NPCの裏事情

「――私を助けてくれただけじゃなく、荷物まで取り返してくれたことは心から感謝している。だが、お前さん……相当無茶な戦い方をするのだな」


 もう一度崖を駆け上がり、ドン・ヴァルチャーの巣から回収した荷物をハンスに手渡すと、若干――いや、がっつり顔を引き攣らせながら苦笑を浮かべられた。


 おい、と突っ込みたいところではあったが、今回はガチでワンチャンを通しに行く作戦だったから強くは言えず、喉元でぐっと飲み込む。


「……状況が状況だったからな。ここにいるのが俺一人だったら、石槍がなくなった時点で大人しく撤退してたよ。一番重要なのは、無事にあんたをビアノスに送り届けなきゃならないからな」


 さっきの賭けは、前提としてシラユキが一緒にいてくれたからできたことだ。

 もしソロでこのクエストを受注していたら、生存優先の立ち回りにシフトせざるを得なかった。


 リスポーンして戻ってきたら、もう既にエネミーに倒されてしまいました……みたいな結果に終わったら散々だしな。

 その結果どうなるかっていうのは気になるところではあるけど、まあロクなことにはならないだろうから、リトライできる確証がない限りは試したくはないな。


「……そうだな。正直なところ、私一人では街に帰るまでに魔物に襲われて命を落としていただろう。ヴァルチャーに襲われた時に魔除けの聖水も全て使い切ってしまったからな」


 自嘲気味にハンスは言うと、空になった瓶を何本か取り出して見せた。


 ――へえ、こういう設定もちゃんと練られてるんだな。


 一部の例外を除き、大抵のNPCは戦闘能力を持ち合わせていない。

 そんな彼らがエネミーがうじゃうじゃといるフィールドとエリアを通って街を移動するとなると、当然何かしらの対策が必要となるはずだ。


 つっても、実際に歩いて移動するわけではないんだろうけど。

 街と街を移動する時は、座標を弄ってあたかも移動しましたみたいな演出にしていて、今回みたく特定のフラグが立っている時だけ、特定の座標にスポーンさせているのかもしれない。


 そうじゃなきゃ、街を往来するNPCを一度も見かけていない説明がつかないし、エリアボスはどう対処してんの、って疑問も残る。

 メタ的な考えではあるけど、これが一番納得がいく。


「……ま、俺もあんたもどうにか結果オーライで済んだんだ。細かいことは気にせずさっさとビアノスに戻ろうぜ。あんたの奥さんが、あんたの帰りを待ち侘びているだろうしさ」

「あ、ああ……!」


 ハンスを見つけ出すこと、荷物を取り返すこと。

 どちらの目的も達成した以上、もうここに長居する理由もない。


 クエストの達成報告の為にも、女主人が待つ武具屋に戻ることにした。






 帰り道は特段何事も起きることなくビアノスに到着し、武具屋の中に入ると、ハンスの存在に気づいた女主人――もといアイシャの瞳がパッと見開いた。


「――あなた! 良かった、無事だったのね……!」

「ああ、この二人の探索者のおかげでな。帰りが遅くなって済まなかった」

「もう……本当、心配したんだから……!」


 アイシャは涙ぐみながらカウンターからこちらに駆け寄り、勢いよくハンスの胸元に身体を預けると、二人は互いの名前を呼び合い自分たちの世界に入ってしまう。


(……え、何、この状況?)


 いやまあ、これが感動の再会だってことは理解しているつもりだ。

 下手すりゃ今生の別れになっていかもしれないんだし。


 だけど……完全に俺たちの存在が眼中から抜け落ちているよな、これ。


 NPCにも個々人の背景があるのはもう既に分かっていたことだが、プレイヤーを置いてけぼりにするほどに強い感情を持つものなのか。

 まあ、だからこそよりリアル感が増すんだろうけど……これを目の前でまざまざと見せつけられる俺たちは、これにどう反応すればいいんだよ。


「なあ、どうするよこの状況……って、シラユキ?」

「――ん、何?」

「あのさ……もしかしなくても、貰い泣きしてる?」


 こちらを振り向いたシラユキの瞳は潤んでいた。

 目尻には、今にも溢れ出しそうなほどの大粒の涙も溜まっている。


 俺の問いかけにシラユキは、こくこくと何度も頷いて口を開く。


「私、こういうのに弱くて……だって、ハンスさんも凄くアイシャさんに会いたがっていたから」

「あー……確かに。帰る時、ずっと奥さんの話してたもんな」

「うん、だから……無事に再会できて、本当に良かった」


 街に戻るまでの道中、ちょこちょこ世間話をしていたのだが、ハンスの話す内容の大半がアイシャへの惚気話だった。

 まさか超がつくほどの愛妻家だったとはな。


 俺は話半分に聞き流していたけど、そういやシラユキは熱心に聞いてたな。


 こういう風に感情移入ができるかとか、人柄の差が好感度の高さに直結するんだろうな。

 シラユキを見ていて切にそう思う。


 NPCからの好感度が色々と影響を及ぼすこのゲームにおいて、人柄の良さというのは間違いなく一種のプレイヤースキルであり、大きな武器となる。

 だからこそシラユキは、あんな特殊な称号を手に入れたわけであって、ロールプレイという面では間違いなく俺よりも一歩先を進んでいるだろう。


「はあ……仕方ねえ。少し落ち着くまで待つか」


 俺としてはさっさと話を進めたいというのが本音だが、二人の間に割り込んで水を差すような野暮な真似をするわけにもいかない。

 まずは二人の様子が落ち着くのを気長に待ちながら、今後の予定を考えることにした。




————————————

ジンムの推察は概ね合っています。

NPCが街から街に移動する際の仕様がどうなっているかというと、まず街の外に出た時点でそのNPCの姿は消え、次に出現する座標に情報が保存されます。

街から街に移動する際は、指定した座標に出現させるトリガーは基本、時間経過となっています。じゃあ、クエスト等によって街以外のエリアに出現させる場合に関してですが、街を出発した時にNPCの情報を指定した座標に保存させるまでは一緒です。ただし、出現条件はイベントの進行度に変わっています。

ハンスを例にすると、出現タイミングはクエスト開始時点となっています。それから一定の時間内に合流できるかできないかで彼の運命が変わります。この際、クエストを受注したプレイヤーと合流するまでは、クエストを受注していないプレイヤーからは視認できない仕様になっているので、移動中に通りがかった他のプレイヤーに助けられたり、何か被害に遭ったりするなんて事は発生しません。

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