第12話・クラスメイトと疑惑

 さて、結局たいしたことはわからなかった。 イグニスの声質までは正確に覚えていない


 あの雰囲気に合わせるって辛いんだからねっ! 分かるでしょ、庶民の気持ち。


 ああいうのを相手にしていると、なんだか理由もなくひがみったらしくなってくるから困る。


 さてと、次の獲物はっと。




『ねえシルフ、まさか相手が男だって言う可能性オチって無いの?』




『確かにヴァルキリアシステムは、名称の由来こそ北欧神話の女神だが男性にも適応可能だ。


 しかし、イグニスは間違いなく女性だったとは思うがね』




『でも、ヴァルキリーの姿って願望が関係あるのよね? 相手がいわゆるオ○マだったら』




『それでも声で分かるだろう? それとも君の知り合いには声がまるで女性な男でもいるのかね?』




『いるのよねえ、それが』




 そこまで聞いたところで教室の一点に目を向ける。


 そこには中性的な美少年が熱心に少女文庫を読んでいる。


 そのたたずまい合格ですよ。 こんなかわいい子が男の娘なわけがない。




 確か声も中性的だと記憶している。


 彼はクラスでは孤立しているため、つかみ所のない男子だ。




 試しに声でもかけてみようか、うーん? でもなあ、男の子相手はなあ。


 あれ、男の娘だっけか?




 とりとめのない妄想に浸り始めた私をシルフィードがたしなめる。




『それは単なる君の妄想だろう』




『わかってるって、だから調べてやろうっていってんじゃないの。戦略的調査よ』




 自慢じゃないが、私はほとんど男子としゃべったことがない。




 普段男子としゃべらない私がいきなり話しかけたりしたら、確実に妙な噂が立ってしまうだろう。 それだけは避けたい。




「何、七瀬、坂崎なんか見つめて、もしかして惚れたの?」




「なっ、葵、何言ってるのよ。 べっ 別にそんなんじゃないわよっ!


 変な誤解しないでちょうだい! よりにもよって坂崎なんて選ばないわよ!」




 多少どもってしまっているのはいきなり話しかけられて驚いたからであり、


 そういうわけでは決してない。




「必死に否定しているところが怪しい……わね」




「だから違うっていってるでしょ、そう言うんじゃないのよ、ちょっと気になることがあってね」




 いきなり出てきた上にこの爆弾発言、私の心拍数を一気に上昇させたこの女は悪友――


 高たか橋はし葵あおい、同属性の親友である。


 だが、私よりもかわいいしモテる。




 はつらつとした血色のいい肌、ほどよい癖っ毛にほどよい長さの天然の茶髪で染め上げて、朝日が、活発そうなくりりとした大きな二重に反射して、ボーイッシュな魅力をあらん限りに振りまいている親友、しかもかわいい。




 私が男だったら、たぶん放っておかない。


 そして、先程の男子生徒は男女の異名、いや、男の娘だったっけ、を持つ坂さか崎ざき令れい。




 しつこいようだが、彼に対しては、恋愛感情などこれっぽっちもありはしない。


 あまりに予想外の展開に取り乱しただけだ。




「やだ、葵ったらホントにそんなんじゃないんだってば~」




「じゃあ、実際のとこなんで坂崎の方なんか見つめてたのよ? 坂崎は確かに顔はいいけど止めた方がいいと思うな。 なんといってもいいのは顔だけだし」




 酷い言いぐさである、顔が良ければそれでよしという女の子も、それなりにいるだろうに。




「だから、そんなんじゃないんだってば」


 結構しつこいな葵も……しかし、世の女子高生の話題というのはこんなのもで、


むきになって否定するほど、どつぼにはまるような気がするのでこれ以上反論しない。




「まあ、どう取るかは勝手だけど、坂崎っていっつもちょっと浮いてるよね。


 パソコンが趣味だとか聞いたことない? それは別にいいけどさ、明らかにオタクだし」




「それをいったら私だってオタクですが」




「まあ、それはそれよ。 でも、やっぱり、興味あるんじゃん。 顔は美形なわけだし。


 でも あいつは同性愛者だって言う噂があるから、本気で止めといた方がいいよ」




「ずいぶんと物騒な噂があるものね、全国の中性的美男子に謝れ」




 とまあ、弁解したりもするけど、本音を言えば私も大差ない印象を持っている。




「それはともかく、あいつに関する噂とか知ってたら教えてほしいんだけど」




「うーん、オタクだって話はよく聞くけどねえ。 パソコンには相当詳しいらしいよ、自作ゲームとかも作ってるって聞いたことあるし……後は女装癖とかあるらしい」




「証拠画像プリーズ」




「あるわけないでしょ」




「噂よ噂、当てにならないソースよ」




「そういえば、七瀬もオタクだよね。 もしかしてその手の話で相談があるとか?」




「別にそう言うんじゃないんだけど…… じゃあ、瀬川さんとか、どう?」




「あの人は見ての通りじゃないの? 悪い噂も聞かないしパソコンがどうたらなんて聞いたこともないわよ。 なに、あんたも瀬川崇拝に目覚めたの?」




 私も色々と妙な嫌疑をかけられはじめたが、これも調査のため仕方がない。


 私の親友、彼女は生粋の噂好きである。


 こういう状況に一人は必要な情報収集役なのだ。




 こういうタイプは進展がなければすぐ忘れるので無視するのが正しい。 人の噂も七十五日、興味の対象が移動するのも早いのだ。




 それ以上に、今はこの噂好きから、どれだけの情報を引き出すことができるかが問題だ。




「じゃあ最後に、葵は昨日は何してたの?」




「えっ、あんたがなんか大事な用事あるって言うから、別の友達とカラオケ行ってたよ。


 なに? 本命は実は私だったの、もしかして貞操の危機!?」




 大事な用事とはゲーム大会である。




「なに馬鹿なことをいってんの。 それよりそれなんか証拠とかある?」




「証拠って、カラオケ行った証拠なんてすぐに出せたら逆に怪しくない?


 レシートくれない店もあるしさ。




 今度は何があったの?


 毎度のことだけどいちいち物語りの影響受けるの止めなって。




 確かに、瀬川も、坂崎もなんかミステリーって感じだけど? そういえば坂崎のヤツなら昨日帰りにみたような、いかにも秋葉帰りみたいで、ネットカフェから出てきたよ」




「ヤツはネットカフェ難民なのか?」




「そのボケはどうかと思うよ、それよりも周りをきょろきょろしてなんか怪しそうだったわね臭うわ、犯罪の臭いよ、スクープが私を呼んでいる」




「へえ、そうなんだ。 色々ありがとう。 実は今、ちょっとミステリー小説はまってて、私も書いてみようかと思っててね、くだらないこと聞いてごめんね」




「ミステリー小説? また妙なものを。 いいよ、いいよ、噂が聞きたいならさ、いくらでもこの葵様を頼りにしなさいな」




「うん、じゃあその時がきたらよろしく、できあがったら原稿見せるね」




 永遠にできあがらない原稿を、まっているがいい、ケケケ




 いい情報? も聞けたし、葵が妙な誤解をしてくれたので、それに便乗することにした。


 いろいろ聞いたことを、噂話のネタにされるのは嫌なのでちょうどいい。




「それで昨日遊ばなかったんだから、今日はどっかいかない? 特別におごるよ?」




「え、いいの。 じゃあ、お言葉に甘えて、どこ行く?」




 放課後、私は葵とファミレスへ行き、色々とおごってもらったのでした。




「今日は楽しかったよ。 じゃあ、また明日~」


「ん、じゃあまたね」




 血のような赤い夕暮れに染まる街を背景に、別れる二人の少女――手を振って歩き出す少女の背中に。 見送る少女の表情には、意味ありげな微笑みをたたえていた。




 かわいらしいくりりとした目が怪しい色を反射する。 夕焼けをうけてなおいっそう燃え上がる双眸はどこかあやうい空気を感じさせた。




 私は帰宅すると情報を整理する。




 ファミレスでも葵に他に怪しそうなクラスメイトはいないか?


 と聞き込みをしたけど、全て外れである。




 候補を挙げれば怪しいのは、完全無欠のお嬢様瀬川、女装オタク坂崎、大穴で噂好き親友、葵――のどれかになる。




 個人的に三つ目はなしだと思いたいんだけど……


 親友を疑いたくない。 誰だってそう思うはずよね。 信頼という言葉が、思考の邪魔をする。




『それで君のあげた候補の内、最も有力なのは坂崎だというのだな?』




『ええ、昨日ネットカフェをうろついてたっていうし、例のゲーム大会の優勝者レイってやつだったけど、アレ、坂崎令の令から来ていると思うのよね?』




 招待状自体レイから届いた物だったし。




 主催者なら誰がプログラムを手に入れたのか見届けるのも簡単でしょ。


 今回のことは彼が仕組んだんだとすればイグニスの不可解な行動にも納得がいくわ。




 イグニスは私と戦いたいようだったし、自らヴァルキリアシステムを私の手に渡るように仕組んだ……要するに自作自演よ。 ゲーム大会で賞品を受け取る時ね。


 あのときにヴァルキリアを仕組むことが可能だわ」




「こう考えれば私が偶然SYSTEM・ヴァルキリアを手に入れたわけじゃないことになるわね。 ヴァルキリーになってすぐ黒服をが襲ってきたのも、イグニスがけしかけたんだとすれば納得がいく。




 私の変身からイグニス登場までのタイミングが絶妙すぎることから、私にSYSTEM―ヴァルキリアを握らせた相手=イグニスは間違いないと思のよね」




「私の推理だと、相手はゲームマニア、戦闘狂―――女装マニア坂崎を置いて他にないわ!」




 ビシッと、天を指さして宣言する。 フッ、日頃からミステリーものをごくたまにかじってる私には簡単すぎる推理だったよ、ワトソン君。




『まあ、そこまでは良しとしよう。 確かにヴァルキリーとして目覚めた者の中には、手に入れた力に溺れ、本来の目的を忘れ戦いに酔いしれる者も少なくはない。




 自ら素質ある者をヴァルキリーにしたてあげて勝負を挑む。 回りくどいが確かに考えられる話だろう。 力に酔いしれた者とは時に愚かな行動にはしるものだからね。




 しかしだ! しかし、イグニスはどう見ても『女性』だったぞ!




 君は本気でイグニス男性説を主張する気かね? どうかしているとしか考えられんが』




『フッ、坂崎は普段からコ○ルト文庫を愛読するような女装オカマ野郎だ。


 あいつなら変身後の姿が女だったってなんの不思議はないのよ』




 なんたってヴァルキリーは願望によって具現化されると言ったのは?


 どうだねワトソンくん、私の鋭すぎる推理に声も出ないかね。




『では、声はどうだ。 私の記憶する限りヤツの声は完全に女性の者だった むしろそちらの方が問題だ』




『アンタってプログラムなんでしょ、録音機能の一つや二つ持ってないの? あのイグニスの声は録音しておいてしかるべきだと思うんだけど?』




『残念ながら、私をアプリケーションソフト扱いされても困る。 そういう便利機能は備わっていない』




「チッ、使えないヤツ。 まあ、坂崎のヤツはあんな顔してるんだから、声の一つや二つぐらいごまかせるわよ。(偏見)」




 だいたいこういう場合、最もそれらしくないのが犯人だって相場が決まっているものなのよ。




 そ、そうよ、対抗馬の瀬川会長なんて口調からしてイグニスですって感じで、ミスリードを狙っているとしか思えないわ。




 イグニスはワザと瀬川会長の口調を真似ていたのよ……たぶん」




 かなり強引な理論展開だ。 自分でいうのもなんだがどうかしている気もするが、


だけど、だんだん後には引けなくなってきた。 その上自信までなくなってきた。




 他に手がかりなんて思いつかないし、結局、振り出しって事? やっぱり他の関係者を洗い直すのはイヤね。 めんどくさいのよね。




 まどろっこしいのは嫌いよ。 やっぱり当たって砕けろって感じで行くしかないわね。




『まあいい、その坂崎とやらの住所は調べているんだろう?


 ならば今晩こちらから襲撃をかけてみればはっきりすることだろうさ。 それで君の気が済むのならやりたまえ。




 ただし、私は最もベタな瀬川恵理=イグニス説を主張するがね』




「こうなると思って、坂崎の住所は葵から聞き出してきたのよね。


 昨今、クラスメイトであっても連絡先はともかく住所まで知るのは容易ではないのよ。


 でも、情報通の葵にかかれば朝飯前ってわけよ。 いったいどんな情報網してんだかね。




 でも、瀬川会長の住所だけしらないらしいわ。 何でも彼女は早朝からリムジンで登下校するから、調べようがないんだってさ。 情報源、気になって聞いたけど教えてくれないんだよね。




 結局、おまえは何もしてないだろうって?


 いや、友達が優秀な過ぎて出る幕がなかっただけだってば。


 推理は私がしたわけだしね。 必ずイグニスの正体を暴いてやるわよ


 見てなさい。 襲撃してあっ、といわせてやるんだからっ!」


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