ぼくが大魔法使いの息子って嘘だよね?
新巻へもん
第1話 ぼくの名前
ぼくは自分の名前が好きじゃない。
両親が考えてつけてくれた名前をそんなふうに言うものじゃないというのは、一応分かっているつもりだけどね。もう小学校五年生だし。
そのぼくの氏名は山田
いかにもサッカーが得意そうな響きの名前だよね。でも、ぼくは実際のところはあまり運動が得意じゃない。だから期待外れもいいところさ。周囲は勝手に期待して落胆する。
体力測定でも下から数えた方が早いぐらい。走るのも速くないし、幅跳びなんて靴がすっぽ抜けたうえに顔から着地して皆に大笑いされた。
それで、その秀斗という名前なんだけど、別に両親はサッカーが上手くなることを期待して名付けしたわけでもないらしい。大切な友達にあやかって選んだそうだ。
どうせなら名は体を表して欲しかったんだけどな。
ほら、クラスで人気なのはスポーツができるか、話がめちゃくちゃ面白いかのどちらかだからさ。ぼくはその両方に当てはまらない。
まあ、それだけなら納得はできないけど我慢はできる。
世の中はそういうものだ。
ぼくは本を読むのが好きだけど、物語の中だって主人公はただ一人。ぼくは父さんに似て地味な存在で、とてもとても主人公というキャラじゃない。
だけどさあ、二つ年上の
クラス担任の先生は姉ちゃんの学年も教えていたことがあって、ことあるごとにぼくと姉ちゃんを比較する。
「お前の姉ちゃんはこれぐらい余裕でできたぞ」
「麗瀬がいたときは学校対抗のドッジボール大会でずっと優勝してたんだがなあ」
「本ばかり読んでないでたまには外で遊ばないのか?」
残念だけどぼくは姉ちゃんとは違う。見た目も中身もね。
姉ちゃんは母さんに似ていて、その母さんも美人だ。授業参観のときにクラスの男子だけじゃなくて女子までもがこっそり後ろを振り返って、「あれ誰の母親?」ってヒソヒソしていた。
ぼくの母さんだと分かった時のみんなの目が忘れられない。かわいそうという憐みの感情がまざまざと浮かんでいた。
ぼくは容姿は父さん似なんだ。父さんはあまりかっこよくないし、家じゃ下らないダジャレばかり言っている。でも、超有名な会社に勤めていてそれなりに偉い立場らしい。
母さんのような素敵な人と結婚できたわけだし、十分に人生は充実していると言っていいと思う。
つまり我が山田家においてはぼく以外は何かしらの取り柄や恵まれたものがあるのに、ぼくだけは何もない。なんか一人だけ除け者になった気分でいた。
別に家族との仲が悪いわけじゃない。ただ、ぼくの心の中でもやもやとした気持ちがずっとただよっていたんだ。
運動会の振替で学校がお休みになったある日のこと。
家族が誰もいないから好きなだけ本でも読んでいようと思ったけれど、山のような宿題が出ている。
母さんが作っておいてくれたお昼ご飯とおやつを食べ終わる頃には、さすがに宿題に取りかからざるを得ない。
渋々とノートを広げていると物凄い霧が出てきた。窓から見えるものは真っ白な霧だけでまるで外の様子が分からない。
霧の中から異形の怪物が襲ってくる有名な怪奇小説を思い出した。うわあ。一人で留守番をしている時にそんなことを思い出すんじゃなかった……。
ガチャ。
物音にびくりとしてしまう。
「ただいまあ」
なんてことはない。姉ちゃんが帰ってきて玄関が開いた音だった。
「ふう。もう少しで遭難するところだったけど、なんとか家にたどり着いたわ。お腹空いた。なんかおやつある?」
「冷蔵庫にシュークリームが入ってる」
姉ちゃんは手洗いうがいを済ませると早速扉を開けて中をのぞく。パックから早くも一つ目を取り出して食べながら聞いてきた。
「秀斗。あんたはもう食べたんだよね?」
「うん」
瞬く間に残りを食べると今度は一リットルの牛乳パックを取り出す。そしてパックから直飲みを始めた。
「あ、そんな行儀悪いことして」
「いいじゃん。残り少ないんだし、全部飲むから。母さんには内緒ね」
そのパックはぼくが注ぎ口を開けてコップ一杯しか飲んでいないはずだ。それを残り少ないというのは相当無理があるんじゃないかな。本人には言わないけど。
「……。ところで、今日の当番は姉ちゃんだよ」
「休みなんだからやっといてくれてもいいのに」
「休みだからたっぷり宿題が出ているんだよ」
昼過ぎまで本を読んでいたのは秘密。
「ちぇ」
しばらく文句を言いながらも姉ちゃんは米をといで炊飯器にセットした。
「しっかし、凄い霧よねえ。外がほとんど見えないや」
姉ちゃんが言った途端に窓に何かの影が映る。
「お、怪しいのがいる。うちに忍び込んでくるとはいい度胸だね」
腕まくりをしながら姉ちゃんは部屋の隅に立てかけてある杖をつかんだ。
「やめておきなよ。人じゃないかもしれなよ」
「異世界の化け物って? 秀斗。あんた本の読み過ぎ」
鼻で笑われてしまった。姉ちゃんはぼくの制止なんかまったく気に留めず窓に近づいていく。
「ちょっと待ってよ。ぼくを一人にしないで」
「じゃあ、秀斗も適当なもの選んでついてくれば」
見渡すとリビングに置いてある父さんの書き物机の上に変わったものを見つけた。長さ五十センチ、太さ二センチほどの黒い棒。表面はすべすべしており、びっしりと何か分からない模様か文字のようなものが彫り込まれている。一方の端には穴が開いていて紐が通してあった。たぶん父さんの外国土産か何かだろう。
他に手ごろな物が見つからなくてそれをつかむ。既に姉ちゃんは窓を開け、ベランダに放置している古いスニーカーに足を突っ込んでいた。
飛び出していく姉ちゃんの後に続いて外に出る。あ、宿題の調べ物をして使っている最中の辞書を持ったままだった。でももう元に戻してくる時間はないや。
そのまま姉ちゃんの後を追いかけた。
危うくぶつかりそうになった物干し竿をまわって庭に差し掛かる。振り返るともう窓からの薄ぼんやりとした明かりも見えない。ああ、やっぱり家に居れば良かったかも。
何か変なものが出てきたら嫌だな。姉ちゃんは強いから平気だろうけどさ。母さんに鍛えられているせいか大の大人相手でも余裕で制圧できる腕前だ。
しかも愛用の杖を手にしている。木でできているはずなのにとても頑丈なんだ。この間、塀を作る時に余って庭に転がっていたコンクリートブロックを姉ちゃんが杖で引っぱたいたらブロックが粉々になった。なのに杖は傷一つない。
「姉ちゃん?」
小声で呼んでみるが返事も気配もなかった。霧が音を吸収するのか妙に静かだ。父さんが酔っぱらった時によく言っているセリフが思わず口をついて出る。
「霧を嘆いてもキリがない」
うわああ。小五にしてこんなにダジャレが身についているなんて……。血は争えないというけれど、頭を抱えてしまう。そのせいでどっちがどっちの方角だか分からなくなってしまった。
とりあえず家の周囲のブロック塀のところまでは行ってみよう。塀にぶつかったらそれをつたって玄関まで戻ればいい。そして、姉ちゃんが満足して帰ってくるまで家で本を読んでいよう。
もうすぐ母さんも帰ってくるはず。母さんは姉ちゃんよりも強いから安心だ。
だけど何歩歩いても壁にぶつからなかった。さして広くない庭なのにどういうことなのだろう? 霧の中だとぐるぐると同じところを回ってしまうらしいけど、それにしても変だ。
ようやく周囲の白いものが薄れてきてぼんやりとだが視界が開けてくる。何か人影のようなものが見えたので声をかけた。
「ああ。姉ちゃん。やっと見つかった」
ぬっとあらわれたものが顔を見せる。姉ちゃんとは似ても似つかぬ醜悪な顔をした赤い肌の化け物が恐ろし気な笑みを見せ、ぼくは声を限りに絶叫を放った。
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