ぼくの彼女は屋根裏にんげん。
首領・アリマジュタローネ
ぼくの彼女は屋根裏にんげん。
ぼくの彼女は屋根裏にんげん。
屋根裏にのみ、住まうモノ。
人でありながら、人じゃない。
ひとであっても、ひとじゃない。
ヒトデなし? ヒトデなし?
ヒトデはいない。ヒトだから。
でも、人手は足りるし、人手だよ。
人じゃないかなぁ。人なのかなぁ。
それなら人じゃないかもね。
「お主を儂の伴侶にしてやる」
ある日、彼女はそういった。
ぼくには意味がわからなくて、思わずとぼけ顔をした。
「伴侶じゃよ。伴侶」
誇りまみれの屋根裏に、今日も彼女は居座ってる。
鼻がこちょこちょしないのかなぁ。
目がもぞもぞしないのかなぁ。
どうして、ぼくの家の屋根裏にいるんだろう。
もしかして、おうちがない人なのかなぁ。
「失礼な奴じゃ。儂が何千年生きてると思うておる。家どころかこの世界自体が儂の庭みたいなもんじゃ。お主はまだ若いから言葉の意味がわからんかもしれんがのう」
「おじさんは神さまなの?」
「おじさんじゃなかろうに」
「マカローニ……?」
「お主の耳には線香が詰まっておるみたいじゃな」
線香がもやもや燃えてる。
けむたい、けむたい。
あついよぉ、あついよぉ。
まま、ぱぱ、助けて。連れ去られちゃう。
妖怪さんに隠されちゃう。
「おばさんはどうして僕の家の屋根裏にいるの?」
「何故じゃと思う」
「家がないから」
「お主の失礼さには呆れて言葉も出ないわい」
「出てるじゃんか」
「お主が出させたんじゃ」
おばさんが僕の言葉にムッとする。
ムッとした後でニッと笑う。
ムッニッ、ムッニッ。
ムットとニットが遊んでる。
「ごめんなさい」「謝らんでも良かろうに」
「じゃあ、あやまって」「儂が、何故」
「勝手に屋根裏に住んでるから。おかね払って」
「住んでなどおらん。この地に住まうモノじゃ」
「お金」
「なんじゃ、それは」
「あれば幸せになれるもの」
「無ければ幸せではないというのか」
「あったほうがいいの」
「何故」
「おかねがあれば、屋根裏に住まなくてもよくなるよ」
「屋根裏? この場所のことか?」
「そう」
「儂はこの
「ガンコジジー」
ぼくの家の屋根裏に勝手に住んでいるくせに、なんだかコイツは偉そうだ。
人っぽいけど、人じゃない。
コイツはやっぱりひとでなし。
「ジジーは神さまなの?」
「ジジーって」
「妖怪なの? 鬼なの? それとも人間なの?」
「問いが多いのう」
「一体、何者なの?」
「さあ、お主の想像に任せる。想像し、創造せよ。早々に答えは出てこんがの」
屋根裏にんげんは誇りまみれの隅っこで、体操座りをしている。
お父さんとお母さんはいないのかなぁ。
「妖怪さんはさ」
「妖怪さんって」
「帰らなくていいの?」
「還る?」
「お父さんとお母さんが心配しているでしょ」
「アダムとイヴのことか?」
「違うよ。パパとママ」
「そんな人間のことなど知らぬ」
彼女は意外に物を知らない。
学校には行ってないのかな。
「屋根裏好きなの?」
「この場所を好きか嫌いかで言えば」
「うん」
「好き好んで嫌ってはいない」
「なにそれ」
「好き好きじゃろうて」
「好き過ぎるの?」
「解釈の幅が大きいのう。まだまだ子供じゃな」
ぼくはもう11歳だ。
「鬼さんはさ」
「鬼さんって」
「鬼ぃ兄さんはさ」
「鬼ぃ兄って」
「鬼ぃ婆さん」
「鬼ぃ婆さんって」
「妖怪さんはさ」
「戻るんじゃな」
「寂しくないの?」
「……」
妖怪さんはぼくにしか見えない。
お母さんもお父さんもぼくには見えない。
ぼくは見えない。
ぼくも見えない。
ぼくの言葉は、ぼくじゃ見逃せられない。
「寂しいのう」
「寂しいんだ」
「長生きし過ぎたのう」
「カメなんだね」
「昔、京都にいた事がある」
「とうきょうと?」
「東京都ではのうて、京都じゃ」
「今日と?」
「京都とじゃ」
「教頭と?」
「共闘じゃ」
ぼくの彼女は1200年前まで京都にいたんだって。
やっぱりすごく長生きなんだ。
カメさんかもしれないね。
ツルさんかもしれないね。
ツルカメさんかもしれないね。
「京都で過ごしていた際も、儂は独りじゃった」
「独身なんだ」
「ずっと独りじゃった」
「独身だ」
「一度でいいから我が子を身籠りたかった」
「独身なのに?」
「愛というものを儂のこの両手に華のように抱き抱えてみたかった」
独身神さまはよくわからないことを言う。
わからなくて、わからない。
わかるようで、わからない。
わかりたくもないけど、わかりたくもある。
「愛は抱けないよ。目に見えないもん」
「表現じゃよ。お主には心の機微さというものが見えんのか」
「見えないよ。ぼく目が悪いから」
「どれ、治してやろう。此方に寄うて来い」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。ぼくを叩く気でしょ」
どろどろどろ泥人形
壊れた壊れた泥人形
おててが、どろろ。おあしがろどど。
泥人形も、みんなみーんなこわされた。
ぼくのおもちゃはこわされた。
くらやみは怖い。怖いのは辛い。痛いのは痛い。
殴らないで、叩かないで。返して、返して。
ぼくの大切なものを奪っていかないで。
「叩きなどせんよ」
「嘘だ」
「ウソではないよ」
「嘘だ!」
「何故、ウソだと思うのじゃ」
「騙されないぞ! ぼくを懲らしめる気だろ! そうやってからかう気だろ! 痛めつける気だろ! 長い棒で殴りつける気だろ! ここからは暗くて見えないだけで、背中に大きな太くて長い枝を持っていたりするんだろ! 枝をぼくの目に刺して、失明させる気なんだ! そうだ! そうだ! 絶対そうだ! 目を奪う気だ! 耳を奪う気だ! 足を奪う気だ! 手を奪う気だ! 気のせいじゃない気だ! 気だ! 気だ! 気だ! 気だ! アイツらと同じだ! 違わない! 同じだ! 同一だ! 同じ事だ! おんなじだ! お前は大大大大大大嘘つきだ!」
あっちむいてで出てこないで。
もうぼくをいじめたりしないで。
いたいの、いたいの、へいきじゃないの。
やめて、やめて、やめて、やめて。
ぼくより、ままが悲しむの。
ままを泣かせたくないの、
ままはぼくの一部だから。
ままには痛いのやめてほしいの。
巻き込まないでほしいの。
屋根裏に住んでていいから。
みんなには内緒にしてていいから。
どうか、神さま、噛みつかないで。
「お金がないんだ! ないんだ! ないんだ!! 目が痛いんだ! 痛いんだ! 痛いんだ!! 涙がね、止まらなくてね、こうやってね、ワケのわからない生き物に話しかけてしまうぼくはやっぱりどこか頭がおかしいと自分でもきっと理解しているんだ! 先生たちは、大人たちは、賢い子供達の、意味のわからないものを排除して、正しくありなさいって、ぼくらに言いつけるんだ! それがひどく怖いんだ! 夜も眠れなくて、枕に顔を押し付けて、鼻先がぎゅーっと潰れるくらいに、痛いんだ。胸のどこかに後悔だけが残ってて、身体がぐちゃぐちゃになっていくんだ! 今にも割れそうなくらいに頭が痛んで、やってもないのに疑われて、見ないものが見えてきて、喋れなくなって……舌が動きを抑えてきて……そうやって死ぬんだ……。死ぬんだ!!!!! カラカラに乾いて死ぬんだ!!!!」
ようかいにんげん、どうか御出でなさい。
この土地から出て行きなさい。
我々の御霊、家族をお護りください。
先祖代々受け継がれてきた愛を、子供達から奪われないでください。お願いします。
オネガイシマス。
「ここは地獄! 地獄! 力がないとやっていけない地獄! 辛くて、痛くて、悲しくて、どれだけ心が苦しんでいても、みんなみんな自分のことしか考えていない! 己を守って、人に迷惑をかけないようにって、それができるのが正しいにんげんだって、そんなに簡単に正しく人はできていないのに! 間違っていることを許容しない! アイツは変なやつだからって、相手にしなくていいよって、仲間外れにして、僕らの言葉を聞こうともしない! 自分のことばーっかり! フザケンナよッ。フザケンナよッ、フザケンナッ、フザケンナッ!!」
「人にどうこう文句を言えるほど、お前は正しく胸を張って生きているのかって。人の顔色ばかりを伺って、偽物の仮面をかぶって、我慢ばーっかり強要して、自分が世界の王にでもなった気で人にアレやこれやと命令してさ。そんなのはにんげんもどぎだよ! 屋根裏に住むことを笑う愚かさを捨てられない、矮小な自分だ! 捨てちまえ! 棄てちまえ! ティッシュにくるんで棄てちまえ! お前のなんて、お前のなんか、消えちまえ!! 屋根裏に隠れて、消えちまえ!!!!」
「伴侶にはなってくれぬのだな…」
それから彼女は消えちゃった。
もう彼女は帰ってこない。
きっと京都にいるのかな。
今日も、今日とて、京都かな。
「………………」
ジメジメとした部屋の中、今日も彼女は座ってる。
目を開けたまま、眠ってる。
部屋の隅っこで、うずくまって、泣いている。
ぼくの彼女は屋根裏にんげん。
屋根裏にのみ住まうモノ。
人でありながら、人じゃない。
人ではなくて、ひとでなし。
ぼくの彼女は屋根裏にんげん。 首領・アリマジュタローネ @arimazyutaroune
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます