静に沈み、開かれる扉
戦闘が始まって十五分近くが経過した。
シラユキと朧がそれぞれ放つ光の円陣と奔流が異形の亡霊のHPを削り、周囲をチョコが駆け回りながら
その間、俺はこまめに
戦闘開始からずっと何の攻撃も出来ていないにも関わらずタゲ集中を取り続けることが出来ているのは、挑発から憤怒の投錨者に変化した事でヘイト固定の強制力が向上したからだろう。
先に
じゃなきゃ、俺が盾役として機能しなくなってたかもしれない。
異形の亡霊が至近距離から黒い魔力の塊を放ち、足元に魔の空間を作り出す。
魔力の塊は落花瞬衛で防ぎ、作り出された魔の空間はリフレックスステップで退避する。
見た感じ威力は高そうだが、発生までに時間が生まれるおかげで対処はそう難しくなかった。
問題は、上下左右至る所から振るってくる六本の腕だ。
腕はミイラみたいに細いから物理的な攻撃力はあまりないものの、腕に纏う魔力によって威力が底上げされている。
(チッ、思った以上にめんどくせえな、この攻撃……!)
——掠る。
手首をしならせる事で魔力で伸びた腕の軌道が鞭みたくなっていた。
直撃を防ぐのは容易だが、六本全てを完璧に見切るとなると話は変わってくる。
おかげで徐々にカスダメが蓄積していき、残りHPが半分を下回ろうとしていた。
「慣れるまで、もう少し時間がかかるか……!」
そろそろ回復しておきたいが、ポーションを取り出してる余裕は……無えよな。
シラユキに回復してもらう……いや、もっとHPが少なくなってからでいい。
今は攻撃優先だ。
とはいえ、初見のボス相手に低くなったHPを維持し続けるのが得策ではないというのも事実だ。
魔力の塊と魔の空間も対処しなきゃならないし、そうじゃなくてもボスである以上、予想外の一撃を繰り出してくる可能性も考慮しなきゃならねえ。
出来ればHPはなるべく高い状態を維持しておきたいところだ。
けど、回復できたとして、この縦横自在に迫る猛撃を捌き切れないことには話が始まらないのもまた事実。
間抜けな格好になるが、いっそのこと両手盾にして防御してみるか……?
攻撃に参加できないなら剣を持ってても仕方ねえし。
なんて考えが過った時だ。
「——回瘉功」
いつの間にか近くに寄ってきていたチョコが、淡い薄緑の光の球を俺に向けて放ってきた。
久しぶりに見るその光は回復エフェクト。
光が俺に触れた瞬間、四分の一近くHPが回復する。
「……! サンキュー、チョコ!」
「どういたしましてです。危なくなったらまた来ますね」
緊張感の欠片もない口調で言うと、すぐにチョコは後衛へと戻って行った。
治癒術とはまた違った系統の回復アーツもあるんだな……というか、
けど、今は——。
感心半分、異形の亡霊に意識を集中させる。
HPに余裕が生まれたからって気を抜くな。
思い出せ、
——耐久は知らん、んなもん防御と回避で凌ぎきれ。※後半はカット
ギアを上げる。
全神経を注ぎ、必要な情報だけを取り入れる。
泰然自若、心が凪いでいく。
腕の位置、攻撃の軌道、タイミング。
派手な防御も回避もいらない。
リリジャス・レイの巻き込まれにだけ気をつけ、異形の亡霊の動きを見極める。
最小限の足運び、最小限の動作で攻撃が当たる点から逃れ、逸らし、防ぐ。
静かに、確実に。
盾と剣で六本の腕による連続攻撃を捌いていく。
その中で、ふと思う。
……何が攻撃できないなら剣を持ってても仕方ねえ、だ。
どの武器にも言えるが、攻撃するだけが武器の役目じゃねえだろ。
盾が攻撃に転用できるように、剣を防御に転用することだって可能なはずだ。
だからこそパリィなんてスキルが存在してるんだろ。
何、簡単なことが頭から抜け落ちてんだ。
(……まあ、今はパリィ習得してねえけど)
剣での受け流し、受け止めを意識する。
次第にカスダメを喰らう頻度が少しずつ、着実に減っていく。
そして、チョコが二度目の回復を施してくれた時には、被弾はほぼほぼゼロとなっていた。
——変化は、そこで訪れた。
ノーダメで対処できるようになったからか、更に異形の亡霊の攻撃がよく見えるようになった。
いや、それだけじゃない。
周りの様子もよく見える。
シラユキと朧が術を発動するタイミングも、チョコが発生したエネミーをすぐに討伐にかかる様子も、手に取るように分かる。
なんていうか、空間そのものがゆっくりと動いているような感覚だった。
(——なんだ、これ……?)
初めて得る感覚に内心、戸惑う。
アーツによる効果でもなければ、ステータスの恩恵でもない。
俺自身に何かが起きている。
今なら、一フレ技を百発百中で決められる確信めいたものがあった。
もしかして……これが
気づく。
なんでこんなタイミングでって疑問はあるが、攻撃を凌げるなら何でもいい。
——足元に黒いエフェクトが発生する。
魔空間が作り出される。
さっきまではリフレックスステップで回避していたが、素のステップだけで攻撃の範囲外へと逃れる。
反応速度が上がったことが、それを可能としていた。
そして、リフレックスステップを温存したことが功を奏す。
浄陣・燦華の光が異形の亡霊を灼いた直後、奴を中心にして巨大な魔空間が生成される。
若干、身体が異形の亡霊へと引っ張られ、思うように足を動かせなかったが、リフレックスステップを発動させることで無理矢理後方へ跳躍し、どうにか回避を成功させた。
「ギリセーフ……って、ところか」
異形の亡霊を見据える。
今の攻撃がトリガーとなっていたのか、纏っていたローブが取り払われ、隠れていた全貌が明らかとなる。
「——ハッ、なんだよ。正真正銘の化け物じゃねえか」
露わになったのは、三対に黄色く光る両眼と大口。
こいつに頭部が存在しなかったのは、胴体そのものが顔面となっていたからだ。
ま、今はそんなことどうでもいいか。
大事なのは、奴の行動に変化が起きたのかそうではないのか。
姿を変えたってことは、発狂モードに入ったと見るべきだが……どう出る?
ひとまず異形の亡霊の出方を窺う。
すると、案の定と言うべきか、異形の亡霊は左右それぞれの腕をぴったりとくっつかせ、全体に魔力を纏わせると、枯れ木のように細かった三本の腕は、丸太のように太く強靭なものへと変貌を遂げた。
なるほど……手数を減らして、一撃の強さに重きを置いたか。
けど、それじゃあ逆に戦いやすくなるだけだ。
「来いよ、もっと遊んでやるからよ」
再度、憤怒の投錨者を発動——異形の亡霊のヘイトを俺に向けたところで、朧のリリジャス・レイが放たれる。
しかし、光の奔流が異形の亡霊に触れた瞬間、術自体が
一瞬、何が起こったのか理解が追いつかなかった。
状況を把握したのは、数瞬遅れてのことだった。
「マジかよ、ふざけてやがんな……!」
堪らず毒づく。
発狂モードに入ったことによって、異形の亡霊には術攻撃無効が付与されていた。
————————————
物理無効+術式無効=クソ。
簡単な方とめんどい方それぞれで対処法はちゃんとあります。
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