はい、どーも。〜派遣勇者始めました〜

首領・アリマジュタローネ

【第一章:派遣開始】

俺氏、25歳にして派遣勇者になることを決意。



「君さぁ。この七年何やってたの?」



 スカスカの履歴書をこちらに見せつけるように持ち上げて、目の前の男が苦笑する。

 ポッカリ空いた職歴期間をペンで叩いている。


「七年だよ? 七年。君の空白期間だけでね、義務教育が終わるんだよ。同世代の人達が汗水流してお金を稼いできたってのに、君はその間ずっと親の脛をかじり続けてきた。こりゃいけないなぁ……」


 銀のフレームのメガネの奥で、俺を嘲笑うような瞳が見える。悔しいが正論だ。



 俺、長谷川はせがわしょうはニートだ。高校を卒業してから、なんとなーく働きたくなくて、無職となった。


 今はもう25歳。


 子供の頃からずーっと働きたくなくて、きっと将来はニートになるんだろうなぁとなんとなく思っていたら、本当にそうなってしまった次第である。


 七年。いつの間にか七年もの歳月が経ってしまったか……。


 引きこもっていると金もないし、やることもなくなってくる。


 だからこうして「働いてやる!」と心機一転ハロワに来たのだが、結果はズタボロだった。

 もうガラスのハートが変形して、四角形になっている。



「夢とかあるんだったらわかるよ。でも、君はこの七年間何もしてなかったよね? 何か趣味とか特技とかある? 履歴書には何も書いてないみたいだけど」



 趣味かぁ……。そんなのはないな。

 毎日毎日、死んだように同じ日々を過ごして、自家発電行為で時間を潰し続けた。


 趣味どころか生きている意義すら見出せていない。


 あ、でも、人を煽ることは得意だ。揚げ足を取って、皮肉を言って、ふざけた言葉を使って、相手を小馬鹿にする。このスキルを活かし、よくストレス発散していたっけ。


 よし、良い機会だ。

 コイツの鼻っ柱をへし折ってやるぜ。



「……別に七年間、無駄に過ごしてきたわけじゃないです」

「へー、なにかやってきたの? 具体的に教えて」

「海賊を」

「海賊?」



 目を逸らして、咄嗟に浮かんだ言葉を並べる。



「……海賊を狩ってました」



 我ながら酷い冗談だ。



「はぁ」



 顔は見ていないが、どんな表情なのかは予想できた。



「海賊を狩って生計を立てていました」

「よくわからないよ」

「今は世界一の大剣豪を目指しています」

「働く気はないんだね?」



 場を盛り上げる為に冗談を入れてみたが、男の反応はよくなかった。



「君はもうダメだよ。立派な“社会不適合者”だ。誠意がまるで感じられない。私に対しても馬鹿にしたような態度を取る。君の精神が働くことを拒絶している以上、こちらにはどうすることも出来ないよ。帰りなさい」



 それどころか説教までされた。

 何も、言い返せない。



「すいません……帰ります」


「うん。それがいい。あ、くれぐれもそのストレスを周囲の人にぶつけないようにしてね。人としての道理は外れちゃダメだよ」



 お前だって俺に日頃のストレスをぶつけてきているだろ、と言いたくなったが、減らず口は閉じておく。


 頭を下げて、鞄を手に持つ。そのまま、逃げるようにして、ハロワを後にした。


 ※ ※ ※ ※ ※



「はぁ……もう死にてぇな」



 スーツの上着を脱いでため息を零す。せっかく新調したスーツが何の意味も持たなかったことを嘆く。


 アイツの言った通りかもしれない。


 俺はまだまだ変化することを恐れている。心のどこかにはまだ親に対しての『甘え』があって働くことを内心では拒絶しているのだろう。そんな状態で社会に出させる訳にはいかないというのは正しい考えだ。



「いっそ、Y〇uTuberにでもなろっかな……」



 腐りきった性根はちょっとやそっとでは治らない。

 甘えに甘え続けた底辺のゴミカスに待ち受けているのは、惨めな結果だけ。



「ん?」



 ポケットに手を突っ込みながら路地裏を歩いていると、閉鎖されたシャッター近くの電柱に変なチラシが貼ってあるのが見えた。

 

 これは一体なんだ?



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



【あなたも“派遣勇者”になってみませんか?】



[派遣勇者大募集のお知らせ]



・無職、引きこもりの方、大歓迎。

・未経験、初心者OK。

・シフト自由。好きな時間帯で働けます。

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[担当者電話番号]

×××–△△△△–◯◯◯◯


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「なんだこれ……」



 胡散臭さを隠す気すらないチラシに辟易する。興味を惹かれてしまった自分が馬鹿馬鹿しく思えるほどにだ。


 大体なんだ? 【派遣勇者】って。そんな言葉聞いたこともないぞ。勇者ってライトノベルの主人公じゃあるまいし。ふざけるのも大概にしてくれ。


 というか、都合の良い言葉ばかりを並べてはいるが、肝心の仕事内容が全く記載されていないじゃないか。こんなので誰が応募してくるってんだよ。



「誰がやるんだよ、こんなの」



 ニートは言い訳を探すのが得意だ。諦めることには慣れている。


 社畜になって奴隷のようにこき使われて過労死するくらいなら、一生引きこもっていた方がマシさ。


 結婚も就職も何もかも諦めてきた自分なのだ。これが千載一遇のチャンスだったとしても、平気で見捨ててやる。ああいいさ。好きに笑え。これが俺の人生だ。


 働いてたまるか。絶対に働かないからな!



 こうして、ますますダメな方向に決意を固める俺なのであった……。



 ※ ※ ※ ※ ※



 その日、俺はとある場所にいた。



「この辺りで待ち合わせって聞いたけど」



 スマホを開いて、場所を確認する。周りには誰もいない。人気のない道路にこんな深夜に呼び出して、まさかマグロ漁船に乗せられたりはしないよな?



「……怪しい場所だけど、大丈夫か?」



 もう一度、メール内容を確認する。場所と時間帯は合っている。



 ーーそう、俺は結局のところ興味本位であの派遣に応募してしまったのである。



 履歴書不要だったため、住所や電話番号・メールアドレスなどを記載するだけで応募は終わり、翌日には【面接会場ご案内】のメールが入った。


 で、現在に至る。



「他言無用っても気になるし……」



 メールには大きくそのような言葉が書かれていた。思うに、法に触れるヤバい仕事なのだろう。


 怖いっちゃ怖い。だが、人生を舐めているニートには、こういう仕事をしなければならない時だってあるのだ。大逆転を目指さなくては。


 いつまでも同世代の奴らに負けている訳にはいくまい。



「おっ」



 スマホが青く光る。非通知の番号が画面には表示されている。



「もしもし」

「『もしもし、こちらはハセガワ様のお電話番号でお間違いないですか?』」

「はい、大丈夫です」

「『こちらは【派遣勇者派遣センター】の者です。この度、ハセガワ様は派遣勇者の応募をなさいましたね。ご応募本当にありがとうございます!』」



 担当者は女性のようだ。



「『派遣勇者のお仕事をなさる前に一つだけ質問をさせて頂きます。宜しいですか?』」

「はい、大丈夫です」



 え、電話で面接すんの? わざわざ来たってのに。



「『では、質問に移ります』」



 電話越しに何かの紙をめくる音がした。




「『ハセガワ様は自らの力で世界を変えたいと思いますか?』」



「は?」




 ついタメ口で声を漏らしてしまった。さっきまで丁寧に話していたのに。いかん、いかん。



「えっと、どういう……」

「『ハセガワ様は自らの力で世界を変えたいと思いますか?』」

「せ、世界ぃ?」

「『はい』」



 まったく、理解ができない。



「せせせ世界を、かかか変えたいって……」



 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、つい笑ってしまいそうになった。

 なんだこれ、めちゃくちゃウケるんだけど。


 え? この人、本気で言ってるわけ?



「そうですねー。確かに世界ってのは残酷ですから、変えたいとよく思っているかもしれませんねー。子供の頃によく描いたじゃないですか。『総理大臣になりたい』とか『英雄ヒーローになりたい』とか」


「『なるほど。では、今現在の貴方も世界を変えたいと感じていると?』」



 やり取り自体がアホらしくなって、適当に返事をしてみたのだが、意外にもマジレスされてしまう。


 ……おいおい、この人頭大丈夫か? こっちはネタになるから付き合うっちゃ付き合うけども。


 すぐに電話を切っても良かったのだが、なんか楽しくなってきたので会話を継続することにした。後でスレ立てしよーっと。



「えっと、そうっすね。変えれるもんなら、変えてみたいですよ〜。精神年齢はお子ちゃまなんで、ヒーロー願望はバリバリありまっす。任せてください! 俺の力でクソみてぇな世界を変えてやりますよ!」


「『その言葉に嘘偽りはございませんか』」


「勿論ですとも!!」



 軽いノリだけで適当に返事をする。電話越しにふざけ倒すような声を張り上げていると「『それでは少々お待ちください』」という声がして、電話が切れた。


 ……なんなんだよ。


 非通知なので掛け直すことすら出来なかった。やられた。最初から遊ばれていたのはこっちだったのか。



「タチの悪いイタズラだな」



 足元にあった石を蹴り飛ばす。

 せっかくスーツを着て、髪までセットしてきたのに、またコレかよ。もういいっての。


 悔しい思いすらも感じずに、ポケットに残された僅かな小銭を握りしめて、駅まで向かう。


 わざわざ部屋の漫画を売ってまで目的地まで来たってのに収穫ゼロかよ。何が面白いんだよ、こんなの。


 愚痴と苛立ちが溜まってきたとき、またしてもスマホが青く光った。また非通知。



「はい」

「『お前がハセガワか』」



 今度は知らない男の声がした。



「そ、そうですが」

「『下の名前はカケルだな?』」

「あ、いえ。ショウです」

「『ややこしい。カケルでいこう』」



 は? なんだこのおっさん。頭沸いてんのか?


 急な謎の男からの着信に不満と不安を感じていると、



「『おめでとう、カケル。君は今日から【派遣勇者】だ』」



 ハッキリとそう告げられた。採用したらしい。

 …………マジで? あれで?



「『では、カケル。迎えをやろう』」

「いや、俺、カケルじゃなくて……」

「『立ち止まるな、カケル。前を進め』」

「ど、どういうことっすか!?」



 ダメだこのおっさん……会話が成り立たん。クレイジーだ、クレイジー。



「『前を歩けと言ってる。言葉の意味が理解できるか? これは日本国の正しい言語だろ? 前を行け。物理的な意味でだ。歩け、ウォークだ。今の場所から真っ直ぐに進め』」


「アンタ、何言ってんの!?」



 怖くなって電話を切る。もう我慢の限界だった。



「気持ち悪っ」



 スマホをポケットに入れる。女性の人でも大概おかしいと思っていたが、男性の方はもっとヤバいお方だった。



 変なことに関わるのはもうやめよう……。

 やっぱり俺はニートでいいや。



 ふぅと一息ついて、人通りの少ない道路を横断する。こんなド田舎に呼び出して一体何をするつもりだったのか。考えないでおこーっと。



「悪い夢を見た。シコって寝るか」



 くだらない決意を固めて、ぼんやりと真っ直ぐに歩き出す。



 ーーそのとき



「え?」



 背後から大型10tトラックが走ってくるのが見えた。


 あり得ない。あり得ない。あり得るはずがない。


 何故なら、さっきまでから。


 こんなに接近される訳がないのだ。

 こんなの、あるわけが。



「は!?」



 猛スピードでトラックがこちらに突っ込んで来ている。ライトは付いていない。車体がブルンブルンと激しく上下して、轟音をかき鳴らしている。



「いやいやいやいや、ええっ!? なにそれ!」



 必死に手を振るも、運転手の顔は見えない。本当に人が乗っているのだろうか。


 つまりどこからか現れたトラックが爆走して、俺の背後に無音で接近してきていたのだ。いや、どんなイリュージョンだよ!?



「待て! 死にたくないよ!まだ死にたくないって! 色々とやり残したことがあるから! 長期連載の漫画の完結だって見届けてないし、一人も女を抱いていない! 夢でもいいから、カプリ島に住みたかったー! やめろーーー!! 生かしてくれーーーー!!!!」



 無様に大声を張り上げるも、そんな抵抗は虚しく、トラックは俺の前に乗り上げてくる。



 咄嗟に理解した。



 コイツは俺を殺す気なんだと。最初からそのつもりで走ってきたのだと。だから、ここに呼び出したんだ。


 まんまとしてやられたな。このニート様を上手くハメやがって。確かに労働場所に関しては謎のままだったもんな。




「それにしたって、移動方法が雑すぎやしませんかねぇぇぇぇ!?」




 叫ぶ俺を容赦なく、トラックが轢いていく。タイヤが四肢を破壊する。痛みすらも感じない勢いで、バキバキと骨を砕いていく。


 走馬灯を見る暇もなかった。




「ーー派遣勇者一人、転移完了です」




 男の声がして、意識がプツリと途絶える。



 そこから先は無の世界。誰も行ったことがない、行ったところでそれを他の人に伝えることすらも出来ない、存在するのかしないのかもわからないーー夢のような異界の地。



 こうして、俺は死んだ。

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