第1話 全てが変わった日
夜が明けて翌日。
一睡もできなかったアレンは、窓から差し込む朝日の眩しさに目を細めていた。
「やっぱ眠れなかったや」
眠い目をこすりながら家の外に出て水瓶の水で顔を洗う。冷たい水が顔にパシャリとかかり少しだけ眠気を吹き飛ばしてくれたところで、アレンは昇る朝日に向かって両手を大きく開くと、目を瞑って深呼吸した。
「すーはー、すーはー」
雪の降る季節は終わり、春もすっかり落ち着いてきた今日この頃。朝はまだ少し肌寒いが、この肌寒さがなんだか心地いい。
軽く動いて目を覚ますべく、覚えている限りのラジオ体操で体をほぐすアレン。これはほとんど毎日行っている彼の日課だ。
「ふー、やっと目が覚めて来たな」
スッキリしたしそろそろ戻るかと思っていると、ちょうど彼の右側にあった家の扉が開いた。出て来たのはアレンと同い年ぐらいの可愛い女の子で、アレンの存在に気付くと小走りで駆け寄って来る。
「おはようアレン! いい朝ね!」
そう声をかけて来たのはアレンの家の隣に住む幼馴染で、シエッタという少女だった。そして、今日一緒に儀式を受ける者の一人でもある。
アレンと同じく興奮して眠れなかったのか、朝にしては動きが激しい。
「ああ、おはようシエッタ。それしてもお前髪がボサボサだぞ。すごく爆発してる」
「え、うそ!? アレン!」
「はいはい。ちょっと待ってな」
アレンは自分の家に入ると、いつものように玄関の棚の上にあった櫛を手に取って再び外に出て来た。
「ほら後ろ向いて」
「はーい」
櫛を通せばするりと戻っていくピンクブロンドの綺麗な髪は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
「今日はいよいよ儀式の日だな」
「うん。わたし絶対に良いスキルを手に入れてカッコいい冒険者になるわ!」
「はいはい」
「アレンもでしょ? 一緒に冒険者になるんだから!」
「そうだな、ま、俺は大丈夫だろ。お前は心配だけどな」
「大丈夫よ! ちょー強いスキルに決まってるわ!」
ちょー強いスキルかどうかは分からないが、せめて戦闘に有用なスキルであってほしいと思うアレン。
幼馴染の悲しむ顔は見たくなかった。
「そう言えば今日はジョージも一緒らしいな」
「宿屋のジョージ? 私あいつ苦手」
「そうなのか? 珍しいな、シエッタがそんなこと言うなんて」
「だって……」
そんなたわいもない会話をしていると、いつの間にかシエッタの髪も綺麗に梳かし終る。穏やかな時間が過ぎるのはあっという間で、村の中央の時計を見ると時刻は既に6時を少し回っていた。
儀式は村の教会で午前9時から執り行われることになっているので、あと3時間しかない。
「そろそろ戻るか。ご飯も食べなきゃだし、あの変な服にも着替えないといけないしな」
「うん。それじゃあまた後で教会の前に集合ね!」
「了解。ちゃと飯食って来いよ」
「アレンもね!」
シエッタと別れたアレンは家に帰ってすぐに朝食の席に着く、今日の朝食はちょっと豪勢にパンとスープに干し肉が付いていた。
朝から肉なんてこの世界じゃ初めての事だ。
「どうしたのこれ? 朝から干し肉なんて」
「今日はアレンの大事な日だからよ。昨日パパに買って来てもらってたの」
「そうなの?」
「はは、これが我が家の伝統なんだよ。いいスキルを得るには、まず朝から肉を食えってね。まあ、アレンなら肉なんて食べなくても大丈夫だろうがな」
「そんなことないよ。肉は美味いし力が出る!」
アレンは朝食を終えるとすぐに部屋に戻って着替え始めた。
儀式には決まった衣装があって、この衣装でなければ神からのスキルを授かることは出来ないらしい。
見た目は前世の記憶に照らし合わせるならどこかの民族衣装のような派手な服なので、これを教会のステンドグラスの下で着てるのは違和感しかない。
衣装を着て父と母と共に教会へ向かうと、既に教会の前にはシエッタとジョージが家族と一緒に待っていた。
村の時計を見ると時間は9時5分前を指している。
「アレン、いよいよ私たち冒険者ね!」
「いやいや、まだ俺たちは冒険者にはなれないよ。冒険者になれるのは17歳からだから、あと10年もある」
「えー」
アレンとシエッタが話していると、それを聞いていたジョージが口を挟んできた。
「シエッタはともかく、お前みたいなお利口さんが冒険者なんかなれんのかアレン?」
「さあね、そういう君はどうなんだよジョージ?」
「俺はなれるさ! 毎日神様に祈ったからな、俺は絶対良いスキルが貰えるに決まってる! 雷魔法とか!」
「ふーん」
そして時計の針は9時を回り、ついに儀式が始まる。
儀式の時に教会に入っていいのは神父とシスターそれと当事者だけなので、親たちは一旦ここでお別れだ。
「君たちに神よりのギフトを降ろす役目を仰せつかった神父のサジタリウスだ。よろしく」
「「「よろしくお願いします」」」
「3人ともいい返事だ。さて、この儀式では一人ずつ順番に前に出てもらって神の光を受ける必要があるのだが。そうだな、では私から見て左からジョージ、シエッタ、アレンの順番で行う事としよう。ではまずジョージ前へ」
「はい!」
まずは宿屋の息子ジョージだ。
今まで父から口で教えられてきただけなので、アレンもシエッタも初めての儀式の光景にどんなものが見られるのかとワクワクしている。
「神よ。新たに7の年月を越え、この地に座した魂に恩寵を与えたまえ」
神父がそう言うとジョージに天から光が降りそそぐ。
ステンドグラスから射したその光は様々な色の輝きを放ち、それを受けたジョージはまるで彼自身が光を放っているかのように見えた。とても神秘的な光景だ。
「すげぇ……」
やがて光が収まると、神父はジョージの頭に手を置き目を瞑った。これはどんなスキルがジョージに宿ったのか見ているのだ。
この時授かったスキルについては儀式が終わった後、村の広場で皆に発表するかたちで伝えられる事となっているので、ここでは伝えられることはない。
これはこの村に限ったことでは無く教会で定められた事らしい。
「次にシエッタ、前へ」
「はい!」
次は幼馴染のシエッタだ。
神父はジョージの時と同じ様に唱えると、シエッタに光が降りそそぐ。そして同じように神父はシエッタの頭に手を置き目を瞑った。一つ違ったのは神父の顔が少しだけ驚いたような表情に変わったことだ。
もしかしてシエッタのスキルは凄い物なのかもしれない。
「次にアレン、前へ」
「はい」
ようやく自分の番が来たと歩き出すアレン。その顔は一つの不安もなく、むしろ自信満々と言った様子だった。
自分は転生者であり、転生者というのは大体どんな物語でも凄いスキルを授かるものだと決まっている。当然自分はあの雷魔法を使う冒険者と同等か、それ以上のスキルを授かるのだと確信しきっていたからだ。
「神よ。新たに7の年月を越え、この地に座した魂に恩寵を与えたまえ」
柔らかな光がアレンに降りそそぐ。目を閉じていたアレンはその温かさにまるで天にも昇る心地だった。これはきっと凄いことが起こっているに違いない。そう思ったアレンは、心の中で隣に居る神父に「どうだ俺のスキルは、凄いだろう!」と威張る。
しかし、次に聞こえてきた神父の声は、とてもそんな凄いスキルを授かったとは思えないような困惑した声だった。
「むっ、これは……なんだ?」
神父の声を聞いて後ろを覗き見るアレン。
そこには今日までの幸せな人生の崩壊を予感させる、そんな歪んだ表情をした神父の顔があったのだった。
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