短編を書いたときに上げるところ

@AltPlusF4

心理的瑕疵惑星

「なかなか良い物件ですね。」

「……かと存じます。こちらの惑星は弊社がハビタブルゾーン内に保有する中でも有数の物件かと。寒期と暖期の気温差も200度未満と小さく、快適にお過ごしいただけます。衛星は一つと少ないですが、大きさと形はかなりのものです。後程夜側でご覧いただけますが、夜空にぽつねんと浮かぶさまは昼間の恒星との対比が見事なもので……」

饒舌に語りだす営業担当の言葉を遮り、客は書類から目を上げて言う。

「ああ、そのあたりはもうわかりました。ところで、こちらの『申し送り事項あり』というのは……?」

「ええ、まあ、こちらの物件なんですが、いわゆる事故物件でして……」

担当の男はバツが悪そうに答える。

「事故物件!?以前に入植した種がいたんですか?」

「いえいえ、土着の有機生命が初歩的な文明レベルまで進化した種でして。最終的に文明は滅びました。」

「原因は?」

「小惑星衝突による気候変動です。高々数万周期の進化幅しか取れなかったところに急激な環境の変化をうけまして、そのまま。もちろんお客様のような種族にとっては誤差の範疇でございます。」

「たしかに、その程度の気候変動なら私の母星ではだいたい5周期毎に起きますからね。」

有機生命体のいち文明の興亡など、ハビタブルゾーンに目星をつけて物件を探していればよくあることだ。どうしてわざわざこの程度のことを『申し送り事項』に、と訝しむ客に担当者は声を潜めつつ答えた。


「じつはこの物件、んです。」

「なにが」

「……幽霊が。」

「なんの?」

「文明の。」

「文明の幽霊!?」


 聞き馴染みのない言葉に、客は思わず素っ頓狂な声を上げた。

「いやね、この惑星の先住種なんですが、滅亡前にやたらと安定度の高い方法で種の記録を残したらしく、この惑星の公転周期で5億周ほどたってもまだ当時の記録が残っているんですよ。それが音響系や電磁波系の種の方々が生活しようとしたときに一々共鳴してしまうんです。エントロピー低めの反響が耳障りだとかで、嫌がられるお客様もおおいんです。」

「ああ確かに、情報基体の連中は繊細ですからねぇ。」

「私なんかもろにそのタチでして、ホラ、感覚器を凝らすと聞こえてくるんですよ、『無念だー無念だー』と。」

「え、彼らと同じ言語体系なんですか。」

「いえなんとなく。」

悪びれもせずいう担当者に客は本当に売る気があるのかと呆れ顔である。

「私ははあまり気にしませんよ。無機系の中でもさらに鈍感な珪素基体ですので。」

「それは何よりです。なにぶんこういったことは漏らさずお伝えしないと後々のトラブルになりますので……それで、いかがでしょう。」

「そうですねぇ……ところで彼らは今なんて言ってます?」

「『今が買いどきだ〜』と。」

 商売っ気を隠さない担当者の言葉に、客は思わず吹き出してしまった。たしかに、自分にはさっぱりわからないが、先住者達の息吹を感じながら過ごす休暇はそれなりに楽しそうである。落ち着いたら『聴こえる』タチの友人らを連れてきてもいいかもしれない。

「気に入った。買いますよ。」

「ありがとうございます。お手続きはこの惑星系で3周期以内に済ませますので、それ以降であればいつでもご入植可能です。」


 彼らの足元にある、強化石英ガラスで作られた超長期情報保存媒体には、数千年の長きにわたる種の歴史が美辞麗句とともに長々と封じ込められていたが、unicodeで書かれたそれの意味が彼らに伝わることは遂になかった。

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