オーバード、現れて

 オーバードエネミー討伐。


 現在進行中であるアルカディアクエスト三本柱の一つ。

 内容は、大陸中央部以降のフィールド、エリアでランダムに発生するエネミーをその場にいるプレイヤーで協力して討伐するレイドバトルだ。


「ったく、なんでこんな時にオーバードレイドが発生すんだよ……!」


 タイミングの悪さにもどかしさを覚えつつ、黒刀を鞘から引き抜く。


 一応、オーバードエネミーはボス扱いではないし、侵入不可障壁も展開されないから、やろうと思えば逃走は可能ではある。

 とはいえ、倒せた時の報酬はかなり美味しいらしいから、戦うに越したことはないんだけどな。


 それに理論上逃げれるってだけで、実際に逃げられるかはまた別の話だ。


(さてと……これからどうするか)


 これはモナカを待っている間にダイワから聞いた話だが、オーバードエネミーとの戦闘において、幾つか注意しとかなきゃならない共通仕様があるらしい。


 まず一つ、オーバードエネミーのステータスは、戦闘開始時点での参加メンバーのレベルによって変動する。

 二つ、一定レベル以上のプレイヤーは自動でステータスに調整——所謂レベルシンクが入れられる。


 この二つの仕様によって、低レベルプレイヤーが多かった場合でも戦闘が成り立ちやすくなっているし、逆にこの場にレベルカンストの最上職がいたとしてもステータスと装備によるゴリ押しが通じないようになっている。


 ちなみに武器の性能もレベルシンクに合わせて調整が入るから、レベルが下がったとしても要求ステータスが満たせなくて装備不可になる、なんてことにはならないらしい。

 ただし、場合によって一部スキルが使用不可になるから、そこは注意が必要だという。


 手早くメニューを操作し、ステータス画面を開く。


 俺のステータスに変動は……なし。

 つまりあのアックスビーク——確か”狂戦斧鳥トマホーク”だったか——は、少なくとも俺とシラユキよりは格上の相手と見るべきだろう。


(他のメンツは……)


 狂戦斧鳥の動きに注意を払いながら、俺らの他に巻き込まれたプレイヤー達を一瞥する。


 レイド参加メンバーは合計で十四人。

 ぱっと見の印象だが、俺らを含めて前衛八人、後衛六人といったところか。


 即席パーティーだから完全に息を合わせて連携することは無理かもしれないが、ある程度の意思の疎通を図る必要はあるよな。

 とりあえず近くにいるプレイヤーに声を掛ける——、


「……あ」


 よりも先に狂戦斧鳥の近くにいた三人パーティーが無謀にも突撃をかまし、あっという間に返り討ちに遭って、見事にポリゴンへと散っていった。

 これで残り十一人——戦闘開始三十秒経たずして、早くも敗北の二文字が脳裏を過った。


「………………うん、なるほど」


 今ので何となく理解した。

 災禍ほどではないけど普通に高難易度コンテンツだ、オーバードレイドこれ


 まあ、仮にもアルカディアクエストって名目が付いてるんだから、これくらいの難易度調整をされていてもおかしくはねえか。


 それよりもダイワの奴、このこと分かってて黙っててやがったか……!?

 ……いや違えな、普通に共通認識で話すまでもなかっただけか。


 気づく。


 ——あー、そうか。

 だから、は逃げられるって扱いなのか。


「シラユキ。先に言っておくけど、絶対にアイツに背を向けて逃げるなよ」

「えっ……う、うん」


 念の為、シラユキに注意を促したその時、今の蹂躙を目の当たりにした四人パーティーが全速力で街がある方向へ走り出す。

 見たところ、装備の質はそんなに良いわけではない——恐らく、シラユキと同程度のレベル帯なのだろう。


 もしかしたら、俺らと一緒でこれがオーバード初遭遇なのかもしれない。


 勝てそうにないなら逃げるというのは、本来であれば賢明な判断だ。

 事前に準備しているのであればともかく、オーバードレイドは基本、突発的に発生するものだからな。


 ——だが、オーバード戦においてそれは悪手となる。


「あっ、おい! 馬鹿、まだ逃げるんじゃ——!!」


 近くにいたプレイヤーが慌てて叫んだ直後、狂戦斧鳥は逃亡を図ったプレイヤー達に向かって一直線に追いかけ始めた。


「え、嘘……!?」

「ちょっと、なんで!!」

「おい、こっち来んなし!!」

「うわあああああ!!!」


 オーバードの共通の仕様、三つ目。

 奴らは、を図るプレイヤーを一番に優先して襲いかかる。


 特に今みたく、この仕様を知らずに恐れをなして逃げ出したプレイヤーなんかが格好の餌食になりやすいとのことだ。

 そして、戦闘態勢もまともに整っていない状況で襲われた四人プレイヤーは、為す術もなく狂戦斧鳥に蹴散らされた。


「……こうして実際に目の当たりにするとえげつねえ仕様だな、おい」


 つい忘れそうなるが、アルクエの開発元はあの鬼畜生共テック社だ。

 三つ目の仕様に関しては、間違いなくクソ仕様ではあるが、JINMU魔境経験者からすれば寧ろこれが通常運行だと言っていい。


 前もってダイワからオーバードについて教えてもらっていて正解だった。


 んなことより、もう半分いなくなってんじゃねえか。

 まだ戦闘開始から一分も経ってねえぞ。


 僅かにではあるが、じわり、と焦りが生じる。

 負けるつもりは殊更無いが、敗北は覚悟しないと駄目か。


 そう思いかけた時だった。


「あーらら、大変なことになっちゃったねえ」


 ——隣から飄々とした男の声が聞こえてきたのは。




————————————

三つ目の仕様は当然ながら評判が悪いです。はい()

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