かけるとこうたとみらいの大冒険。

首領・アリマジュタローネ

〜変な夢〜



 ──夢をみた。夢を、夢を。



 それは無意味なトートロジー。

 単なる夢で、

 ただの夢。


「……なんだ。夢か」


 自分の声と共に意識を覚醒させる。ソファーから起き上がると、あくびがでてきた。

 まだ自分は懲りずに生きていた。このどうしようもない現実を。目を背けたくなるこの社会を。

 

 このままいっそ、夢の世界で生きられたらいいのに。

 そんな叶うはずのない夢をーーまだ観ている。




      【第一章〜変な夢〜】



 ※※※


 この世界は平等ではない。人は人の上に人を作らず、だなんて言葉はあるけどそんなのは嘘っぱちで、ただの解釈違いで、そんなのは夢みたいな話であって、実際のところは差別や虐殺などが横行している汚い社会である。リアリストの俺はわかっている。生まれ育った環境や能力で個人の人生が決まり、社会での勝者や敗者が明確になっていることに。

 つまり、こんなのは出来レースなのである。才能や容姿に恵まれたモン勝ち。"努力"という俺が最も嫌悪する言葉があるけれど、頑張っても何の意味も意義も持たないのに何が"努力"なのだろうか。

 努力なんて死んでもしてやらない。

 怠惰に生きてやる。

 そのような無駄な決意も、ある意味"努力"とは言えないだろうか。


 ──まあ、何が言いたいかと言うと『頑張っても無駄』ということである。


 頑張ってもムダムダムダ。嫌なことからは積極的に逃げる。向上心なんてゴミ箱に捨ててしまえ。勉強ができるやつはその才能があっただけ。社会に出てから"さんすう"なんて何の役に立つ? "方程式"とか"円周率"とか別に使わないだろ。なんでこう、国ってのは変な教育にお金をかけたがるのかね。バカみたいだ。


 教師たちは言う。「進路に向けて勉強しろ」と。


 ……いやいや、勉強しても最終的に就職するんだろ? やりたくもない仕事をさせられて、死ぬまで奴隷のようにこき使われて、そうやって人生を終えていくんだろ?


 ふざけんな! 俺は自分のやりたいように生きてやる! 生きたいように生きてやる!


 好きなことだけして生きていけ、って成功したYouTuberや起業家たちも言ってるだろ!?


 大体な、学校なんて面白くないんだよ! 生徒たちを閉じ込めるこの学校は、まるで監獄みたいだ! 落ち着いた生活なんてできずにスケジュールはガッチガチで拘束まみれで、したくもない数式や随筆を頭に詰め込ませられるだけの日々! そんなのイヤだわ! もっと自由をくれよ! なんで先生たちの言いなりにならなきゃいけないんだよ!!


 義務教育最後の年をめでたく迎えた自分たちに追い込みをかけるように教師どもは「勉強しろ」と常套句を並び立てる。受験が近いから、と。



 ──くだらない。だから、どうした。



 進路なんて、受験なんて、将来なんて、




              どうだっていい。




 ※※※


「かけるはどこを受験するか決めた?」


 休み時間。暇つぶしに隠し持っていた漫画を読んでいたら、前の席にいたそいつが振り向いた。


「あ? 受験? なんだよそれ。美味しいの?」

「美味しくはないよ……。食べ物じゃないから」

「ンなこと知ってるわボケ。ジョークだジョーク。このノリ知らねぇの?」

「……ごめん、知らない」

「ふつう知ってるだろ」

「ごめんね……」


 呆れて言葉も出てこない俺に、こうたはシュンとした。

 コイツはガキの頃からの幼なじみ。

 いわゆる【腐れ縁】。


「そういうノリがネットには転がってんの。いわば《ネットスラング》ってやつ! お前、15歳なのにまだスマホ持ってないの?」

「うち……貧乏だから」


 あ、と口を閉じそうになった。


「いやいや、まあ知らないってのがふつうってパターンもあるよな!? おかしくはねぇぜ、うん」

「で、でも……さっきふつうは知ってるって」

「ふつうであることが正しいとは限らないだろ! 常識なんてクソくらえってんだ! そうだろ?」

「うん。……貧乏でごめんね」


 こうたがまだ泣きべそをかいていた。

 少し思ったのだが、どうしてコイツはこんなに弱虫なんだろうか。男ならしっかりしろよ。しかも家が貧乏だというのに、やたらと俺より肥えてるし。


「……わ、悪い。傷つけてしまったのなら謝る。すまんかった! ち、ちげぇーんだよ。前にも言ったろ? 俺は、進路の話をされるのが大嫌いだ。なぜなら、すごくイラついてしまうから。だからやめてほしい。それと同時に、俺はどこ受験するか決まってない。アンダースタン?」


「う、うん」

 

「よし、それでいい」


「そ、そっか〜。で、かけるはどこ受験するの?」


「……」



 アホだわコイツ。



「まだ決めてないって言ったよな!? てか、お前のほうこそ決まったのかよ!」

「僕もまだ……」

「なんでだよ! お前は決めろよ。あのな、お前は勉強できないバカなんだから、ちゃんと頭悪い志望校を決めておかないと将来苦労するぞ!? 俺みたいになるなって! 聞いたぞ? 進路届けを白紙で提出したんだろ? なにしてんだよお前!」

「だってだって、うち貧乏だし……。だから働こうかなって」

「言い訳すんな! お前が働けるわけねぇだろ! 俺もお前も同じ穴のむじななんだからよ!」



 せっかくの機会だからこうたに説教をしてやろうと思っているとーー



「アンタが人に偉そうに説教するんじゃないわよ!」



 パンと頭を教科書で叩かれた。「痛ッ」と声をあげて背後を見ると、そこにはあの女が立っていた。


「みらい……。なんだよ急に。暴力反対だ」

「アンタが偉そうにこうたに説教するからでしょ。こうたにも色々あるのよ」

「なんだよ、色々って……。てか謝れよ」

「いやでーす」


 こいつも近所に住んでいる幼馴染みのみらいだった。

 偉そうに俺に文句を言ってくるようなイヤな女。口は悪く性格も悪いクセに、顔だけは可愛いのがやけに腹が立つ。



「こうた、大丈夫だった? またかけるに酷いこと言われたんでしょ? よしよし、してあげるね。よしよーし」


「おい、こうたを甘やかすなって! こうたも男なら強く否定しろって! 女に舐められんなよ!」


「ごめんね。こんな捻くれもの相手にしなくていいからねー。現実知ってる風のことを言って自分に酔ってるだけだから、気にしないでいいからねー。よしよーし」


「おいって!」



 みらいは俺に目を向けることなく、こうたの頭を撫でていた。

 こうたのやつも赤面させて少しだけ頬を緩ませている。

 なんで照れてんだよコイツ。気色悪い!!



「けっ、一生馴れ合ってろ!」



 怒って机に伏せるとみらいがフッと笑った。



「なに拗ねてんのよばーか」


 

 何も拗ねてねぇわバーカ。


 ※ ※ ※


「あんた今日ひま?」


「あ?」


 放課後。下駄箱で自分の靴を探していると、みらいが俺に話しかけてきた。

 一体なんのつもりだろうか。


「だからひまかって聞いてるの。なんですぐケンカ腰なの?」

「人に唐突に暇かどうか尋ねてくるような失礼なヤツに何も答える気はねぇな」

「あっそ。じゃ、もういい。おつ〜」


「は?」


 みらいが自分の靴を手にスタスタと校門のほうまで駆けてゆく。

 そんな中途半端なことをされると気になってしまう。


「いや、ヒマだけど! なんだよ急に!?」


 追いかけてみらいの肩を掴む。

 彼女はすぐに振り払ってきた。


「別に。大した用じゃない」

「大した用じゃないなら聞いてくんなよ! 一体、なんなんだよ!」

「別に。じゃねー」


 みらいが適当な返事をして去ってゆく。



 ……マジでイフミだわ!あの女!


 ×××


 夕方。短縮授業で早めに帰宅したので、誰もいない家でぼーっとテレビを見ていたら、意識が朦朧としてくるのを感じた。

 最近、変な夢をみる。


「……」


 夢の中ではいつもさまざまな場所に俺はいた。虹の見える丘、沢山の人で賑わっている商店街、ガタガタと揺れる電車の中、透き通るような青い湖、花や生い茂る森、煙突から煙の上がる温泉地、美しい雪国。


 そのどれもが夢とも言い難い現実の風景のようで、どこか懐かしくもあった。

 非現実的なようで、現実的で。

 どこかにありそうで、なさそうで。

 夢のようで、夢じゃなさそうで。


 なんだか、すごく、好きだった。


 ノスタルジアとでも言うのだろうか。

 そこにいると懐かしくて、泣きそうで、いつまでもそこにいたくなるような居心地の良さを感じられた。


 ああ。いっそ、いつまでもここにいたい。


 そう思えるほどに。



 ーーそして、夢は唐突に終わる。



 夢の最後には決まっていつも[彼女]が現れる。

 顔の見えない[彼女]が。

 とても優しい声で話しかけてくる[彼女]が。


 [彼女]が現れると夢は終焉を迎える。


 残念ながら言葉はわからない。

 必死に訴えかけてくるその言葉は言語化するまでに至っていなかった。

 聞き取れないとかではない。

 意味がわからないのである。



『#/@×÷〆…|=€:→→<]0々#〆×#〆』



 だから、俺はぼーっと聞いている。

 いつもぼーっと聞いている。


 そうすると、自然と彼女の声は消えてゆき、目が覚めるのだ。



「……いつもいつもなんなんだよ」



 その日の俺はどうしてか声を発してしまっていた。

 彼女の言葉に耳を傾けたかった。

 別に嫌なことがあったわけじゃない。

 単なる気まぐれで、ただの衝動。



「現実なんて大嫌いだよ。戻りたくねぇーよ、あんなくだらねぇ世界になんか。さっきの美しい場所でずっと過ごしてぇわ」



 肩の力が抜けてゆく。言葉はすっと出てくる。



「勉強なんてしたくない。学校は嫌いだわ。教師はうるさいし、親もお節介ばかり。どこに行っても俺に自由はない。クラスメイトとは馴染めないし、親友は女々しくて泣き虫。男らしくもなくてイライラする」



 今日のことを思い出す。



「あの女は俺に優しくしてくれないし、いつも当たりが強い。構ってくれないし、甘えさせてもくれない。別に好きとかじゃないけどさ、あいつにばっかりくっついて本当にいやだ。別に好きとかじゃねぇけどさ」



 みらいがこうたの頭を撫でている。

 俺はそれを見ているだけ。

 机に突っ伏して拗ねているだけ。



「未来になんか希望はない。どうせこうやって腐りながら死んでゆくだけ。正直、いつ死んだっていいわ。やりたいこともしたいことも別にないし。……現実から逃げてるだけだし。まあ、いいんだけどよ。どうだって。俺なんか何者にもなれないんだしさ」



 声は聞こえない。独り言を呟いている。

 ニヒルに笑う俺がいる。



「でもさ、なんか諦められないんだよ。将来的に何かを成し遂げられるんじゃないかって。自惚れかもしれないけど、いつか凄いことができるんじゃないかって、そう思う自分もどこかにいるんだよ。空っぽな自分のくせにさ、夢だけ見ているんだよ。目標も人生も全部全部人任せなのに、どうしてか自分を諦められないんだよ。努力なんて一ミリもしていないのに」



 弱音を吐いている自分がいる。

 孤独感に苛まれている己がいる。



「……甘えている自分が大嫌いだ。みらいに『好き』と言えない自分が大嫌いだ。こうたに嫉妬している俺が大嫌いだ。周囲に劣等感を抱いている全部が大嫌いだ。嫌いで嫌いでしょうがない。何もかもが終わってしまってもいい。全員死んでほしい。世界なんて終わってもいい。疫病が蔓延して壊れてもいい。この世界はあまりにも、退屈すぎる」



 俺はなにを言っているんだろうか。



「もっと強くなりたい。もっと生きているという実感が欲しい。自由が欲しい。強く望めるような夢が欲しい。喩えその代償として全てを失ったとしてもーー自分という存在を誰かに知らしめたい。何かを成し遂げて、俺がここに生きているという証明をしたい! 現実なんて大嫌いだ! 常識なんてクソくらえだ! もしも俺の願いが一つでも叶うのなら、叶うのならば──」





   『願いを引き受けました』




 声がした。今度はハッキリと、冷たい声が轟いた。




 『私から貴方に使命を与えます。そこは貴方次第で地獄にも天国にも成り代わる異界の地。代償はそれら全て』



 身体が光の速さで移動してゆく。それらはどこか見覚えのある風景。しかし、全てが変貌している。

 分厚い雲に覆われた丘、誰もいない寂れた商店街、二度と動かない電車の中、血の色をした湖、枯れ果てた森、ボロボロになった温泉地、静寂な雪国。



 『この七つの国を救いなさい。それが使命』



 夢を見ている。夢を、夢を、夢を、夢を、夢を。



「使命? 地獄? え、え?」



 徐々に意識が覚醒していく。

 声が消えてゆく。

 消えてゆく。


 わかった。ようやくわかってしまった。

 あの声の主が一体、誰なのか。

 今になってわかってしまった。



 悪魔でも天使でもない。

 彼女の正体はきっとーー




  「女神……」




 ──夢が、現実へと変わる。


 

  




   『お誕生日おめでとう。かける』






 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 目が覚めたとき、全てが白の世界に変わっていた。

 俺は、雪の上を寝そべっていた。


 目を開ける。

 これは夢ではない。


 寒さも感じる。


 指が千切れそうになるくらいに冷えているのを感じて、急いで起き上がる。

 さっきまでと同じ服装のまま、俺は雪の上を寝そべっていた。


 理解はなにもできない。

 意識が朦朧としている。


 ここはなんだ。一体なんだ。どこだここは。


 ガタガタと歯が震えている。

 ポケットに手を突っ込むもスマホの一つもない。

 食べ物もあるはずがない。

 なにもない、なにもなにも。

 

 見渡す限り広がるのはただの雪景色。


 永遠に続く、極寒地獄。



 俺は突っ立っている。


 

「うーん……」


「寒っ! え、なにここ?」



 後ろのほうで声が聞こえる。

 振り向くとこうたとみらいが雪の中にいた。



「寒っ!! え、どういうこと!? ちょ、なんで全部が雪になってるの!? は? え!? かけるの家は!?」


「え、え、ええっ〜!?」



 二人の声がする。どうしているのか、なぜいるのか、それを聞くことすら今は億劫だった。


 代償はそれら、全て。


 俺と仲良くしてくれる友達はこの二人しかいなかった。俺が一番大切にしているのはこの二人だけだった。誕生日をお祝いしてくれるのもこの二人だけ。


 将来なんてくだらないと決めつけたのは俺だった。

 現実なんてクソくらえとほざいたのも自分だった。

 彼らを巻き込んでしまったのも、全部全部オレ。



「……これが俺の望んだ世界」

  


 息が白く昇る。

 風が止む。寒さで声は二人には届かない。


 あの世界は平和だった。俺は恵まれていた。

 甘えているだけであった。現実から逃げたかっただけであった。環境のせいにして、周囲のせいにして、何もかもを見下して、自分のちっぽけなプライドを守ろうとしただけであった。努力しない、頑張りたくない言い訳をして、怠惰に生きている俺に酔って、周りの助けを放棄して、孤独な現状維持を望んだのも俺だった。もう目を背けることすら出来やしない。

 

 雪が降っている。

 大きな山脈が見える。


 残酷なほどに世界は美しく、そして尊い。


 どうしてここはこんなにも涙が出そうになるのだろう。



「ここが異世界……」

  


 現実とあまり変わらない。

 違うのは生身一つで投げ出されたことだけ。


 生きていかなければならない。

 いや、使命を果たして帰らなくてはならない。


 あの素晴らしき世界へと。  

 仲間たちを引き連れて──。




 


   「行こう。大冒険の始まりだ」






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かけるとこうたとみらいの大冒険。 首領・アリマジュタローネ @arimazyutaroune

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