく……。

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