30、やだ、我慢出来ない!
右手に持つ木刀を構える事なく、だらりと下に降ろしているマナ・グランド。
一見棒立ちに見えるが、視線をこちらから外す事はなく隙がない。
俺が攻撃するタイミングを見計らっていると思われる。
───先に攻撃するのは不味いか?
魔法を躱すと同時に、距離を詰めてくるつもりだろう。
俺に相手の攻撃を躱すだけの俊敏さはない。
しかしだ、こちらとしても至近距離からの連続魔法はかなり有効な筈‥‥‥。
───‥‥‥いや、違うな。
考え方を変えよう。
わざわざ敵の土俵に上がる必要はない。
近づかないと攻撃出来ないアチラと違い、コッチはこの距離でも攻撃できるんだ。
隙が出来ようが遠距離攻撃してる方が有利。
───先手必勝!
『ヒュルルヒュルヒュルシュルルヒュ』
出したのは、床を這うように進む広範囲な風。
かなり大掛かりな魔法なので威力は弱い。
それでも、当たれば体制を崩す事くらいできるだろう。
ちなみに威力を上げても撃てるかもしれないが、おそらく俺が先に気を失う‥‥‥。
───さあ、避けれるもんなら避けてみろ。
「甘い!」
魔法が到着するギリギリのところで、床を蹴り高く飛ぶマナ・グランド。
───コイツやっぱり、見えてんな‥‥‥。
標的を失った突風は壁に当たり掻き消えた。
だが、避けられるのもある程度予想済み。
床から離れさせる事が真の狙い。
「甘いのはそっちだ!」
くらえ!
『シシュルルヒヒュルルルシュルヒュルルシュル』
連続で放った風の弾丸。
空中では素早く動けないはず。
───これは絶対に避けれない!
空中で膝を抱え、身体を縮めるマナ・グランド。
‥‥‥身体で受け止めて皿を守る気か?
だが、風の弾丸の威力は弱くない。
1発でも当たれば確実に体制は崩せるんだ。
落ちてきたところを狙う!
「そっちのが甘い!」
そう言うと、空中で一回転して身体を捻り、天井を蹴って床に着地した。
もちろん風の弾丸は、虚しく天井に被弾している。
───なんちゅう運動能力!
着地すると同時に、此方に向かって一直線に走り出し俺との間合いを詰める。
すでに先程より距離は近い。
この至近距離なら‥‥‥。
「くらえ!」
『ヒュルシュルヒュルルシュル』
迫り来るマナ・グランドに向けて放ったのは、弾丸ではなく大きな風の塊。
少々狙いがズレても、かするだけで皿を割る威力はある。
マナ・グランドはもう目と鼻の先。
───この近距離では避けれないだろ!
スパッ!
「大きければ良いってもんじゃないわよ」
ニヤリと笑い此方を向く。
───‥‥‥嘘、斬った?
走るスピードを緩める事なく、上段から振り下ろされた木刀により真っ二つになる風の塊。
───まさに風を切って走る‥‥‥。
「‥‥‥んなアホな!」
俺が放った渾身の風の塊は二つに分裂して彼方へ飛んでいった。
「覚悟!」
気付いた時にはもう目の前。
振り上げられた木刀が、俺の額の皿を狙っている事がわかる。
───避けられない!
風の壁を作って防御だ!
『ヒュルルヒュ────』
‥‥‥あ、待て!
『壁』って精霊語でなんて言うんだ?!
やばい、単語が分からん!
まだ精霊語は覚えたてで、全ての文字を翻訳出来てる訳じゃない‥‥‥。
そして迫り来る木刀。
───えーい! もうなんでもいい!
『ヒュルヒュルシュルルルルシュルル』
下から吹き上げる突風。
「‥‥‥わっ!」
地面からの急な突風はマナ・グランドの体制を崩し、木刀を空振りさせる。
「んなっ?!」
───範囲が広すぎた!
ついでに俺も突風に巻き込まれ床に転がった。
「いただき!」
マナ・グランドは突風を受けてフラついただけ。すぐに体制を立て直し倒れ込む俺に迫ってきた。
自分で撃った魔法なのに、この差はなんだ‥‥‥。
本当に運動神経のなさが情け無い。
───だが、まだだ!
魔法は寝っ転がってようが、どこを向いてようが、どんな体制からでも撃てる。
『シシュルルヒヒュルルルシュルヒュルルシュル』
くらえ、至近距離からの、風の弾丸乱れ打ちだ!
「‥‥‥っ!」
俺から距離を取るように後ろに飛び退くマナ・グランド。
流石に全て避けるのは不可能だった模様。
左肩を抑えて真剣な表情。
「大丈夫か?!」
急ぎ立ち上がりマナを見る。
───やり過ぎた‥‥‥。
やはり魔法は加減が難しい。
まだ慣れてないから余計だ。
「やばい、カイト本気で強い! めちゃくちゃ楽しい!」
───あっそ。
魔法が当たったと思われる左肩をぐるぐる回しながら、目をキラキラさせるマナ。
「怪我してないか?」
「びっくりしただけよ。木刀で殴られる方が数倍痛いわ」
「そうか。良かった‥‥‥ごめん」
「なんで謝るの? さあ、続き!」
木刀の先を此方に向けるマナ。
本当に元気ですこと‥‥‥。
「マナ‥‥‥そろそろ終わりにしないか?」
「せっかく盛り上がってきたんだから。勝負はこれからでしょ」
ぶんぶんと木刀を振って見せるマナ。
オモチャを与えられた子供のよう。
ちなみにオモチャは俺。
「‥‥‥俺も凄く楽しかったし、マナとある程度戦えた事に満足できた」
「ある程度どころか、どう見てもカイトの方が優勢でしょ。その勢いで勝っちゃいなさいよ」
「それなんだけど、俺は結構身体にきてる」
実は先程から両脚がガクガクして、立っているのが割と辛い。
調子に乗って、魔法を使い過ぎた影響だろう。
「そうなんだ‥‥‥じゃあ次がお互い最後の一撃ね。それで勝負をつけましょう」
まあ、あと何発かは撃てるだろうが‥‥‥。
「ごめんマナ。俺はもう魔法を撃つ気がなくなった。俺の皿を割って終わりにしよう」
「何言ってんの?」
冷たい視線。
まあ、怒るよな。
戦う前の会話に逆戻りしてんだから‥‥‥。
「なんと言われようと撃たない」
「‥‥‥」
凄い顔で怒っております。
‥‥‥ちゃんと言わなきゃ駄目か。
「俺はまだ魔法を完璧に使いこなせていないから、マナの様に上手く手加減して攻撃が出来ないんだ。さっきみたいに、咄嗟に攻撃しようとすると、意図してない強い魔法が出ちゃったりする事もあると思う」
「‥‥‥それで?」
「以上」
「強い魔法を撃って何が駄目なの?」
「危ないだろ?」
「相手を倒すために撃ってんだから、危なくて当然じゃない」
「‥‥‥まあ、それはそうなんだけど」
「何言ってるかわかんない!」
「とにかく、マナに魔法は撃たない!」
「本気の勝負って言ったのは何だったの?! お互い少しくらい危険なのは当たり前でしょ?!」
「さっきは楽しくて、ついやっちゃったけど‥‥‥俺はこれ以上、お前を傷付けたくない!」
「‥‥‥はっ!」
カランッカランッ!
手に握られていた木刀を下に落とし、驚いた表情で此方を見つめてくるマナ。
「もしかして、カイトって私が好きなの?!」
物凄く赤い顔。
「‥‥‥何、そのぶっ飛んだ質問」
ピシピシ‥‥‥パリンッ!
「‥‥‥あれ?」
「‥‥‥え?」
マナの額からポトリと皿が落ちた。
「あらっ‥‥‥さっきの攻撃でちょっと掠った気はしてたけど、ヒビ割れしてたのかな?」
「‥‥‥わざと‥‥‥じゃないのか?」
「残念だけど、言ってたようにずっと本気だった」
「‥‥‥俺の勝ち?」
床に転がっている皿は、確かに割れている。
「うん。参りました」
ペコリと深くお辞儀をすると、ニコリと笑い凄い速さで俺に向かって突進してくるマナ。
そのまま床に押し倒された。
戦ってた時より動きが速かったのはなんでだ?!
「いたた、何すんだよ‥‥‥」
「おめでとうカイト!」
「あ、ありがとう」
負けたのは自分なのに潔いな。
「そんな事より、こんなめんどくさい女、絶対嫌われてると思ってた!」
俺を押さえ込み頬擦りしてくるマナ。
「どう見ても嫌ってはないだろ‥‥‥と言うか、今はそんな事してる場合じゃない」
「やだ。もう我慢出来ない!」
マナの顔が近づいてくる‥‥‥。
ドカーーンッ!!
凄い音と共に開かれた砦の門。
「マナさん! 大丈夫ですか!!」
雪崩れ込んでくる最強クラスの屈強な男達。
ついに門を破壊されたようだ。
マナの救援に駆けつけた彼らがそこで目にしたのは、密室で床に転がり抱き合う男女。
‥‥‥これどうすんの?
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