第13話 濁流

 暗くなる前に無事にぼくらは中州に到着する。ほとんど日が沈む寸前だった。

 みんなでいかだを川原に引き上げる。

 まあ、主に活躍したのは姉ちゃんだけど。

 いかだの上に毛布を広げて横になる。

 小石の上かどちらかで選べば、まだ木の上の方が寝心地がいい。

 それでも普段寝ているベッドと比べると硬くてちっとも眠気がやってこない。

 あっという間に寝てしまった姉ちゃんがうらやましかった。姉ちゃんは寝つきがいいし、ぱっと目覚めることができる。まさに今のようなアウトドアライフにうってつけだった。

 ぼくが眠れなかったのは山犬に襲われたショックが大きかったのもあるのだろう。

 山犬がやって来たのがもう少し遅い時間なら、きっとぼくらは寝入っていたはずだ。そうしたらと思うと周囲が気になって仕方ない。

 川のせせらぎに何か他の音が混じると、得体の知れないものが泳いできているのではないかとびくびくしてしまう。

 それと思い出せないけど、今の状況に関係することで何かがずっと気になっている。

 心配事が多かったけど、それでも両手を頭の後ろに組んで見上げる夜空は美しかった。

 都会では絶対に見ることができない満点の星がまたたいている様に圧倒される。ときおり、すうっと星が流れることもあった。星に願いを。

 どうか無事に家に帰れますように。

 この冒険にわくわくしていないと言ったら嘘になる。やっぱりいつもと違う出来事に心躍るように感じるところはあった。まるで物語の中に迷い込んだような気分だ。

 ぼくは主人公という感じはあまりしないけれど、それでも名もなき通行人というような端役でもないんじゃないかな。

 なんといっても魔法が使えるのだ。しかも、父さんはどうやら伝説にもなるぐらいの凄い大魔法使いだと聞かされている。ぼくもひとかどの人物になったような気がしていた。

 そしてマールズやロージーという友達もできた。

 マールズはちょっとお調子者という感じもするし、お金にこだわるところもある。でも、このアーカンルムへの旅に進んで同行してくれている。

 ロージーはお別れするときに目に涙を浮かべていた。

 テンを友達というのは変かもしれないけど、言葉をしゃべって、ぼくを気遣ってくれる。それにはっきりとぼくのことを友達だと言い切ったんだ。

 口ではなんとでも言えるかもしれない。でも、ぼくは今まで誰かをはっきりと友達と呼んだことはないし、呼ばれたこともなかった。

 やっぱり、こういうことははっきりと言った方がいいんだな。

 きちんと口に出して伝えないと伝わらない。当たり前のことを考えているうちに、ぼくもいつの間にか眠っていた。


 ばしっと肩を強く叩かれる。じんじんと痛い。この強さは姉ちゃんか。なんだよもう。まだ暗いんだからもうちょっと寝かせてよ。

 ぐっと引き起こされた。

「起きろっ」

 真剣な顔の姉ちゃんと鼻と鼻を突き合わせるような形になる。

「シュート、この綱に手を巻き付けるんだ」

 マールズが声をかけてきてぼくをいかだから突き出している綱に誘導する。寝起きで頭が働かない。言われるがままマールズの真似をして、綱をぐるぐると手に巻き付けて握った。

 その間に姉ちゃんは毛布を片付けて荷造りを終える。そして、ぼくとマールズを抱きかかえるようにして、両手で綱を握った。

 ようやく気が付いたけれど、周囲の水音が大きくなっている。

 そう思う間もなく、いかだはひたひたと押し寄せてきた水に浮かび流され始めていた。

 そうか。上流で大雨が降って増水したんだ。

 あ、中州は増水時に危ないんだったっけ。今さら思い出してももう遅い。

 どんどん水かさが増していかだは川の流れの中でほんろうされた。時おり流されてきた大きな丸太がどんとぶつかっては離れていく。

 そうかと思うと蛇行する川岸にいかだがこすりつけられてギシギシと嫌な音を立てた。

「このいかだ壊れたりしないよね?」

 周囲の音に負けないように声を張り上げる。

「分からんっ。いつもはこんな濁流の中に乗り出さないからな」

 大丈夫と言って欲しかったのだけど、マールズの返事は期待通りというわけにはいかなかった。

「ああ。まずいぞ」

 さらに追い打ちの声が聞こえる。

「お前の姉にオレっちの体を放すように言ってくれ。オールで進路を変えないと」

「無茶だよ。この流れじゃ、オールなんて役に立たないって」

「いいから放すように言うんだ。このままだとどのみち大変なことになっちまう。ああ、くそっ。なんて力だ」

 マールズの剣幕に押されて姉ちゃんに伝えたが、聞く耳を持たなかった。

「アタシが抱えてなかったら、あんたたち、とっくに放り出されてるよ。いいから大人しくしてな」

「でも……」

 姉ちゃんは、がんとして放そうとしない。

「ああ。あああ。もう駄目だ」

 マールズが悲鳴のような声をあげた。

 いかだは流れに押されるようにして右岸よりを進んでいく。どうやら支流に入ったらしく、相変わらず流される速度は変わらないものの、多少は揺れが収まってきた。

「うまく緩やかな方に入ったみたいだけど……」

「シュート。昨夜説明しただろ。この流れは闇のあぎとにつながってるんだ。くそっ。一か八か崖に飛びつくか?」

 夜が明けたのか薄明かりの中で見える周囲は切り立った崖上になっていた。落ちくぼんだ底の部分を茶色い濁流が渦巻きながら流れている。

 川の流れが速すぎてとてもうまく崖につかまれそうになかった。姉ちゃんなら何とかなるかもしれないけど、ぼくにはとても無理だ。

「ああっ。もう間に合わない。シュート。頭を伏せろ」

 前方にも崖が立ちふさがりものすごい勢いで近づいてくる。高さ数十センチの洞穴が口を開けて水を飲みこんでいた。

 濁水によってここまで流されてきた丸太などが入口に引っ掛かって派手に水しぶきをあげている。

 背中に圧が加わったかと思うといかだにぐっと体が押し付けられていた。姉ちゃんがぼくたちを押しつぶすようにして身を伏せている。

 みるみるうちに近づいてきた洞穴の入口にいかだが突っ込む。どん、という音とともにぼくの体を支えていたいかだがバラバラになった。

 ぼくの体が水中に投げ出される。その瞬間にがぼといっぱい水を飲んでしまった。

 夢中で手に握っていた綱をたぐりよせ、バラバラになった丸木の一本にしがみつく。

 真っ暗でどちらが上なのか下なのかも分からない。ましてや、マールズや姉ちゃんがどこにいるのかというのも不明だ。

 ふいにがんと何かがぼくの頭を強打して、ぼくは意識を失ってしまった。

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