有名人の影響

「あれ。ジンム、どうしたの? そんな生気の抜けたような顔をして」


 ひだりに訊ねられたのは、モナカがログアウトしてから数分後のことだった。


 現実をどう受け止めればいいのか分からないままソファでぼーっとしていたら、ライトと一緒に二階から降りてきていた。


「昨日の夜に上げた動画がバズった。そんでフォロワーとチャンネル登録者数が爆増した」

「え、凄いじゃん! なのに、なんでそんな死んだ顔してるの?」

「衝撃がデカすぎて理解が追いついてねえだけだ」


 まさかモナカが、自分のチャンネルで俺を紹介する、なんて言い出すとは微塵も思ってもなかった。

 まあだからと言って、これ以上チャンネル登録者数も動画の再生数も跳ね上がることはないだろうけど。


「……ところで、ジンムは何の動画を上げたんだ?」

「JINMU RTA 100%カテゴリ」

「うっわ……ヤバ」

「おいそこ、ナチュラルに引いてんじゃねえよ」


 仮にも俺の血と汗と涙に塗れた一年の努力の結晶だぞ。


「だって、つまるとこJINMUの全クリってことでしょ。クリアすることすら難しいのに。普通に頭おかしいでしょ」

「ラスボス含めた全部のボス倒せれば、案外できるもんだぞ」


 追加でやらなきゃいけないことの大半は収集要素だし。


「いやいや、そのボスが倒せないから皆んな詰んでるんでしょうが。というか、通常プレイだとクリアまでにどれくらい時間がかかるものなの?」

「通常プレイだと……平均して二百時間いかないくらいか。まあ、初見での時間だから、攻略記事片手にやればもっと短くなるけど」

「へえ、そんなに時間かかるんだ。……それで、ジンムはその100%を達成するまでどれくらい時間かかったの?」

「十九時間五十八分四十七秒三」


 ………………。

 ………………。


 ……なあ、無言でドン引きするのやめてくれない?


 口をあんぐりと開けて呆然とする二人に、


「ひだりもライトもせめてなんか喋ってくれ」

「……いやまあ、ジンムがぶっ飛んでるのは知ってたつもりだけどさ」

「ああ。ここまでイカれてるとは」


 互いに顔を合わせてから、二人は言う。


「なんかお前ら二人とも言葉に遠慮が無くなってるっつーか、なんか辛辣になってねえか? 傷つくぞ」

「そりゃあ、ねー。凄いも行き過ぎると一周回って不気味にもなるって」

「同感だ。前からジンムのぶっ飛んだプレイヤースキルの高さは理解していたつもりだが……最早ここまでイカれているとは」


 随分な言われようだな、おい。

 はあ……ったく、それを言ったらモナカも似たようなもんだろ。


 嘆息を溢していると、二階からの方から足音が聞こえてくる。

 誰かと思って振り向けば、シラユキが少し慌てた様子で階段を駆け降りて来ていた。


「あっ、シラユキちゃんだ。おはー」

「ひだりさん、おはようございます。ジンくんとライトさんも」

「おう、はよ」

「おはよう、シラユキさん。ところで、どうしたんだ? そんなに慌てて」


 ライトが訊ねると、シラユキは血相を変えて、


「そうだった! 大変だよ、ジンくん! Monica♪さんって凄く有名な人がジンくんが昨日投稿した動画を紹介してるみたいだよ!」

「えーっ!! Monica♪って、名前の最後に音符マークが付いてる超有名配信者のあのMonica♪!!?」

「は、はい。その方のことはよく分からないですけど、名前の最後に♪は付いてました」

「凄いな……国内でも五本の指に入る程のFPSプレイヤーだったよな。それと確かJINMUのRTA走者でもあったはず。そんな人物の目に留まるくらいの事だったのか……」


 まあ、目に留まるというか、元から知ってたっていうか……何ならついさっき動画見たよって本人から報告があったっつーか……。


 ていうか、モナカはいつMonica♪だってカミングアウトするつもりなんだ。

 わざわざクランを結成したって事は、このままこのメンツでやっていくって事だろうし、なのに隠し通すっていうのは無理あるだろうし……。


「……ジンくん?」

「ああ、悪い。ちょっと考え事してた」

「ジンム、なんかえらく落ち着いてるね」

「まあ、そうだな……こうなるだろうなって何となくは読めたからな」

「えっ、ホントに?」

「ああ、最初に俺の動画を拡散したのがヒーローの動画編集担当らしいからな。そうなった以上、他の有名配信者に見つかるのも時間の問題だったってわけだ」


 だとしてもモナカが配信で話題に出すとは思ってもいなかったけど。

 ……なんか、SNSと動画サイト開くのが恐えな。


 ——よし、とりあえず一旦この事は忘れよう。


 今はアルクエの攻略を優先、チャンネルのことであれこれ考えるのは後回しだ。


 頭の中を切り替える。

 それから俺は、インベントリを操作し、


「ま、この話は一旦置いておくとして。ちょっと見て欲しいもんがあるんだけど」


 ライトとひだりに昨日入手したアイテムを見せる。

 魔閻石——マリオスからのクエスト報酬で手に入れた素材アイテムだ。


 途端、二人の目の色が打って変わった。


「——魔閻石……!? ジンム。お前、これをどこで?」

「昨日、ビアノスに戻った時にな。悪樓撃破のクエスト報酬で譲って貰った。俺はこの魔閻石だったけど、シラユキは聖翔石ってアイテムを貰ってる」


 言うと、シラユキもインベントリを操作し、聖翔石を取り出して二人に見せる。


 ライトもひだりもパチクリと頻りに瞬きを繰り返し、何度か顔を見合わせた後、


「——二人とも、でかした」


 ライトがニヤリと口角を釣り上げ、


「これでファストトラベルがグッと楽になるよ!」


 ひだりは親指を立てて、ぱあっと明るく笑ってみせた。




————————————

ヒロインちゃんは主人公の配信しか見てないので、JINMU四天王に関しての知識は皆無です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る