転移術式、量産して

 ——場所を移して地下一階、研究開発室。

 俺とシラユキからそれぞれ魔閻石と聖翔石を受け取ったひだりは、自身の作業台とエンチャント台を往復して何度もアイテム作成を繰り返し、最後に二つの鉱石を素材にしたアイテムを作成することで作業を完了させた。


「やっっっと……で、き、たーーー!!!」


 今までにない解放感に満ちた大声で叫ぶひだり。

 目の前にあるのは、仄かに光を帯びた白と黒の鉱石で作られたオブジェクトだ。


 黒い鉱石は台座と反発するように真上で浮かび上がり、その周りを白い鉱石が衛星のように回っている。

 一見不安定な反発関係にあるようだが、オブジェクトの台座を手に持って動かしても台座と鉱石の位置関係は一切変化しないと言う不思議な性質を持っていた。


「ひだり、このアイテムは?」

「”聖魔結晶アンチノミークリスタライト”――大気中にある魔力を吸収して聖属性と魔属性に変換して蓄積する装置だよ」

「なるほど。分からん」

「まあ、魔力供給装置みたいなものだと思ってくれればいいよ」


 言って、ひだりはインベントリから羊皮紙を取り出すと、エンチャント台に置いてある聖魔結晶の上にかざす。

 すると、台座の上で浮かぶ二つの鉱石が輝き、生成された光の粒子が羊皮紙へと吸い込まれていく。


「おおっ! ちゃんと動いてる動いてる。これならすぐに必要な魔力量に到達できるはず……!!」


 少し経って光の粒子の吸収が止まり、ひだりがウィンドウを操作すると、エンチャント台に置かれていたペンが独りでに動き出し、真っ新だった羊皮紙に文字やら記号やらが書き込まれた。


「——よし、完成! じゃじゃーん、見てよこれ!」

「……もしかして、これがそうなのか?」

「その通り! テレポートの術式が刻み込まれた使い捨て術巻スクロール! いやー、これがまさかこんな簡単に作れるようになるとは……」


 感慨深そうにひだりはうんうんと何度も頷くと、隣でライトも同調するように頷いてみせた。


 正式名称”単発消費型簡易術式巻物シングルスクロール”——大層な名前をしているが、要は使い捨ての魔導書みたいなアイテムだ。

 長いから使い捨て術巻スクロールなんて表記をされることが多い。


 使い捨て術巻は自身のMPを消費することによって、刻まれていた術式を扱うことができる。


 そして今、刻み込まれた術式というのがテレポート。

 直近で宿泊した宿のある街に瞬間移動ができるアーツスキル——つまるところ、このゲームにおけるファストトラベル機能だった。


 恐らく、以前にビアノスでアルゴナウタエのレイアとHide-Tが使っていたスクロールもこの術式が刻まれたいたと思われる。


「へえ、そんなに希少なアイテムだったのか」

「そうだよ。これ一個作るのにレベル100越えのエネミーがうじゃうじゃいる霊峰をツルハシ片手に走り回って、鉱脈から聖属性と魔属性の魔力が宿った鉱石を幾つも採取しなきゃいけなかったから」

「……マジ?」

「え、レベル100越え……ですか……!?」


 俺だけでなく、シラユキも目を丸くする。


 当然だ。

 このゲーム、確かレベル上限99だったはずだし。


「うん。おかげで何度全滅したことか。ねえ、ライト」

「ああ、そうだな。最初のうちは逃げることすらままならなかったからな」

「え、倒せねえの?」

「あのさ、ナチュラルにぶっ飛んだ発言しないで貰える? 誰もがジンムやモナにゃんみたいに強くはないんだよ」

「別にそんなつもりでは言ってねえんだけど……でも、そうか。アンタら二人でもそう言うくらいには強えのか」


 兄妹喧嘩してた時の動きからして、普通に戦えそうな気がしなくもないけど。


「一応、数体くらいなら倒せなくもないが、一々真面目に戦おうとすればすぐに回復系のアイテムが枯渇して探索どころじゃなくなる。それに他エリアと比べてドン個体がエリア内を徘徊していることが多いから、下手に喧嘩を売ると返り討ちに遭う可能性の方が高い。だから、ドロップアイテムを目的にしない限り戦わないのが賢明だ」

「ふーん、そうなのか」


 まあ、霊峰に行く時点でレベルも上限に達してるだろうしな。

 無理に戦ってまで得られるメリットがそんなにないってことか。


「……霊峰、ね」


 そういや霊峰といえば、Hide-Tがなんか意味深な発言をしてたよな。

 霊峰には前の変異レイドを発生させたプレイヤーがいる的な感じのやつを。

 他にも緋皇とか赤の呪いとか気になるワードも残していたか。


 いつか何かしらのタイミングが合えば行こうかな程度に考えてたけど、もしかして今がその頃合いだったりするか……?

 ライトとひだりが戦いたくないっていうレベルの敵がどんなもんかも気になるし。


「言っておくが、ジンムの今のレベルで霊峰に行くのは勧めないぞ」

「まだ行くとは一言も言ってねえだろ。ちょっとだけ脳裏に過ぎってるけど」

「考えかけてるじゃん。というか、正規ルートで霊峰に行くにはまずフリアニアって街に行かないといけないから、どのみち今のジンムには無理だよ」

「チッ……そうか」


 フリアニアって確か大陸中央部の北側に位置する街だったか。

 クレオーノからそこに行くにはエリアを二つ超えなきゃならないけど、フリアニアに続くエリアの攻略推奨レベルが最上職ものだったのは覚えている。


 何レベ必要かまでは覚えてないけど。


「……って、ん? 正規ルート?」

「あ、やば」

「その言い方だと、別に霊峰に行く方法があるにはあるんだな」

「まあ、そうだけど……はあ、仕方ないか。教えるよ、今のジンムでも霊峰に行ける方法を」


 どうせ後で自分で調べて勝手に行っちゃいそうだし。


 続けて、やれやれとひだりは肩を竦めた。




————————————

単発消費型簡易術式巻物

 使い捨てではあるものの、任意の術を刻み込むことができる巻物。MPを消費するだけで誰でも術系アーツスキルが使える為、近接DPSやソロプレイヤーに重宝されています。

 生産職の道具作成スキルで作成可能です。理論上、全ての術系アーツスキルを使い捨て術巻にすることができますが、術の等位が上がるほどに要求素材が馬鹿みたいに重くなるため、実戦で使われるのはヒールやファイアボールといった下位術が大半です。

 使い捨て術巻に刻む術式を作成者が習得している必要はないです。必要なのは、クラフトレシピと術式を刻む特殊なインク、それとその術式の属性に対応した魔力。転移魔術は聖属性と魔属性の二つを掛け合わせなければならないですが、実は一属性だけで済んだり。


聖魔結晶

 聖翔石と魔閻石の二つを素材にして作られた道具作成の補助アイテム。大気中の魔力を吸収し、聖属性と魔属性に変換して貯蓄する機能を持ちます。

 作成する武器に属性を付与したい時や使い捨て術巻に術式を刻み込む時などで重宝されています。まあ、これを所持しているプレイヤーは一握りしかいないのですが。

 最も重要な素材となる聖翔石と魔閻石は、現大陸の中だと一箇所でしか採取することができず、ドロップ率も極低確率に設定されているため、通常入手はかなり困難です。なので”現状は”、クエスト報酬でくれる人を探した方がまだ入手しやすかったりします。

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