駆けるは断崖、賭けるは一手

「――とまあ、こんな感じだけどいけそうか?」

「ちょっとだけ不安だけど……うん、やってみる」

「ありがとう。じゃあ……頼んだぞ」


 最後に一声かけてから俺はすぐさま前線に戻り、また空中を飛び始めたドン・ヴァルチャーと対峙する。

 相変わらず上空に居座られたままだが、また巣に攻撃されることを警戒してかさっきより高度は下がっていた。


 作戦その一、まずは待機。

 こっちからアクションは一切起こさないず、さっき発動した挑発の効果が切れるまで奴の行動を窺うだけだ。


 さて、どうなることか……こればかりは試してみないと分からないな。


 自分で言うのもなんだけど、シラユキには随分と無茶な頼みをしてしまったと思う。

 ……いや、いずれはやってもらおうと考えていたことではあったのだが、まさかそのタイミングが今になってしまうとは思いもしなかった。


 それでも、こうするしか他に手立てがないというのも事実だった。


 そして、のらりくらりと時間が過ぎるのを待ち、挑発による俺へのタゲ集中が無くなった瞬間、俺はシラユキに声を張り上げて合図を出す。


「――シフト!」

「了解! エナジーショット!!」


 直後、シラユキが待機させておいた術式を発動させる。

 長杖の先端から放たれた光弾がドン・ヴァルチャーに命中すると、ドン・ヴァルチャーの視線はシラユキへと向けられる。


「走れ!!」


 それから俺が叫ぶのと、シラユキが地面を駆け出すのと、ドン・ヴァルチャーが鎌鼬の発動モーションに入ったのは、ほぼ同時のことだった。


 これが作戦その二、ヘイトの切り替えだ。

 今までは俺が一手にヘイトを集めるように仕向け、シラユキが後方の安全圏から援護する形を取ってきたが、これはその逆――俺が大人しくなることで必然的にシラユキにヘイトを誘導させる。


 前衛が後衛のヘイトを集めるには、余程脅威を感じさせるような動きをするか挑発といったスキルがなければ難しいが、後衛が前衛のヘイトを取るのはそう難しいことではない。

 術アーツは発動すると自然とヘイトが向けられやすくなってるみたいだからな。


 無論、タンクが後衛に攻撃がいくような真似をすれば、怠慢によるただの役割放棄でしかないし、パーティー崩壊の危機にも繋がるだろう。


 だがそもそも俺は別にタンクというわけではない。

 というか寧ろゴリゴリの前衛DPSだ。


 ……盾使いが攻撃って言うのは、なんか矛盾感に溢れてる気もしなくもないが、それは一旦置いておくとしよう。


 勿論、これがかなりのリスクを孕んでいることは重々承知している。

 耐久と素早さが低くなりがちな後衛にわざと攻撃を通さなねばならず、ましてやまだ防御や回避といった行動に慣れていないシラユキに、ドン・ヴァルチャーの攻撃を凌いでもらわなければならないのだから。


 例えやることが同じでも、俺とシラユキではかかる負担が大きく違う。


 一応、鎌鼬や他の攻撃の予備動作は伝えておいたが、それで回避できるかは怪しいところだ。


 でも、こればかりは凌ぎ切ってくれるとシラユキを信じるしかない。

 これがドン・ヴァルチャーを倒すのに必要な一手になると考えたからこそ、シラユキに無茶な要求をしたのだから。


 ドン・ヴァルチャーが放つ鎌鼬をシラユキは、必死に走り回ることでどうにか回避しながら術式の発動待機に入る。


 移動しながらでも術式は行使は可能とのことだが、普通に術を発動よりも術式の構築速度がかなり遅くなる上にカスダメで構築が途切れてしまうという、なんとも面倒な仕様になっているらしい。


 昨日の数時間に渡る基礎訓練とクァール教官との戦闘を経たことで、確実にシラユキの術式の構築スキルは向上している。

 しかし、昨日の今日で劇的に変わるレベルかというとそうではない。


 もし滞ることなく上手く発動待機まで持っていけたとしても、それまでにはかなりの時間を要するだろう。


「やられるなよ、シラユキ……」


 胸の内から込み上げてくる歯痒さに堪えつつ、祈る思いで俺は小さく呟く。


 今の俺にできることはただ一つ。

 常にドン・ヴァルチャーの死角にいるように位置取りをしながら、シラユキがエナジーショットを発動可能な状態にまで持っていくことを見守るだけだ。


 サッカーで敵に攻め込まれている中、DF陣がボールを奪取してくれることを信じ、いつでもカウンターを仕掛けられるよう準備をするFWのように、俺は静かに雌伏して攻勢に転じるその瞬間に備える。


 反応速度も予測もまだまだ甘く、危なっかしさはあるものの、シラユキは被弾することなく術式の構築を進めていき、それにしたがって俺の緊張も跳ね上がっていく。


 ここまでシラユキにはリスクを背負ってもらったんだ。

 なのに最後に俺がやらかすとかは絶対有り得ねえからな。


 そう自分に言い聞かせ、石槍を強く握り締めながら術式の構築が終わるのを待ちわびていると、ついにシラユキの足元に渦巻く光が強まった。

 ――ナイス!!


 鎌鼬が飛んでくるまでにまだ猶予はある。

 最高のタイミングで出された発動可能の合図に、俺は迷うことなく即座に行動を起こした。


「作戦その三、やるぞ!」


 まず手始めに最後の石槍をドン・ヴァルチャーの巣へと投げ放つ。

 これで奴の意識を巣に向けさせるのと同時に、作戦その三を開始することを伝える意味合いも兼ねている。


 石槍が俺の手から離れると同時に俺は、崖側から離れて助走距離を確保する。

 崖を蹴る感覚は壁ジャンで掴めているから、問題なくやれるはずだ。


 石槍が巣に突き刺さると、畳み掛けるようにシラユキが術式を発動させた。


「……エナジーショット!!」


 シラユキの狙いも奴の巣だ。

 先に石槍を投げてわざと意識を傾けさせたのは、奴が巣を守ろうとするのを誘発させる為であり、案の定ドン・ヴァルチャーは上空から巣に向かって移動を始めていた。


「――待ってたぞ、この瞬間をよおっ!!!」


 刹那――既に走り出していた俺は、回り込むようにして崖を駆け上がり、一気に奴の巣まで距離を詰める。

 そして、シラユキが放った光弾が巣に着弾しようとしたタイミングで、ようやくドン・ヴァルチャーを射程圏内に捉えた。


 ――これが三つ目の作戦、巣に誘き寄せて直接ぶん殴る。

 二つ目の作戦は、これを実行するための布石であり、ワンチャンに託した賭けではあったが、どうやら上手くハマったようだ。


「よう、いつまで経っても降りてこないから、迎えに来てやったぜ」


 俺の呼びかけにドン・ヴァルチャーは驚いたような様子を見せるが、既に防御体勢に入ってしまったからか、全く動く素振りがない。

 ……いや、身動きが取れなくなっていると言った方が正しいか。


 まあ、どっちでもいいや。

 そんなことよりも――


「そんじゃ、一緒に下まで落ちてもらうぞ。つーか、落ちろオラァアアア!!!」


 最後に壁ジャンでドン・ヴァルチャーに飛びかかり、俺は渾身のバリアーナックルを奴の顔面に打ち込むのだった。




————————————

普通、プレイヤースキルだけで壁走りとか無理ゲーです。

ジンムが壁走りをできるのは、JINMUany%でそり立つ壁を駆け上がることでショートカットできるルートがあった為です。

つまりany%のランカーたちは・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る