約束を果たしに
配信を終えた後、親父にクソゲー——もといHope of Dawnを返してからしばらくして。
アルクエの世界に降り立った俺は、シラユキと共に新しい街を散策……ではなく、ビアノスを訪れていた。
「——しかしまあ、悪樓がいなくなったら、すっかり雰囲気が元通りになったな」
「そうだね。街の人も、他のプレイヤーもずっとピリピリしてたもんね」
プレイヤーがピリついてたのは、悪樓っていうより『アルゴナウタエ』の方が原因のような気がするが、まあ平常運転に戻ったことには変わりないしいいか。
それはそうと、なんで俺らがわざわざビアノスに来ているか。
理由は昨日の決戦前に交わした約束にある。
「確か、ここら辺だったか……」
大通りを外れ、狭い路地裏を抜けると、小さな広場に行き着く。
そこには、昨日出会った三人の少年少女の姿があった。
声をかけるより先に、少年の一人——ライアンが俺らの存在に気がつくと、大きく手を振りながらこちらに駆け寄って来た。
「あっ! シラユキおねえさんにジンおにいさん!」
「こんにちは、今日も皆んなで遊んでたんだ」
「うん、そうだよ!」
ライアンはにぃっと笑顔を浮かべて元気に答える。
昨日の不安そうな様子から一転しており、声色も大分明るくなっている。
他の二人も俺たちの存在に気づくや否や、すぐさまこっちに駆け寄って来る。
この様子からして、悪樓がいなくなったことは子供たちの耳にも入ってそうだな。
「ねえ、聞いてよ! けいこくのかいぶつがいなくなったんだ! もしかして、おねえさんたちがやっつけてくれたの!?」
「うん。私とジンくんとここにはいないけど、すごく頼りになる仲間の人たちと皆んなで力を合わせて一緒に倒してきたよ。だからもう怪物に怯えなくても大丈夫だよ」
「わぁ……! すごい、すごいすごい! ありがとうおねえさん、おにいさん!」
少女がキラキラと目を輝かせながら感謝を口にすると、ライアンと冒険者志望の男の子も口々に「ありがとう」と続けた。
「どういたしまして」
くすりと笑いながら言って、シラユキは人差し指を口元に当てる。
「でも、私たちが倒したってことは、他に人たちには内緒にしていて欲しいな」
「……どうして? せっかく、かいぶつをやっつけたのに」
「えっとね……ジンくん、たくさんの人に注目されるのが苦手なんだ。だから、この事は私たちと君たちだけの秘密にしてくれないかな?」
……おい、今サラッと俺をダシにしたな。
いやまあ、全然構わないんだけど。
多分、俺らが倒したってことがNPC経由で他プレイヤーにバレることを危惧してのことだろうし。
「うーん……よくわからないけど、いいよ! おねえさんがそういうんだったらやくそくしてあげる」
「ありがとう」
「……あ。でも、おとうさんにはおしえてあげてほしいな。おとうさん、だれがかいぶつをやっつけてくれたのか、ずっときにしてたみたいだから」
「勿論、そのつもりだよ。それでね、その事で君に一つお願いしたいことがあって来たんだ——」
俺たちが子供たちの元を訪れたのは、悪樓撃破を報告するためでもあるが、町長マリオスがどこに居るかを教えてもらうためでもあった。
「——ここがお父さんがおしごとしてるところだよ!」
という訳で、ライアンに案内でやって来たのは、街の中心部に建てられた小さな館だ。
まあ、小さいつってもそこらの民家よりは普通にデカいんだけどな。
守衛に話を通し、建物の中へ案内されたところでライアンとは別れ、応接室らしきところで少し待っていると、ライアンとよく似た顔立ちの男――マリオスが二つの小箱を抱え、部屋の中に入ってきた。
「やあ、君達か。待たせてしまってすまないね」
「そうでもないさ。こっちこそ悪いな、仕事中だってのに押しかけて来ちまって」
「気にしないでくれ。それよりも話というのは……竜魚のことかい?」
「察しがいいな、その通りだ。約束通りぶっ倒してきた。証拠って訳でもないが、一応これが奴の素材だ」
マリオスが目の前のソファに座ったところで、インベントリから悪樓のドロップアイテムを幾つか取り出し、それらをテーブルの上にに並べる。
途端、マリオスは大きく目を見張ると、
「……失礼、触ってみても?」
「ああ、好きにしてくれ」
それから黒竜魚の鱗と黒竜魚の甲殻を手に取ってじっくりと観察すると、「ありがとう、もう結構だ」とテーブルの上にゆっくりと戻した。
「納得してくれたか?」
「勿論だ。確かにこれは渓谷にいた竜魚のもので間違いない。……まさか、本当に君達が倒してくれたとはな。何をどう感謝すれば良いのやら」
「別に何もいらねえよ。怪物を倒したのは、あくまで俺らにとっても邪魔だったからな訳だし。こうして報告しに来たのも、昨日あんたに奴をぶっ倒すって宣言したからってだけだからな」
「そうか……はは、全く君は義理堅いな。だが、この街を治める町長として何もしない訳にはいかないのでね。君達にはせめてもの礼としてこれを受け取って欲しい」
言ってマリオスは、持っていた二つの小箱をスッと差し出し、蓋を外す。
それぞれ中に入っていたのは、新雪のように真っ白な鉱石と、暗闇をも飲み込んでしまいそうな程に真っ黒な鉱石だった。
「これは……?」
「”
「いや、いいって。礼が欲しくて来たんじゃねえんだから」
「いいや、是が非でもこれは受け取ってもらう。街を救ってくれた大恩人に何も報いることが出来ないなど末代の恥だ」
「流石にそれは大袈裟だろ……」
このままだと押し問答になる気がするから、もう貰っちまうか。
そういや今更になって思い出したけど、クエストでもあるんだし。
……とはいえ、はい分かりました、ってあっさり受け取るのもなんか釈然としないんだよな。
なんかいい落とし所ねえか……あ、そうだ。
「――分かった。その代わり、あんたに頼みがある」
「ん、なんだ?」
「怪物を倒したのが俺らだってことは、あんたの胸の内だけに秘めてくれ。息子以外に他言無用……それで手を打とう」
「それでは君達にあまりメリットがないような気がするが……だがまあ、分かった。この事は決して他言しないと約束しよう」
交渉成立。
アイテムの所有権がマリオスから俺に移り、[魔閻石を入手しました]のポップアップが表示される。
シラユキ側でもポップアップが出てきていたところを見るに、もう片方の聖翔石はシラユキに渡ったのだろう。
ポップアップを閉じてから、テーブルの上に置かれた魔閻石と悪樓の素材をインベントリに収納する。
それから立ち上がりなら、
「——さてと。それじゃあ、用件も済んだことだし、俺らはここらで帰らせてもらうとするよ」
「もういいのか? 折角来てくれたんだ、もう少しゆっくりして行っても……」
「あんまり長居するのも悪いしな。鉱石、ありがとな。行こうぜ、シラユキ」
「……う、うん!」
遅れてシラユキも立ち上がろうとした時だ。
マリオスはハッと何かに気づいたようで、少し狼狽した様子でシラユキに視線を向けた。
「あの、どうかしました……?」
「——おっと、これは失礼した。街を救ってくれた恩人の一人が君だったことに驚きを隠せなくてな。まさかアトロポシアだけでなく、ビアノスにまで手を差し伸べてくれるとは。改めて礼を言わせてほしい。ありがとう――
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聖翔石
聖属性の魔力が一点に凝縮し、鉱石と化したもの。
特殊な環境下でしか生成されない。
魔閻石
魔属性の魔力が一点に凝縮し、鉱石と化したもの。
特殊な環境下でしか生成されない。
ガチで貴重なアイテムです。どれくらい貴重かと言うと、左右兄妹ですら一度も入手したことがないくらい貴重です。
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