訃報

林さんは今2つのことを考えている。それは安楽死と訃報のことだ。

林さんは癌にかかっている。余命は短い。小さい会社を経営していたが、そこまで偉い人でもない。社長として地元の新聞に載ったことはあるが、Wikipediaに名前はない。ネットで検索したら、同姓同名の大学教授が出て来る。

生きていることはもう十分だ。人生は楽しかった。子供はいないし、奥さんは3年前に死んだ。癌は苦しい、そろそろ死んでもいいと思った。

しかし、唯一やりたいことは、訃報を出すこと。

普通考えたら、訃報というものは、本人が読めるわけはない。死んだら出すものなのだ。まして本人が書く訃報なんて、稀だ。

でも林さんは自分の訃報を読みたい。もし実現できたら、周りの人の反応も見たい。

長年付き合っている秘書に話したら、最後の願いとして、面白いことやろう!と一致した。


秘書が訃報を起草し、林さんは添削を入れる。立派な訃報が出来上がった。

そしてどこで発表するだろう。やっぱり新聞だね。信頼できる伝統メディアだから。またネットにもアップしたほうがいいかもしれない。情報社会だもんね。


準備万全。死ぬふりをするんだ。林さんは病院から自宅に移動し、しばらくしたら、秘書を通して、外界に「死んだ」とメッセージを出した。そして秘書がお金とコネを生かして、そこそこの新聞とウェブサイトで訃報を出した。


「どうだ?みんな何を言っている?」林さんは秘書に聞く。

「『どこかの社長が死んだ。OO町にこんな社長が住んでいたとは知らなかった。癌は怖い。早期検査は必要だ。』とか、ですね」と秘書。

「そうか、別に大したコメントないね。もう2日待つ」と林さん。


2日後


「何か新しいコメント、あったかい」と林さん。

「一通の手紙ですね

『私は林の初恋の人です。中学校以来ずっと連絡が途絶えていました。新聞で訃報を読んで、昔のことを思い出した。結局会えずに死去のことを知りました。私のこと、まだ覚えているでしょうか。でも、もう遅いですね。せいこより。』

」と秘書。

「せいこからか。まさか、卒業してから一度も会っていないな。会いたいな。」と林さん。


沈黙。


「でも仕方ないね、私はもう死んでいるから。あれの支度、もういいか」と林さん。

「はい」と秘書。

「じゃお願い」と林さん。


秘書が渡したカプセルを林さんが飲んだ。

「やっぱり、せいこに『覚えている』と伝えてくれ。」

林さんは転んで、息がなくなった。

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