第60話 魚人の親子

 ポティート領・諜報隠密部隊、その部隊に所属する10名が今広場で山積みになって死んでいる。……かのように見えた。


「う、ううっ」

「おい! 大丈夫か!」


 体中を切り刻まれながらもどうにか生きていた諜報部隊員が居たようだ。死体の山の中腹、間に挟まっているその人を引っ張り出すと、なんとその人の体は上半身と下半身で引きちぎれてしまっていた。


「延命の魔法だ……長くはもたない」

「一体何があったんだ?」


 口から血を流し今にもこと切れそうな彼にそう問いかけると、彼は俺の目を真っ直ぐ見ながら静かに話し始める。


「た、隊長とアリスが、奴らに攫われた。とくにアイツは強い、強すぎる」


 隊長とアリス? という事はアリーズは敵じゃなかったのか。ならパーク内からその奴らとか言うのがアリーズを攫って、アリスはその奪還のために戦ったのか。


「アリスも隊長もアイツには敵わなかった……グフッガフッ!」

「しっかりしろ!」


 もう限界か。もう少し、あと敵のアジトの情報だけでも聞いておかないと。このままじゃ敵にアリスとアリーズを連れ去られたまま隠れられてしまう。


 元々は俺たちの調査が終わったらすぐに領主様に連絡して領主軍に来てもらうつもりだったのだが、俺はさっきの戦いで伝達紙をズタズタにされてしまった。だから連絡が無かった時の予定として立てていた3日後にならなければ領主軍は来ない。となれば実質2人を探しだせるタイミングがあるのは俺1人だけという事になる。


「敵のアジトはどこだ! 何か情報は!」

「て、敵の居場所は……に……」

「おいしっかりしろ! おい! クソッ!」


 死んでしまった! 最後に何かを指さしてはいたが、それだけじゃ情報が足りない!


 指さした方向は西か? だが上から見てみても西にはまだまだ町が続いているんだぞ、いくら『動く歩道』があってもこれだけの家を一軒一軒探し回るのは時間が掛かり過ぎる。


「指は……やっぱり西を指しているな。何か他に持って無いのか。手掛かりになりそうな物は!」


 服は血まみれ、下半身は無い。この人が着ている服には胸ポケットなんて無いし、他の9人を調べるしかないか。


「……ん? 何だ、何か持ってる」


 紙だ。くしゃくしゃに丸められた紙。一見すると鼻をかんだ後のちり紙のようだが、どうも中に何か書いてあるようだ。


 見てみると、そこには白い紙に血で『西』、『観光』、『鮫』と書かれていた。『西』と言うのが彼が最後に指さした方向だとすると、『観光』というのは観光案内所か? 確かこの町に来る前に見た地図では西の方に観光案内所があったはず……。あそこに敵が居るのかどうか確証は無いし『鮫』についてはまだ何か分からないが、とにかく行ってみるしかない。


 エアロードで飛んで西に向かうと目的の場所はすぐに見えてきた。観光案内所と言うだけあって空から見てもかなり派手なのだ。この町の入り口で海魔獣の描かれたアーチを見たが、似たような絵が建物の壁にデカデカと描かれている。


「やっぱり観光に力を入れているだけはあるな。だが見たところ外に鮫らしきものは見当たらない、という事は中か」


 観光案内所の入り口に降り立ち、その大きな両開きの扉を押し開けようとする。だが、鍵が掛かっているらしく開かない。槍で壊そうとしても魔法が掛かっているのか魔装攻撃をかき消されてしまう。


「駄目か。正面がダメなら。裏……いや、上から入るか」


 さっき上から見た時に建物の両サイドにベランダがあるのが見えた。あそこなら普通侵入されることなど考えないだろうし魔法が掛かっていないはず。まあ、俺の事を知っているので念のためにかけている可能性もあるが。


「よし開いた。上階だからって鍵もかけないなんて不用心だな」


 さて、建物に侵入することは出来たが敵はどこに居る? 普通に観光案内所内に潜むのは人が多く訪れるここには向かないだろう。逆に人目に付くからこそここをアジトにしているとしたら、あるのはおそらく……。


「地下か」


 注意しながら速足で1階に降りる。敵の姿は今のところ無い。町と同じで明かりも無ければ人の気配も全く無い。

 1階に降りても分かりやすく地下への階段などあるわけもなく、ぱっと見では地下があるなんて思えない。しかし俺には隠密部隊の彼が残してくれた情報がある。鮫だ、鮫がカギなのだ。


「あった、鮫のレリーフだ。という事はこの近くに何かしかけがあるはず……」


 近くには観光案内用の資料などが入った本棚とそれから机が1つと照明が1つ、レバーなんかの目立つものは無い。

 この中ならやっぱり本棚が一番怪しいな。典型的だが使われ過ぎているからこそ逆に新鮮というものだ。


「……違ったか」


 まあ、こういう事もある。

 じゃあ机の下にスイッチがあるんだ。これも良くある仕掛けだよな。


「……無いな」


 それなら照明だ! 照明の電球を回すと開くんだろう!


「なんだよこれも違うのか! じゃあ何だ!?」


 おっと、つい興奮して大声を出してしまった。

 でも他に何がある? レリーフに何か仕掛けでもあるのか? それとももっと他の所に?


 バンッ!!


 その時、開くはずのない観光案内所の扉が急に開いた。とっさに柱の陰に隠れたが、ここはマズい。もし近づかれたらすぐに見つかってしまう。


「町長! 町長は居るか! 娘が、娘があの薬を飲んで死にかけているんだ!」

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