第26話・新たな騎士

もしそれが葵だとすれば、私は葵とも戦わなければならないことになるんじゃ……そんなこと信じられるはずない。 だって葵は親友で……




『では、その葵に事情を話して、君の騎士として働いてもらえばどうだ。 拒絶されれば葵がすでにナイトである可能性がかなり高くなり、真相に一歩近づく』




 確かにそれはより確実な選択といえるかも知れない。


 もし、相手の正体が分かればこちらとしても戦略を立てやすい。


 私は葵がナイトではないと信じている。




 だがもし葵がイグニスのナイトだった場合――私はどうすればいいのか?


 私に葵と戦えというのか? それはできない。 いや、したくない。




 だけど、もし、絶対の信頼があれど、もしもの可能性を否定し切れていない自身がいる。  拒絶された場合―――つまり、葵がイグニスのエインフェリアだった時のことを考えると言いようのない嫌な感じがする。 葵に全てをはなし、私のナイトになることを了承させる。




 もし、それが聞き入れなければ、事態は最悪の展開へと落ちていく。


 恐怖が先立ってとても聞いてみる気にはなれなかった。




『でも、坂崎にはもうほとんどバレちゃってるわけだし、試してみてもほとんどデメリットはないよね?』




『まあ、確かにその通りだが、先程言った通りコロコロ騎士を変えるのは感心しないぞ』




 私は葵に頼むのが怖かったので、安易な選択に走ることにした。 そうよ、私はヘタレよ笑いたければ、笑いなさい。




『君に持ち歩くように言っておいた。 ヴァルキリアシステム一式があるだろう。


 あの中からマイクロSDカードとソフト、 それぞれを対象者の携帯電話およびパソコンにインストールしてソフトを起動すればいい、さすれば一時的であれ相手はナイトとして選定される』




 シルフとの話が終わると、再び坂崎の部屋へと戻る。




「三奈坂さん、やっと考え事は終わったんですか?」




「あ、ずっと待っててくれたの、案外気が利くのね、あんた」




「いや、話しかけたら、黙っててってすごい剣幕で言ったの三奈坂さんですよ」




 えっ、私そんなこと言ったっけ? すごい剣幕って、人間の無意識とは意外に怖いものね。




 『私も聞いていたが……、確かにすごい剣幕だったぞ』


 あんたのせいでしょうが、シルフに心の中だけで毒づく。




「で、坂崎ちょっと相談があるんだけど、これアンタのパソコンとスマホにインストールしてくれない?」




 普段はしない、微笑を浮かべて頼んでみる。 坂崎のやつは明らかに不審げな顔をしてソフトをのぞき込んでいる。 私が笑うのがそんなに怖いか、不自然か。




「ヴァルキリアシステム……? ゲームですか? 聞いたことないですね」




「まあ、まあ。 すごく面白いのよそのゲーム、騙されたと思って一回やってみて」




 私が態度の変化があまりに不自然だったのか、坂崎の顔が明らかにコンピュータウイルスを警戒しているときのそれになる。




 憧れの対象である私からの贈り物なんだから、もう少し喜んで見せてもいいんじゃないの?


 そんなにウィルスが怖いのか。 今更そんな小賢しい嫌がらせなんてしないわよ。




 あ、ものすごいクソゲーっていう線もあったか。




「それにしても何でパソコンソフトで遊ぶのに、スマフォにSDカード挿さないととダメなんですか? 意味不明すぎますよ、大体ア〇フォン使用者はどうするんですか?」




「細かいことは気にしない。


 まあ、やってみればわかるって、男ならグダグダ言うな!


 私の言うことなら何だって聞くんじゃなかったの!?」




 「ああそれと起動するときはこの部屋を思い浮かべておいてね。 間違っても他のこと考えちゃだめよ」




 「本当にわけが分からないですね。 もういいですけど……」




 何とかインストール終了、坂崎がヴァルキリアシステムのアイコンをクリック――同時に私も頭の中でヴァーチャル・ソサイエティへのログインをイメージする。




 頭の中で思い浮かべるだけでも、仮想都市へダイブすることは可能らしい。


 意識が混濁し、視界がデジタル信号で埋め尽くされていく。 よし、うまくいった。




 体から力が抜けるのを感じながら、意識が薄れていく。 私の肉体から魂だけが乖離し、デジタルの波へと変換される。


 周囲の建物も0と1とが記述するソースコードに塗りつぶされていく。


 ここはすでに坂崎邸であって坂崎邸でない。




 意識が目覚めるのは先程までと寸分狂いのない和室、言うまでもなく坂崎の部屋だ。


 先程までとは違い私の髪の毛が緑に染まり房が一本増えている。 それ以外は何も変わらない。


 起動しているPCもさっきの学校裏掲示板を表示したままだ。


 私の目の前には先ほどまでとは何の変化もない坂崎が立っている。

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