第22話 謎の少女

 それは美しい居合術だった。

 飛び込んで来たウルフウーマンに合わせるように見えない速さで抜かれた刀がスーっと下から上へ昇ったかと思うと、次の瞬間にはアリスはこちらを向いて刀を収めていた。


 そして一瞬の間に現れる炎で出来た竜。それはウルフウーマンの体を昇りながら8つに分裂し、その巨体をバラバラの八つ裂きにして肉を食らい燃やしつくす。しかし、それでも竜の勢いは衰えず、そのまま上空へと向かうとそこで大爆発を起こした。

 骨の欠片も残らないとはまさにこの事だ。


「す、凄すぎる……」

「ふふん、そうだろう。これは私の得意技の1つだからな!」


 目の前に居るこいつが、あの時盗賊から助けた騎士たちと同じとは到底思えない。

 恐らくあの時の騎士4人と俺の5人でこいつと戦っても勝てない気がするぐらいに戦いの次元が違う。


 そう言えばお嬢様が俺を探していたあの日、アリスだけしか連れて来ていなかった事を何となく変に感じていた。そうか、やはりこいつは強いから他の騎士は要らないという事だったのか。


「今の技で炎の竜が出ていたが、お前のスキルは『炎魔法師』なのか?」

「いや、私のスキルは『剣豪』だ」


 『剣豪』だと? 『剣豪』のスキルに炎を扱う能力なんてあったか? 有名どころはある程度調べたと思っていたんだがな。

 まあ、調べたと言っても昔に父さんが持っていたスキルの図鑑みたいな物で見ただけだから、抜けがあってもおかしくないか。


「それはそうと、こんな技が使えるなら最初から使ってればよかったのに」

「馬鹿、使えるわけ無いだろ。あれを見てみろ」


 そう言ってアリスが指さす方向を見ると、今まさに洞窟の入り口がガラガラと崩落し始めていた。


「爆発の衝撃が強すぎて洞窟が崩落する危険があった。これを見る限りやらなくて正解だったな」


 そういう事か。


「それにしても、この数のウルフマンたちをよく1人で倒せたな」

「それもお前がやってればもっと上手く捌けたんだろ?」

「そうでもない、私はちまちました戦いは苦手なんだ。大勢と戦う時はもっと開けた場所じゃないと囲まれて死ぬ。だからまあ、お前が囮として戦ってくれて助かった」


 助かっただって? こいつ人に感謝とか出来たのか。ここに来て一番の驚き案件だな。


 たぶん俺が素っ頓狂な顔をしていたからだろう。色々と察したアリスは顔を真っ赤にしてぷりぷりと怒り出した。


「わ、私とて感謝ぐらいする!」

「はいはいそうだね、よっと。そろそろ大丈夫そうだ、村に戻るぞ」

「子供たちの事が心配だ! 早く戻るぞアレン!」

「切り替えはえーな」


 走って行くアリスを追いかけて茂みに隠れていたルヴィクさんと子供たちの下へ向かう。

 子供達は見たところ2人は普通に動けるようで、ルヴィクさんから携帯食料と水を受け取って貪るように飲み食いしていた。あとの2人の内1人は意識があるが動けず、ルヴィクさんが少しずつ食べさせているようだ。もう1人は完全に意識が無い。


「ルヴィク殿、戦いは終わった。すぐに村に戻るぞ!」

「すぐですか? しかし、動けない子が2人も居ますが」

「心配ない。コイツのスキルを使えば動かさずともあっという間に村に帰れるからな!」


 なんでお前が得意そうなんだよ。


「そう言う訳で、皆さんはそこから動かないでください。スキルで村まで戻ります」

「村に帰れるの?」

「ああ、そうだよ。コイツは馬鹿だけどスキルは中々凄いんだ」

「馬鹿は余計だっつーの。まあいい、出発しまーす」


 そう言って『動く歩道』を使うと、周りの景気がどんどん流れていく様子に意識のある子供たちが凄い凄いと騒ぎだした。俺はその様子に少し得意になりながらも、来た道とは別の方向に向かって進む。


 ここから『動く歩道』を使って真っ直ぐ村に帰ると、この洞窟から村までが直線の道で繋がってしまう。崩落したとはいえここにはウルフマンたちの死体もあるので、死体を目当てに寄って来た魔物が道を辿って村に来てしまうかもしれない。

 なので一度今朝通った村までの道に出て、それから村に行った方が今後の為には良いと考えたのだ。


 村の位置方向から考えてだいたいの感覚で進んでいたが、意外とすぐにポティートから村までの道に出ることが出来た。そこからはまた道を辿り、丘を登って少し下れば村が見えてくる。


「村だ! 村だよルヴィクおじちゃん!」

「ああ、やっと帰って来れたね」

「ううぅ、ぐすっ」


 興奮する子と村に戻れた事で泣く子をあやしながら、ほっと息を吐くルヴィクさんを横目に、俺はそのまま村の診療所まで突っ切って行く。

 診療所の前に着くとすぐに村人たちが何事かと集まってきた。村長も居たようでこちらに近づいて来る。


「何事じゃ?」

「ただいま戻りました。母さん」

「ルヴィクか! してどうじゃった?」

「この通り、子供たちは全員無事です!」

「おお!」


 子供たちの無事に沸く村人たち、だがそんな事している場合じゃない。


「ルヴィク殿、この2人を急いで医務室へ!」

「そ、そうでした! ドクター!」


 ドクターの診察の結果、意識のある方の子は軽い栄養不足なだけで問題なかった。しかし、もう1人の意識の無い方の子は長い間まともに食べられていなかったのか栄養失調になっているようで、このままでは目覚めないと言われた。だが幸いにもこの診療所には『栄養士』のスキルを持つ看護婦さんが居たので、その人のスキルを使えば割と早く回復するだろうとのことだった。


「ふう、誰も死ななくて良かった」

「お前って結構子供好きだったんだな」

「まあな、それだけが理由じゃないが」


 過去に何かあったのかね。聞き出しゃしないけど。


「そう言えばルヴィク殿、あの子の事で何か話があるとか言っていたな」

「はい。洞窟でお話しした通りあの子はこの村の子供では無いんですが、だとしたらどこから来て、どうしてあんな檻の中に居たのかというのが気になってまして。それであの場所でいくつか拾った物を見てみたんです。それがこれなんですが……」


 ルヴィクさんが出してきたのは幾つかの薄汚れた携帯食料の包み紙、それから水を入れる用の革袋と、後は汚れた布だった。布には何かのマークが描かれている。


「これはもしかしてあの子が食べたんでしょうか? こっちの革袋の中も空のようですし」

「ええ、たぶんそうだと思います。あそこにはまだまだ落ちていたので、これを食べて生きながらえていたんでしょう。でも、だとしたらこう考えられませんか? どこかの誰かが何かしらの目的であの子を誘拐し、檻と水、食料と一緒にあそこに運び込んで放置した」

「状況を聞く限り、寧ろそうとしか考えられませんね。だとしたら一体何の目的で……?」


 そう考えこんでいたが、ふとこれまで五月蠅いぐらいだったアリスが何も言葉を発していないのに気が付いた。なぜだと様子を見てみれば、アリスは1枚の汚れた布を持った状態で目を見開いて微かに震えていた。


「おい、どうしたんだアリス?」

「……私はこれを知っている。これは、私が昔居た孤児院のマークだ」

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