第13話「ダンジョン。なんやかんやで楽しかったな」(※Bt

「ここが第四階層:霧の滝。幻想的だなぁ。」


カザミ一行はあの騒動の後、魔力酔いを起こしたリグを支え、木の幹と同化した四階層の入り口を渡り、何とか降りて来たのである。


第四階層の霧の滝は降りて来た深さからは考えられないほど。天井が高く。その高い壁の所々の隙間から大量の白い霧が水の様に流れ落ち、この層の地面に着くより早く空中で霧散する状態を繰り返している。

リグさん曰く、この霧の滝はダンジョンを循環している魔脈の一部が漏れ出したものらしい。

そう考えるとダンジョンって生き物みたいだな。


「ここは特にこれといった危険な魔物はいません・・・ですからゆっくり行きましょう。」


本調子ではないリグが疲れた声で言う。

カザミは同意し、ゆっくりと第五階層への道を探した。

地表はゴツゴツとした岩肌の地面でそこまで視界が悪い事はなく、かえって良好と言えるだろう。


「うぅ、すいません・・・こんな醜態をさらしてしまって・・」


情けない声でリグは謝る。リリーは「ホントにそうだぞー」と特に考えたような様子を見せずに、適当にそういう。


「いえいえ、元はと言えば俺が変に魔力を出し過ぎたせいですから・・お気になさらず・・・」


いや、本当は凄い緊張してるんだけどさ。

今の体勢は言わば若干自分に寄りかかるリグを支えながら歩いてるわけだし・・

なんでこんな緊張すんだ?リグさんは男だ、そう決してやましい状態ではない。

うん大丈夫、多分。


カザミはそうして自分を落ちつけながら、ゆっくりと歩みを進める。

階層の真ん中ほどまで来たのだろうか、周囲の岩壁の距離が殆ど一定に見える距離の場所まで歩いた時に、カザミはふと思い付いた、


「そうだ、リグさんの体内に滞留してしまってる俺の魔力を出せれば大丈夫なんですよね。」

「へぇ?まぁ。はい、それが出来れば苦労は無いんですが、僕はどうやら、それが苦手な体質らしくて・・自分の魔力なら問題なく操れるんですけど・・・」

「じゃあ俺が外からリグさんの体内で滞留してる魔力に干渉して外部に出せれば、どうですか?


カザミの話にキョトンとした顔で聞いているリグと、その隣でその手があったか!といった表情でカザミを見るリリーが言う、


「確かに、それが出来れば兄貴の体調は治るかもしれないが、ホウライにできるのか?」

「多分!、確証はない!!」

「ずいぶんバッサリ言い切りやがった!?」


そんな証拠の無い自身に満ち溢れたカザミと、それを呆れた顔で見上げるリリーを見てリグは困った様に微笑んでいる。


「お気持ちはとてもありがたいんですが・・・既に体内に入ってしまった魔力に干渉するのは・・神位魔術師スルスターウィッチでも難しい事で・・・」

「多分大丈夫ですよ!物は試しって言いますし、試しにやってみましょう!」

「あぅ・・じゃあお願いします・・」


カザミはリグを地面に座らせ向かい側に立ち手をかざす。


なるべく意識を集中して体内の魔力を見る・・・

大丈夫たぶんいけるはず!!


カザミは冷静に瞼を閉じ魔力の流れを見るために視覚以外の全ての感覚を研ぎ澄ませる。

カザミの閉じた瞳はリグの中心を見つめ冷静に体内の魔力の場所探した。


お、ここか?


見えない視界の中でぼんわりと靄のかかった様な場所に手の照準を合わせ、静かにその靄を上へ上げていく様に意識する。


「んぁ・・おぇ・・」


遠くでえづくリグさんの声が聞こえる。

暗い視界の先で靄は着々と上へ上り最後にはカザミそのものへ戻っていくように流れてくる、


「よし・・・・多分これで大丈夫な・・はず。体調はどうですか?リグさん」


目の前のリグは大きく深呼吸をして身体に空気を取り込んでいる。


「はい、かなり楽になりました。お手数おかけしてすみません・・・」


体調が回復したリグは立ち上がり身体が安定したことを示すようにクルリと一回転してみせた。


「お手数なんてそんな、俺もそんな上手くいくなんて自分でも少しおどろいてますし・・・」


ふぅ、いやはやなんとか上手く行ってよかったぁ〜・・・

なれないことでも挑戦してみるのは大事ってことがよく分かるねぇ。


カザミはそうして挑戦する大切さを再認識した。


「にしてもホウライ、お前確証無いとか言ってたのに随分上手く魔力操ってたな、」


横で魔力排出医術(仮)を行ったカザミを眺めていたリリーが怪しむ様に聞いてくる。


「もしかして、ホントは凄い魔術師かなんかなのか?」

「いやいやいや、流石にそんないいものじゃないよ・・ただの旅人だし・・」

「ほんとかぁ〜?」

「あっはは・・・」


怪しむリリーの眼差しから目を逸らし苦笑いをしてなんとかやり過ごそうと必死になっていると助け舟がやってきた。


「こらリリー、あんまり人の事深堀りしようとするんじゃありません!失礼だよ!、」

「痛ってて!!わかったから耳引っ張るのやめて兄貴!!」


兄らしく叱るリグは容姿も相まって兄というよりは、やはり姉だ。


「まぁまぁ、別にそこまでしなくても・・・」


グイグイと耳を引っ張られ涙を浮かべているリリーを見て流石に止めようとカザミが間に割って入る。


「ホウライぃ〜・・・」


止め入ろうとするカザミを見て、リリーは安堵の表情を浮かべる


「いえ、この子は初等学院ファーストスクールでも、周りより魔力操作が上手く出来るからってソレに鷹を括って相手をバカにしたり泣かしたりしているんです。だからこういう時こそしっかりと怒らないとまた調子に乗りますから!」


リリーはリグの言葉にギクリと一瞬固まる。

恐る恐るカザミの顔を覗く、そこには先程までのリリーを心配するカザミは居らず、呆れた顔でリリーを見るカザミがいた。


「・・・前言撤回しっかり説教受けなさいリリーちゃん」

「ホウライそんな!?ちょ、兄貴!待ッ!!痛ッたァァァア!?!?」


リリーの叫び声が周囲に木霊し、霧の滝での一騒動は終わりを迎えた


━━━━


「ここが第五階層に続く入口ですかね?」


カザミ一行の先には岩壁の裂け目の様に縦に細長く空いた細道があった。


「はい、ここを下れば《永久の花園》・・僕達の目的地に着きます」

「いよいよだぁ~!」


リリーはリグの言葉にノリノリで答える。

カザミ一行はゆっくりとその細道へ入っていった。


「そういえばリグさん、五階層の魔物ってどんなのが居るんですか?」

「いえ、五階層は基本的に生息している魔物は居ません」


あれ?、意外だてっきりここからが特に俺の出番だとばかり思ってたが。


「そうなんですか?」

「ええ、ですが最近不穏な話がよく出回ってまして・・」

「不穏?」


不穏な話だと・・幽霊でも出るんだろうか。

暗い細道の中での言葉であることも相まって更に不気味さが際立つ。


「ええ、本来下層に居るはずの魔物が上層階に上がってくることがあるという、噂が流れてまして・・実際、本来出会う筈の無い階層で下層の魔物に襲われて怪我を負ったという話もありますから、僕だけでリリーを守り切れる自信も無くて・・そこでホウライさんを雇ったんです。」


なるほど、つまりその下層の魔物とやらが出てきた場合こそ、

真の俺の出番という訳か・・・・ヤバイ、俄然燃えてキター!!


「お任せください!!何があってもお二人は守って見せましょう!!」

「あはは!ホウライさんが一緒なら大丈夫ですね!」

「ホントにホウライで大丈夫なのかよー・・」


リリーの呆れ半分な言葉を吐き出す中、

目的地:第五階層永久の花園が姿を見せた。


「ここが・・《永久の花園》・・」


そこは名の通り、一面が黒色の花に埋め尽くされた不思議な花園だった。

黒色の花弁を付けた花々は黒色のはずなのに何故か時々白く見えるそんな奇妙な花だ。

それが地面だけでは無い。壁、天井その全てを覆っている。


「こんな景色ホントにあるんだ・・」

「そうですね~、いつ来てもこの景色には圧倒されちゃいます」


リグは柔く微笑みリリーの手を取ってその花園を歩いた。

魔女と少女が花園を歩くという何とも絵になりそうな風景なのだが・・

リグは男である。

やはり、何度考えても信じられない。


「・・!?、リリー待って!!」


不意にリグはリリーを呼んでその手を強く握り立ち止まった。

後ろから付いて来ていたカザミはその切羽詰まった様な声にリグの方を向いた。


「どうかしましたか?」


カザミが冷静に聞くと、リグは恐る恐る指で花園の奥を指示した。

カザミは示された先を見た。

其処には黒色の花に紛れて見えにくくはあるが、確実に花園の花とは違う何かが居た。

花の色よりも深く鋭い漆黒の黒、穴が開いたような黒色の何か。

カザミもその存在に気付き、咄嗟に二人の前に出て片刃刀を抜いた。


「うそ、なんで?なんでこの階層にあれが居るの?」

「リグさん・・あれは?」


カザミの背後からはドサリという座り込む音が聞こえた。

振り向いた先ではリグがリリーの手を握ったまま、動けなくなって震えている。

瞳孔が震え、身体の力が抜けて、どうやら腰が抜けてしまったようだ。


「リグさん!大丈夫ですか!?」

「なんで・・なんでなんで・・」

「兄貴?」


リリーも状況が呑み込めずリグの手を握ったまま立ち尽くしていた。


「リグさん!!」

「なんで・・なんで虚色の貪欲獣トゥフェンエリュートがここに?・・」

虚色の貪欲獣トゥフェンエリュート?それがあれの名前ですか?」

「はい・・なんであれがここに・・?あれは本来第十五階層よりしたの下層にしかいないはずなのにどうして・・なんで・・ここに居るの?」


リグは怯え、話がまともに通じなくなってしまった。

リリーも流石にこんな状態の兄を見たことがなかったからか、

その顔は焦りと恐怖を感じ始めていた。


「なんで・・がここに居るの・・?」

「・・・・え?」


リグの漏らした言葉にリリーが聞き返す。


「何だよそれ・・ママを殺したってママは事故で死んだって言ってたじゃないか・・」


リリーが信じられないという顔で首を横に振っている。

リグはリリーの言葉で僅かに正気を取り戻したのか自分の失言に気付く。


「あ、ちがッ!そうじゃなくて・・」

「じゃあなんであの怪物を知ってるんだよ・・なんであれを見てママを殺した怪物って言ったんだよ!!」

「うぅ・・・・」

「どうして・・・ほんとのこと言ってくれなかったんだよ・・」

「それは・・・・貴方を混乱させたくなかったから・」


泣きそうになるリリーを何とか宥めようと言葉を探しているが、

生憎その暇は無いようだ。


「リグさん・・取り込み中申し訳ないんですが・・・・来そうです」


静かに放ったカザミの言葉を聞いたリグは、直ぐにカザミの刀の剣先に映る景色を見た。


磁性液体の様な液体と固体の狭間の姿の六脚獣がこちらを覗いている。

胴と脚だけのようなその体には歪な狼に近しい顔が生まれ始め、異様に大きく裂けた顎、その端から続くように取って付けられたような六つの眼。

正しく生物という枠から逸脱した不完全な獣が──

駆け出した。


大きく開いた口からあぶくが吹き出すような汚らしい音を鳴らし駆けてくる。


「リグさんはリリーちゃんを守ってください!!」

「ホウライさんは・・」

「この怪物を屠ります・・その為の俺ですから!」


あんな部外者には気まずい話を聞いた後なのに、カザミの心は踊っていた。

魔物狩り・・本番の時間だ!!


今までの経験則のどの形にも当てはまらない歪な獣に僅かな恐怖も残るが、

それを優に上回る興奮に染まっていたカザミの思考は、身体を震わすよりも先に片刃刀を振るう選択をした。


馬鹿の一つ覚えのような無鉄砲ともいえる虚色の貪欲獣トゥフェンエリュートの突進に合わせるように振るわれたカザミの斬撃は、

機腕髑髏アームスケルトンとの戦闘時よりも、

崩礫霊クラッシュエレメントとの戦闘時よりも、

洗練された一撃となって虚色の貪欲獣トゥフェンエリュートへ放たれた。


片刃刀は音もなく虚色の貪欲獣トゥフェンエリュートの身体を抜け、振り切られた。

背後からは着地の音と同時に筋肉がずれ体が引き裂かれる音が鳴っていた。

霧散し、魔石のみが残った背後の景色は一太刀の斬撃で│虚色の貪欲獣トゥフェンエリュートが屠られた証拠だった。


「終わった?・・・」

「いえ、どうやらまだそうですね」


カザミの視線の先、花園の果てからは、十を優に超える数の│虚色の貪欲獣トゥフェンエリュートが駆けてくるのが見えた。


「そんな・・・!!」

「リグさんはリリーちゃんを守ってください、大半は俺が引き受けます!」


その言葉だけを残してカザミは片刃刀を片手に、獣の群れに駆け出した。


先頭の一匹と相対する。

裂けた口から見える不揃いの牙、噛まれれば致命傷すら甘いレベルの傷を負う羽目になるだろう。

カザミは獣が噛みつく瞬間に合わせて片刃刀を振るう。

太牙に片刃刀が当たり金属音が響くが気合で押し切り、

太牙ごと│虚色の貪欲獣トゥフェンエリュートの身体を切り裂いた。

一瞬の内に霧散し魔石ごと粉々に砕け散る。


その一体との戦闘を皮切りにその一切がカザミを標的に収め、牙を向いた。


「・・・凄い・・」


そこからの激戦は激しくも美しいものだった。

リグは目の前で起きる戦闘に目を奪われ続ける。


カザミは獣を一撃で屠り、次の瞬間には別の位置の敵の眼前に現れる。

上下左右前後その全てを利用した立体戦闘。

瞬きの速度で空間を移動し、動けないリグたちに近づいた獣から切り裂く。

その動きは転移空間魔法テレポートを使ってるようにしか見えないが、リグには分からなかった。

連続転移ルートウェイと転移の法則パターンは似ているが、それとは決して違うその異次元の転移速度。

そして魔力を読める筈の虚色の貪欲獣トゥフェンエリュートすら察知できない程の寸前に転移地点の座標に魔力を生み出す技量。

連続転移ルートウェイで無ければなんだというのかそれが分からなかった。


「兄貴!!前!」


目を奪われていたリグの隣から叫び声が響き正面に迫ろうとする虚色の貪欲獣トゥフェンエリュートに気づいた時には既に遅かった。

大口を開け、か細いリグの腕を食い千切ろうとする姿。

もう杖を構える暇も、詠唱の暇もない。


詰みだ。


咄嗟に泣きそうになっているリリーを守ろうと動こうとした刹那。

宙からカザミの放った脳天への渾身の突きを喰らい、獣は魔石へと帰した。

霧散する様子をへたり込んで眺める兄妹へカザミが声を掛ける。


「大丈夫ですか!?」

「え・・あ・はい・・」

「危なかった・・すみません!もう行きます!!」

「え・・ちょっと!?」


礼を言う暇もなく、カザミは残りを片付けに駆け出してしまった。


「・・・・かっこいい・・」


隣で小さく響いた声にリグは顔を向ける。

輝く目をして真っ直ぐで純粋な童心を宿したリリーがカザミを眺めていた。

ヒーローを眺めている様なその憧れを見つけた様な瞳で。


「リリー・・・」


小さく妹の名を漏らしたリグは再びカザミの戦闘に目を移す。


「あ・・・」


リグは気付いた、カザミのやっている事の異常さに。

カザミがやっていたのは転移空間魔法テレポートであった。


「狂ってる・・・」


リグは只一つそう思った。

上下左右前後その全ての移動は只の転移空間魔法テレポートだけ。

それも一秒に一回───いや、零・数秒に一回のペースで連続的に行う只の転移空間魔法テレポート

そんなこと、常人がやろうとするなら自殺行為もいい所だ。

只の転移空間魔法テレポート短距離間レス転移空間魔法テレポート連続転移ルートウェイとは違う。

視界に明確に転移する座標を納め、その座標に魔力溜りを意図的に起こし転移ワープする。

その二つのステップを着実且つ確実にそして完璧に行わなければならない。

理由は簡単、一つでも誤れば死ぬ危険性があるからだ。

碌に転移ワープ先の座標も見ずに距離間を掴まず転移ワープすれば地面や壁に半身が埋まる可能性だってある。

魔力溜りの生成も。ぼんやりと転移先座標の周辺一帯を魔力溜りにすれば、身体は転移先でその一帯にバラバラに転移ワープし、一瞬で只の死体になる事故だってざらだ。


それなのに今カザミがやっていることはなんだ。

明確に視界に座標を納めず、ましては一瞬の判断で座標先へ飛ぶ。

正しくそれは自殺行為そのものではないか。

リグの視線の先では、片刃刀を振るい瞬きの内に別の場所に移り再び片刃刀を振るうカザミがいる。

釘付けになる中、リグは今の仮説に違和感を覚えた。


視界に納めず、一瞬で座標先へ飛ぶ。


不可能だ。幾ら空間認識能力に優れていたってこの階層に来てから未だ十数分、その内で距離間を掴み尚且つ確実な魔力溜りの生成を行うなど。

どんな魔術師にもできる芸当ではない。


何処かで何かを見落としている。


激戦を繰り広げるカザミを凝視し続けたリグは見えた。

カザミが片刃刀を振るい獣を切り裂いたその瞬間、細い刀身に反射した背後の獣へと転移ワープした。

実体を見ずとも把握と生成を可能とする転移空間魔法テレポート、神業とでも言うべき高等技術それを一度ではなく幾回も連続で。

自身の大隊でやって見せたのなら一回だけでも拍手喝采レベルの技術だ。

最早、転移空間魔法テレポートの新たな派生魔法とでも言うべき程の技量と実際の魔法。


これが等級ランクFフラルの人間なのだろうか。


カザミは転移空間魔法テレポートを繰り返し獣を切り続けた。

全方位へと転移ワープをしては獣を一太刀の内に裁断する。

それは剣舞の様な美しさも相まって異様な光景を見せた。


然し、連続の転移ワープを行う中、その一瞬の不意を突き獣は二体同時にカザミへ牙を向ける。


「ホウライさん!!右!」


正面の一体を両断した直後右方向から飛んできていた虚色の貪欲獣トゥフェンエリュートがその牙をカザミの右腕に噛み付いた。


「ホウライさん!!」


焦点の合わない六つの目をあらゆる方向に向けながらカザミの腕に嚙み付き続けるその獣をカザミは反射的な嫌悪感から、片刃刀で突き刺した。獣の頭部を下から上へ貫く片刃刀の剣先には魔石が刺さっていた。


静かに空間に溶け出すように霧散した獣の口のあたりからは傷一つないカザミの腕が見える。


「なんか生暖かくてキモイ!。噛み切られなくて良かったぁ・・・甘噛みだったんかな?」


カザミは先程まで嚙まれていた右腕をブンブンと振って払う様な動作をしてから、手を握っては開き異常がないことを確認している。


「よし!腕の異常なし。それに周囲も片付いたかな!」


安堵感を噛み締めて片刃刀を仕舞った。


甘嚙みな筈がない。

リグは思った。虚色の貪欲獣トゥフェンエリュートは魔物だ、地上の獣とは訳が違う。

加減も知らない本能のみが備わった異常な生物。

実際あの嚙み付きにも加減はなかった、いや、正確には加減は出来ていなかった。

それなのに先に居るこの男はどうだ、服が傷ついた様子の無ければ骨が折れた様子もない。

リグにはただその事実が怖かった。


下層の魔物と互角以上に戦い攻撃を受けたのに一切の無傷で戦闘を終了した規格外の未知。

それがその事実が無性にリグには一握りの恐怖を持たせた。


「ホウライさん?」


恐る恐る声を掛ける。


「はい!大丈夫でしたか!!」


カザミは変わらぬ声と雰囲気で声をかけるがどうしてもそれがリグには不気味に思えてしまった。


「ええ、僕たちはなんとか・・ですがホウライさんは、腕を嚙み付かれて・・」


慎重にカザミの噛まれた腕に触れる。

その時にリグは無傷の原因、そして強力な魔力の所以ゆえんを理解した。


生物は全員がその魂に魔力を持つが、それは本来、放出され続けるのみに留まり、

その放出の向きを変え、密集させる事で魔法という形で物質化させる。

その魔力の放出される向きとは曲げる事は出来ても、本来、大きく角度や方向を変える事は不可能だ。

例えるなら、炎の魔法を自分に向かって打つことは出来ないように。

放出の方向性を緩やかに曲げる事は出来ても例えのように大きく捻じ曲げる事は常人には出来ない。

だがカザミは違った。カザミは魂から常に放出され続ける魔力を捻じ曲げ、薄く濃く高密度に変質させ自分に纏っているのだ。

何時から行っているのかは解らない、だがこれだけの濃密で強力な魔力ならば、かなり長い時の中で魔力を蓄え続けたのだろう。

そしていつの間にか纏い続けたその魔力は強固な壁になった。言わば魔力で作られた見えざる鎧とでもいうべきか。

こんなにも繊細な作業を無意識の内に行っている様に見えるカザミは一体どれ程の戦場を駆けてきたのだろうか。


「リグさん?」


自分の手を掴んで黙り込んで仕舞ったリグに声を掛ける。

リグは焦った様に手を離すと苦笑した。


「あ、すいません!!ずっと握っちゃって・・」


リグは恐怖の感情は抱かなくなったが、何故かわからないやり切れない気持ちが湧いた。


「いや・・それは全然いいんですがそろそろ本来の目的果たしません?」

「あ、そうですね!!・・でも・・」


リグは少しバツが悪そうな顔をして後ろに目を向けた。

リリーの事だろう。何やら訳ありの様だし。

リリーは静かに佇んで俯いていた。


「リリー・・」

「────」


リグは俯くリリーに声を掛ける。


「お兄ちゃんも、もっとちゃんと説明すればよかったよね・・ごめんなさい」


なるべくリリーに無理をかけないように言葉を選びながらリグは謝る。

俯くリリーは黙り込んだままだが、静かに正面のリグに近づいた。


「リリー・・痛っ!!」


リリーはリグの頬に軽い一撃をお見舞いした。

頬を抑えるリグはリリーを見た。

リリーはゆっくりと顔を上げるとリグから顔をそっぽ向けた。


「ったく。あたしは兄貴を事を許す気はない、けど・・もう復讐する相手もホウライがぶっ殺しちゃったし。まあ・・少しは気分が晴れたし、ママも少しはゆっくり眠れるようになるだろうから・・まあ許す気はないけど、許してやる!!」


僅かに赤くなった目元を隠すようにそっぽを向いてそう言い切ったリリーを見てリグはふにゃーんとなりながらリリーに抱き着いた。


「りりぃ~!!」

「うわッ!?ちょっと、兄貴離せ!!苦しい!」

「許してくれてありがとぉ~!!」


足腰がふにゃふにゃになりながら泣いて抱きつくリグをウザったらしく思うリリーが引き剥がそうとしている姿を見て遠くから見ていたカザミは誰にも聞こえない様に小声で言った。


「これにて、一件落着!」

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異世界魔装列車旅行記 神無月《カミナキツキ》 @kaminakituki

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