その日はうっかりして、教科書を忘れてしまった。



 いつもならどうにかごまかすのだが、この日はあいにく教師に見つかり、隣の人に見せてもらうように言われる。




 隣といえば、もちろん彼女。




「いいよ」




「……ありがとう」




 机をくっつけ、彼女ともっと近い距離に。




 会話をしたのは久々だった。ずっと、避けていたから。




 気まずい空気が互いに流れる。当然か。




 自分はそれだけの事をしたってことだ。




 逃げるように窓の外を見ていると、不意に服を小さく引っ張られる。





「ごめんね……。似てるとか言って。嫌だったよね……私なんかと」





 うつむきながら暗い顔の彼女。




 胸に鋭い棘が刺さった気がした。




「これで最後にする。もう、話かけないよ。……本当に、ごめん」




 今にも泣きそうな彼女の顔を見て、ようやく己のやったことを激しく後悔した。




 なんで、彼女が謝っている。悪いのは全部、自分なのに。




 彼女は孤立していても、関係なしに話しかけてくれた。




 もっと笑った方が良いと励ましてくれた。




 こんなにも優しいのに、それを拒否したのは、自分だ。




 ならば取り返そう。これからの時間を、大切に過ごす為に。




 彼女の優しさを無駄にしないように。




「……違う。悪いのは自分だ。優しい君に酷いことを言った。本当に、ごめん」




 一度、深く刺さった棘は抜くのに時間がかかる。




 ゆっくり、ゆっくりと、抜いていくしかない。




 もう、後悔しないために。





「……こんなこと今更なんだけど、もしあの時の言葉を取り消せるのなら、俺と」





 言葉を噛みしめる。彼女の瞳を見つめて、心からの本心を曝け出した。





「──友達になってくれ」





 あぁ、そうか。自分は彼女に救われたんだ。





 崩れていた天気はようやく回復の兆しを迎える。




 長かった梅雨は開け、空は元の青空へと戻っていく。




 雨が降ろうと、いつかは晴れる。





「喜んで」





 その笑顔は、今日の青い空によく似合う、眩い輝きを放っていた。




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