第18話 譲れない事

「素人一刀流・刃 ―― 線鋼せんこう!」

「グルルルアアァァッ!!!?」


 子供を抱えてる腕が緩んだ! 急速旋回はお手の物ッ!


 ウルフマンが倒れる拍子に投げ出された子供を前に回り込んでキャッチする。


「よし、掴んだぞ!」


 後は奴にとどめを刺すか……。いや、もうこいつは助からない。そんな事より子供を安全な場所に連れて行かないと。


 ウルフマンは狼男というだけあって群れで行動している魔物の可能性が高い。ここでちんたらして囲まれたら、今の子供を抱えた状態では戦えない。


「アリスもこっちに向かって来てるはず、頼むから俺の作った道を辿って来ててくれよ」


 別の場所から森に入っていたら探す手間がかかってしまう。そうなったら置いてくぞ。


 移動しながらざっと見た感じ、たぶんこの子の年齢は10歳前後だ。大きな外傷は腕だけのようだが、服が真っ赤に染まるほどに血を流したらしい。このままじゃ出血多量で死ぬかもしれないと思う程は血が出ていそうだ。


 来た時よりスピードを落として出来るだけ揺らさないようにしながら馬車へ向かって行く、すると予想通り道の途中でアリスと出くわした。


「おい! 子供は無事か!」

「一応な、だが出血が酷い。急いで村まで連れて行かないと手遅れになる」

「待て、いま腕を縛る。……よし、急ぐぞ!」


 子供の腕を縛り終え、アリスを『動く歩道』に乗せて馬車へと急ぐ。幸い森の奥まで入り込んでいたわけではないので、すぐに馬車にたどり着くことが出来た。


「御者台には俺が乗る、アリスはその子の様子を見ておいてくれ」

「分かった、出来るだけ早く頼む。しっかりしろ! 必ず助かるからな!」


 ここから『ビーア』村までは目の前の坂を上り切ればすぐだ。5分もあれば着く。

 馬を走らせて、そのうえ『動く歩道』のスピードも合わされば、さらに時間を短縮出来るだろう。


「お前たち、頼むぞ! ハッ!」

「「ヒヒーン!」」


 物凄いスピードであっという間に丘を越えて行くと、少し下ったところに村の入り口が見えた。ここからは少しずつ速度を落とさなければ。


 村の入り口の門には1人がたいのいい男が立っている。恐らく守衛だろう。こちらを見て慌てているのは馬車のスピードが出すぎているように見えるからだろうか。


「止まれぇい! 馬車は通行許可書が必要だ!」

「すまん、急ぎだ。この村に医者は居るか? ここに来る途中でウルフマンに攫われかけてた子供を保護したんだが、出血が酷くて危ない状態なんだ」

「なに、子供だと! 待っていろ、すぐに医者を連れてくる!」

「いや、今は時間が惜しい。一緒に乗って案内してくれ」

「わかった、案内する!」


 融通の利かない守衛じゃなくて良かった。もしここで足止めをくらっていたら子供は助からないかも知れなかったからな。

 とにかく、これで俺たちにやれることは全てやった。後は医者に任せるしかない。


「ドクター! ドクターは居るか!」

「何じゃ騒々しい」

「急患だ! 子供が1人、ワーウルフに襲われて出血が酷い!」

「なんだと! すぐに医務室に運べ! 慎重にだ!」


 出て来たのは60歳ぐらいに見える爺さんだった。聴診器らしき物を首から下げている。

 しかし白衣も何も着ていないから医者には見えないな。この世界じゃ白衣を着る文化は無いんだろうか。そう言えばポティートの医者も着てなかったし。


 ごつい守衛と俺で担架を持ってアリスがその上に子供を乗せる。それをゆっくり慎重に持ち上げると、診療所らしき建物の中に入ってベッドに移した。

 改めて子供を見てみれば服はそこら中破けていて傷が多い。これも全部ウルフマンに襲われて抵抗した時の傷だろう。


 医者が一番出血が酷い腕の服を破り患部が露わになると、その傷の深さがハッキリと分かる。肉がえぐれ一部白い骨が見えていて、とてもここから元の腕に戻るとは思えない程だ。


「ボロボロで気づかなかったが、ランドの所の娘じゃないか!」

「知ってる子か?」

「ああ、友人の子だ。まさかウルフマンに攫われようとしていたとは。しかし、となると最近の子供の失踪はウルフマンの……?」


 守衛の口ぶりからすると、子供が消えたというのは今回が初めてじゃなさそうだ。ただ今まではウルフマンが原因とは分かってなかったらしいが。


「どういう事だ? 私たちにも詳しく説明してくれ」

「だが、あんた達はよそ者だ」

「私たちはポティート伯爵の使いの者だ。私は騎士、こっちは便利屋」

「なっ! そうだったのですね、そうとは知らずご無礼を」


 馬車に伯爵家の紋章があったはずなのでしっかり見てれば分かっただろうが、今回は急ぎだったから確認出来てなかったのだろう。まあ、荷台の装飾と雰囲気で分かりそうなもんだがな。


「そんなことはどうでもいい。それより早く説明を!」

「わかりました、実は……」


 話を聞くと、つい3日程前から子供が行方不明になる事件が起きていて、俺たちが助けた子供を除いて既に3人も行方不明になっているとの事だった。

 どうして子供たちが消えてしまったのかという原因も何も分かっておらず、村の人間総出で捜索はしていたが、まさかウルフマンの仕業だったとは思わなかったと守衛の男は驚いていた。


 なにせ今はウルフマンの繁殖期ではないので、基本的に臆病な性格のウルフマンは子供はともかく大人には近づかないし、特に人間が多い村なんかには絶対に近づくことは無いと思っていたらしい。

 基本的に成人である17歳以下の子供は子供だけで村の外に出てはいけない決まりになっているので、攫われたのは村の中でという事になる。それがとても信じられないといった様子だった。


「こりゃこの村だけで解決するのは難しそうだな。冒険者を雇うかポティートの領主様に応援を頼んだ方が良いぞ」

「ですね。そうと決まれば急がねぇと!」


 そう言って守衛の男は診療所から飛び出して行った。

 これでこの事件は解決に向けて動き出すだろう。


「じゃあ俺たちはこのまま次の村に向かうぞ」

「いや、私は何があろうと子供たちの捜索に加わる。行きたければ貴様1人で行け」

「は? おい、ちょっと待て! 依頼はどうすんだ!」

「依頼など後でいい! 子供達を探すのが最優先だ!」


 ……出て行きやがった。

 気持ちは分からなくはないが、3日も経ってりゃもう生存は望み薄だぞ。

 目の前で攫われそうな状況ならともかく、あんな狂暴な魔物が攫った子供をまだ生かしてるとはとても思えん。しかも、さっき自分でウルフマンは人間の子供が好物とか言ってただろ。


 しかし、結局あいつが居ないと依頼は達成出来ないからなぁ……。


「探すか」

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