第16話 ライバル
クレーブは動きを止めるとざっと後ろに飛びのく。
「そこのオマエ。いまなんといった?」
マールズは首をかしげている。やっぱり言葉が通じないみたい。
ぼくが代わりに答える。
「ぼくと姉ちゃんの名前を呼んだんだよ。秀斗、麗瀬ってね」
クレーブは考え込んだ。
今までとはうって変わった様子でぼくらの様子をうかがう。
「オマエたち、おれのハハをしってるのか?」
「お母さん?」
一体なんのことだろう?
マールズに聞いても要領を得ない。
杖によりかかって体を支えている姉ちゃんにも一応聞いてみた。
「なんかあのでかい猫が母親を知ってるかって聞いてるんだけど」
「なにそれ?」
「マールズがぼくらの名前を呼んだじゃない? それから様子がおかしいんだ」
姉ちゃんは何かを思い出そうとする。
「そういえばさ。あんた聞いてない? アタシたちの名付けの理由。なんか母さんの大切な友達からあやかって付けたって話」
「それじゃあ、ぼくらの名前って、シュート・レーセとかいう人の名が由来なのかな?」
「そうだ。思い出した。母さんと同じくらい強いライバルの名がシュトレーセって名前だっていうのを聞いたことがある。外国の人かと思っていたけど」
そうか。うちの母さんなら納得だ。強敵と書いて友と読む。そういう人だった。
ぼくはクレーブに向かって説明する。
「ぼくらは直接知らないけど、母さんの友達にしてライバルがシュトレーセって名前だって。姉ちゃんがそう言ってる」
「オマエのハハオヤというのは、そのオンナよりつよいのか?」
「そうだね。姉ちゃんじゃ勝てないね」
クレーブは身を震わせる。
「そうか。ならば、オマエたちのハハオヤとおれのハハオヤはしりあいにちがいない。ならば、もうやめだ」
さっきまでの殺気がうそのように消えてぼくは拍子抜けする。
「え? いいの?」
「ハハのことをおもいだしたら、シンニュウシャをたおせというノロイはとけた」
「そうなんだ」
「ああ。おれはなによりハハがこわい」
「それ、分かる気がするよ。ぼくも母さんは怖い。もちろん好きだけどね」
クレーブの表情が緩む。
「オマエとはきがあいそうだ」
姉ちゃんが会話に割り込んでくる。
「ねえねえ。もう終わり? じゃあちょっとご飯にするね」
姉ちゃんは早速荷物をかきまわしてナッツバーを食べ始めた。
「これ、お腹はふくれるんだけどさあ、腹持ちが良くないんだよね」
ボリボリと食べながら姉ちゃんはぼやいている。いや、それでも食べ過ぎだと思うけど。それで鼻血が出ても知らないから。あ、鼻血が出たのはぼくの方だった。よく分からないけど、魔法をかける相手や効果によって消耗度合いが違うのかも。
マールズも安心したら腹減ったと言って、姉ちゃんに合流した。
ぼくも空腹感がするけど、クレーブとの会話が終わっていない。
「じゃあ、もう行っていいよね?」
「それはいいが、おれもいっしょにつれていってくれ」
「え? なんで?」
思わず問い返すと困ったような顔をした。まさに猫の目のように表情が変わる。
「おれはながくイエにかえっていない。それはノロイでここにしばりつけられていたからだが、それをハハにせつめいしてくれないか」
なるほどね。門限を守らなかったのは不可抗力によるものだと証言してほしいということか。
「ぼくたち家に帰る途中なんだ。もっとも、どうやって帰ったらいいのかも分からないんだけどね」
そこまで話すと貧血なのかぼくはぐらりとして倒れた。
さっとぼくの下にクレーブが潜りこむ。ぽふん。
ああ。なんと素敵なモフモフクッション。
「あ、ありがとう」
起き上がろうとすると大きな前脚でそっと体を抑えられる。
「そのままでいい。シュートのはなしをきかせてくれ」
僕はかいつまんで事情を話した。
すると、クレーブは考え考え提案する。こんな内容だった。
クレーブの母親のシュトレーセとぼくの母親が知り合いなら帰り方をしってるかもしれない。だから、まずは一緒にシュトレーセのところへ行く。クレーブはぼくたちの言葉は話せないけれど、聞くことはできるから他の二人の話はわかるし、同行するのに支障はないはず。
確かに筋は通っている気はする。
アーカンルムという町を目指してはいるもののそこにぼくたちが家に帰る方法を知っている人がいるという保証はない。
少なくとも母さんの友達ならきっと真剣に一緒になって考えてくれるはずだ。
「二人にも相談したい」
クレーブが放してくれたので二人の所に行く。
姉ちゃんがカタコトでマールズと話をしていた。
二人にクレーブの提案を話すと姉ちゃんはいいんじゃないと即答する。
マールズもすぐに賛成をした。
「遠くに行くなら皆と一緒で、と言うからな。まあ、とりあえずアーカンルムまで行ってその先はその時考えよう」
クレーブのところへ行ってよろしくと言うととても喜んだ。
ぼくもナッツバーをひとかけらもらって食べる。
クレーブにも勧めてみたが、顔を近づけて匂いをかぐと断った。
「おれはもうちょっとしっかりしたものがいい。ところで、シュート、おまえはしばられるのがスキなのか?」
ぼくはあいまいな笑みを浮かべて肩をすくめる。説明するのが面倒だし、高い所が怖かったという話もしたくなかった。
ぼくたちは大きな部屋を後にする。
クレーブが守っていた扉も気になったけど、開け方が分からないんじゃ仕方ない。 すぐにはダジャレも思いつかなかったし、魔法の使い過ぎで具合を悪くしていたので諦めた。
道は何度か分かれ道にさしかかる。その度にクレーブが道を選んだ。
クレーブも呪いをかけられて連れて来られたので、外への道は知らないのだけど、外の匂いがするという方へ進む。
マールズもその意見に同意していた。
ぼくにはさっぱり分からない。
それでも、だらだらとした通路を進んでいくうちにようやく外の明かりを再び目にすることができた。
洞窟の入口は植物が半ば覆っていたけれど、クレーブが勢いをつけて体当たりをして押しのける。
ぼくらが外に立たところは小高い丘の中腹だった。
木々がうっそうと茂っていて緑の濃厚な香りが鼻をうつ。
方角を確かめたマールズの指示に従って、丘を降りていく。けもの道も無いような場所で、ぼくだけだったら百メートルも進めなかっただろう。
ぼく以外の三人が順番に切り開いた道を下る。
途中の視界の開けた場所で川の先に沼地が広がっているのが見えた。
多くの人が住んでいそうな町のようなものはまったく目に入らない。
「この方角、間違ってない?」
マールズに質問してみたが、にやっと笑った。
「まあ、このオレっちを信じなって。何度か実際に行ったことがあるんだからさ」
自信満々に言われてしまうとそれ以上問いただすこともできなくなる。
丘を降りると植物はまばらになったが、ずぶずぶと沈み込むぬかるみを避けて進まなくてはならなくなった。
あっちへふらふら、こっちへふらふらと進む。
目的地が見えれば元気が出るのだろうけど、似たような沼地の光景が広がるばかりでぼくの気持ちはあがらなかった。
「さあ、もうすぐだぞ」
マールズが言うけれど、周囲はやっぱり何の代り映えもしない泥と草と水ばかりの景色が広がっている。
風が吹いて水面にできたさざなみが広がった。
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