あふたーすとーり〜。
①
「君さぁ。この七年何やってたの?」
スカスカの履歴書をこちらに見せつけるように持ち上げて、目の前の男が苦笑した。
「七年だよ? 七年。君の空白期間だけでね、義務教育が終わるんだよ。同世代の人達が汗水流してお金を稼いできたってのに、君はその間ずっと親の脛をかじり続けてきた。こりゃいけないなぁ……」
銀のフレームのメガネの奥で、俺を嘲笑うような瞳が見えた。
俺、長谷川 翔はニートだ。25歳の無職だ。高校を卒業してから、なにもせずにブラブラと過ごしてきた、ただのゴミだ。
面接官ってのは有能らしくて、いくら装っても、性格の悪さとやらはすぐに見抜いてしまうらしい。やるじゃねぇか。
ま、だからなんだって話だけどな。
「夢とかあるんだったらわかるよ。でも、君はこの七年間何もしてなかったよね? 何か趣味とか特技とかある? 履歴書には何も書いてないみたいだけど」
趣味も特技も夢も希望も、何一つとしていない。
生きている意味すらも見つけられていない。
バカはよく『生きている意味なんてないんだよ?』とか言ってるが、生きている意味がないのなら、死んだほうがマシだろう。
でも、死ぬのも面倒だから、無理やりこうやって生きている。
死ねるのなら、早く死んでしまいたい。
だが、俺には死ぬ勇気すらもなかった。
空っぽだ。なにも持ってやしない。
ーーなんの才能もない。
「だんまりってことは何もないってことなのかな? 困るなぁ……。近頃はこういう若者が増えているから本当に困るよ。“ゆとり”ってやつなのかねぇ。時代のせいにはしたくないけれど、変な時代だなぁと思うよ。『好きなことだけで生きていく』なんて言葉もあるみたいだけど、好きなことだけで生きていけるほど、人生は甘くないんだよ。それをわかっていない人が多すぎる。そりゃ誰しも好きなことでお金を稼げたら幸せだよ? でも、そんなの限られた才能を持つ一部の成功者だけだ。9割の凡人はね、コツコツと働くしか道は残っていないんだよ」
俺は黙って、メガネの長話を聞いている。
もう既に帰りたくなってきた。
「一つね、わかってもらいたいんだけど、私だって、君を悪くは言いたくないんだよ? でも、これじゃちょっとね……。これまでサボってきたツケが回ってきたと考えた方がいい。皆が苦労していたとき、君は楽をして過ごしてきたんだ。毎日コツコツと働いてきた人が幸せになる社会ってのが本来【普通】で【常識】なんだよ。君みたいな努力から逃げてきたものにね、国は援助をするべきではないと私は思うんだ。そんなことを君に言っても、無駄なんだけどね」
俺は頷かない。目を逸らしている。
耳は聞こえているが、聞こえないフリをする。
無駄なら黙ってその口を閉じて、業務だけをこなしていろ。
俺に説教垂れんじゃねぇ。
「こっちだってね、仕事でやっているから仕方なく探してみるように頑張るけどさ。たぶん難しいと思うよ? 君みたいな人材を企業が欲しがるとは思わないからね。これまでの人生を無駄に過ごしてきた人間をどうやって、企業さんに紹介すればいいのかな。相手側に迷惑がかかるなぁ。こりゃ骨が折れるよ」
ベラベラベラベラと正論で文句を垂れているこのクソメガネを、ついつい殺してやりたくなってしまった。
いまこの座っている椅子でコイツの頭を殴りつけたら、コイツはどんな反応を示すのだろうか。
一度でいいから試してみたい。
「七年間を無駄に」
「……別に七年間、無駄に過ごしてきたわけじゃないです」
拳をグッと握って、怒りを堪える。
苛立ちがピークに達してきたので、いつもの挑発的な発言で相手を怒らせてやろうと思った。
生意気なその鼻っ柱をへし折ってやる。
「へー、なにかやってきたの? 具体的に教えて」
メガネが驚いたような表情で前のめりの体勢をしてきたが、内心期待していないのはよくわかった。
ああ、具体的にだよなぁ?
オーケー、具体的に教えてやるわ。特別出血大サービスな。
「魔物を」
「魔物?」
目を逸らして、咄嗟に浮かんだ言葉を並べる。
「……魔物を狩ってました」
「はぁ」
笑いをなんとか抑える。
コイツはムカついているのか、それとも呆れているのか、どちらにせよ、楽しくてしょうがなかった。
もっともっとやってやる!!
「魔物を狩って生計を立てていました」
「よくわからないよ」
「今は世界を救う勇者を目指しています」
「働く気はないんだね?」
メガネの男が、メガネをクイっとあげるのが見えた。
ため息をついて、書類をファイルに戻す。
額には皺を寄せている。
「君はもうダメだよ。立派な“社会不適合者”だ。誠意がまるで感じられない。私に対しても馬鹿にしたような態度を取る。君の精神が働くことを拒絶している以上、こちらにはどうすることも出来ないよ。帰りなさい」
「はーい!ありがとうございましたー!」
立ち上がって、勢いよくお辞儀をする。
おっさんはストレス発散のために俺に攻撃をしてきていたのに、最後の最後でやりかえさせるとは思っていなかったらしい。
返却してくる書類を受け取らずに、近くに置いてあった椅子を蹴りながら、出口へと向かう。ムカついたのでドアは乱暴に閉めてやった。
出る直前、おっさんがーー
「……人としての道理は外れちゃダメだよ」
と警告してきたが、無視しておいた。
おし! これで早く帰って、ネトゲができる。
あー、疲れた。なんで来たんだろう。
意味わからなかったけど、楽しかったからまぁいいや!
鞄をブラブラと振り回しながら、そのまま逃げるようにして、ハロワを後にする。
※ ※ ※ ※ ※
「あー……ダリィ。あのメガネ死なねえかなぁ。デスノートあったらマジで殺してるわ」
後になって段々とムカついてきたので、道端に唾を吐き捨ててやった。
壁を蹴り、路地裏を歩いていく。
ポケットに手を突っ込んでいると、シャッター近くの電柱にチラシが貼ってあるのが見えた。
適当に眺めてみる。
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「派遣ねぇ……」
チラッと見てみるが、そこまで印象には残らなかった。
高卒なもんだから、派遣ってシステム自体がよくわからなかった。
でも、名前くらいは聞いたことがある。
派遣っうーのはアレだろ?
[派遣切り]とかなんかニュースになっている、あの派遣ってやつだろ?
正社員になれないほぼバイトみたいなもんだろ?
わかんねーけど、歳下の正社員からこき使われたりするんだろ? 「おい、そこの腐った態度のゴミ。用紙をコピーしてこい」とか命令されんだろ? イヤだわ、そんなの。やりたくねぇわ。
つーか、企業に勤めたら上司に媚び諂ったりしなきゃならねーのがまず気に入らねぇ。
なにが年功序列だ、クソボケが。
どうでもいい奴らのために飲み会に参加して、どうでもいい連中と酒を飲んで、どうでもいい愚痴をこぼして、毎日毎日満員電車に揺られながら、くだらない業務をこなす。
そんなもんやってられるかっつーの。
「誰がやるんだよ、こんなの」
ニートは言い訳を探すのが得意だ。諦めることには慣れている。
社畜になって奴隷のようにこき使われて過労死するくらいなら、一生引きこもっていた方がマシさ。
どうせ結婚もできないし、なにをしたって上手くいかないんだよ。
他人に迷惑をかけるなら、せめて最小限に留まればいい。
たとえば、親とかな。
「はぁ……死にてぇな」
スーツの上着を脱いで、ため息をこぼす。せっかく新調したスーツがなんの意味も持たなかったことを知り、破り捨てたくなった。
大体、なんだよ? スーツって。
気持ち悪いんだよ。
なんでどいつもこいつもこんな首元が苦しいもん着てるんだよ。アホなのか、お前らは。
というか就活ってなんだよ、くだらねぇ。
なーにが『お祈り申し上げます(笑)』だよ。てめぇに祈られたくもねーわ。バーカ!
個性が個性がとか言ってるクセに、就活では個性を前面に押し殺して、くだらない人間性チェックの尋問をおこなう。
適当な笑顔を貼り付けて、声高らかに「はいっ! 御社に志望した理由はっ!」とかアホみたいなことを言わなきゃならんのだろ?
働く理由なんて『金が欲しいから』ただそれだけなのに、なんで嘘をつかなきゃなんねーんだよ。偽善者のクソどもが。
学生生活にやってきたことを自慢げに語るクソどもが。
バイトと飲み会しかやってこなかった大学生のクソッタレどもが。
社会の荒波に飲まれて死んでしまえ!
俺には関係ねーから、せいぜい頑張ってろ! 働きすぎてホームに飛び降りるなよ。
というか、なんで自分の長所をわざわざ人に話さなきゃならねーんだよ?
知らねーよ、良いところなんてあるわけねーだろ。
クソみてぇな人間なんだから。
ああ、好きに笑えよ。
これが俺の人生だ。
クソみてぇな一生だ。
残っているのはお先真っ暗な未来だけ。
歳食って、ホームレスにでもなって、ナマポに甘えて図々しく生きてやろうか?
あー、まぁ、それもいいかもしんねーな。
親もいつか死ぬし、兄弟もいない。
俺はずっと一人だ。これからずっとな。
「転生して、勇者にでもなれねぇかなぁ。異世界でチート能力を手にして、無双したい。ハーレム築きたい。友達が欲しい。俺のことをめちゃくちゃ好きになってくれる、女の子と余生を過ごしたい。……なんつって」
くだらない妄想劇を描いてから、自虐的に笑う。
面白くもなんともなかった。
そういうのは漫画やアニメやゲームの世界だけのお話である。
この悲痛な現実には、そんなお伽話はあり得ない。
くだらないアホの妄想だ。
くだらないバカが作り上げた都合のいいファンタジー世界だ。
ストレス社会で病んだ国民がどうにかして現実逃避したくて見つけ出したーーただの夢物語だ。
ネット小説サイトにでも投稿していればいい。
そこそこ人気が出るかもな?
ま、いくらそこでストレスをブチまけたところで、ニートはニートのままだけど。
「……馬鹿馬鹿しい。なにが異世界だよ、くだらねぇ。ニートが主人公になれるわけねーだろ、ボケ。適当な設定を流行らせんな」
愚痴をこぼしてから、また歩き出す。
自宅までの道のりはやけに遠く感じられた。
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