第9話「この国で明かす初夜に相応しい宿屋を!!」

ウィーンと自動扉が開き、先程いたホールに戻ってきた、


「すいません、先程記入して頂いた、蓬莱ホウライです、」


受付に変わらずにいた受付嬢に声を掛ける、受付嬢はそれに気付き丁寧な仕草で一礼すると、受け答えに応じた、


蓬莱ホウライ様ですね、退場なさいますか?」

「はい、なので武器の返却をと、」


受付嬢はカザミの返答を聞くと、「かしこまりました」と言って武具保管用の棚へ向かうと、一本の片刃刀を持ち出しカザミへ渡した、


「こちらで間違いないか、ご確認ください」


渡した受付嬢は一言そう言った、カザミは鞘の隙間から刀身を少し出し、間違いないかを確認する、刀身は付与した時のまま変わらず紫紺の色が染みついた白紫の刀身をしている、正真正銘俺の刀だ、


「大丈夫です、これで合ってます」

「かしこまりました、それでは出口は入場時と同じ扉を利用ください、」

「はい、ありがとうございます」


そう言ってカザミは紫のクリスタル扉に手を掛け、街に歩いて行った、


「さてと、素晴らしい絶景を見ることも出来たし、一日の最後を締めくくる良い宿を探すことにしよう、」


夜、一日に行う全てのことをやり終えた後の時間、人は何をするか・・・

そう、睡眠である!!

そして、質の良い睡眠には質の良いベッドが必要なのだ!!


「それじゃ聞き込みでもするか、」


そして、聞き込みをするなら、アニメなどでは酒場と相場が決まっている、つまりは、


「酒場系の飲み屋を探すことにしよう、」


だが、探し方なんて無い、兎に角店の看板を見まくって、その中でもそれっぽい場所に入店する、それだけだ、


「それじゃ、探し始めますか、」


街道を歩いて色々な店を見渡し探す中、一見の店が目に留まった、


「《酒場:ウードゥルマルタ》・・・」


《酒場》、正にその名の通り酒を飲んで談笑する場所だ、こういう場所は、大抵の場合色々な人がいる事が多い、


「ここならアリだな、」


扉を開けて入店を知らせる鈴の音が鳴る中、店内へ入った、


「ここが、、、この世界の酒場か、」


見た目は中世仕様の木材を基調とした暖かい色合いだが、明かりが魔法を利用した物なのか電球の様な形をしていてほのかに近代めいている、カウンターには、バーのマスターの様な格好の店員、その裏の棚には大量の酒瓶が置かれていた、


「お客様、こちらへどうぞ。」


初の酒場に興奮して入口で突っ立っていると、マスターに声を掛けられカウンター席を促された、


「あ、ああ、どうも、」


恐る恐るカウンター席に座ると、マスターが話しかけてくる、


「お客様、今宵は何に致しましょうか?」


流石、格式の高そうな酒場なだけあってマスターもとても紳士的だ、


「えーっとじゃあ、オススメがあればそれを、」

「畏まりました。」


マスターはそう言うと、後ろの棚に振り向き、慣れた手つきで酒瓶を二本取ると、マスター側のカウンターテーブルの上でシェイカーに入れ、二、三個木の実に見える物も加えると、リズムの良い音を鳴らしながらシェイカーを振り混ぜた。


振り終わったシェイカーをカクテル用のグラスに入れるとカザミの前に差し出す。


「こちら、ジュラの実を醸造させた葡萄酒ワイン:アノンドとラア麦を醸造させた醸造酒:ロエールのブレンドにテムノアの実を加えた、当店オススメのカクテル:ウェン・トゥシェにございます、」


あー、ヤベェ、何言ってるか全然分からない、これが酒のプロか、凄い、


「ああ、なるほど?、」


何を言っているのか分からないが、これだけ説明してくれたのにノーリアクションなのも申し訳ない、何とか言葉を捻り出すが、その声はカザミ自身ですらわかるぐらいの棒読みになってしまった、


「坊主、酒が分からねぇなら俺が教えてやろうか?」


突然、となりの席で酒を嗜んでいた、男が話し掛けてきた、毛皮か何かで出来たコートに近い衣を纏った男は、見た目に反してがらっぱちな声で聞いてくる、


「え、いやぁ、間に合ってます、」

「そう、硬いこたぁ、言うんじゃねぇ、ここは酒を知る奴が集う《酒場》なんだからよ、先輩の言う事は聞いといた方が為になるぜ?」


為になるとか言う前にそういう貴方は誰なんだよ、とツッコミたい気持ちを抑え、冷静に受け答える、


「ああ、そうですか、ですがその前に貴方は?」

「ああ、こりゃあ失敬、俺ぁ ルー・ウラード、生粋の酒好きだ、」


自らを生粋の酒好きだと名乗ったルーは、そのまま自分の前に置かれていたグラスに入っている、綺麗な紫色の酒を一気に飲み干す、


「今俺が飲んでたのはスランカっつぅ、葡萄酒ワインだ、ほのかに苦味があるが、それがまた良いんだよ、」

「あーなるほど?」

「そうさ、んで、坊主が飲もうとしてるそのウェン・トゥシェは、ちと酸味が強ぇが慣れちまえばただの美味い上等なカクテルさ、」


このルーという男、素人の俺にも案外分かりやすく酒の味を教えてくれる、流石は生粋と自分で言うだけの酒好きである、


「まぁ、こう話してても何だしよぉ、取り敢えず先ずは飲んでみな、」

「ああ、分かりました、」


カザミはルーのペースに呑まれ、そのままグラスに手を付ける、ほのかな青と赤のグラデーションをしたカクテルを口に入れた、


「うぉ・・ちょっと酸っぱい、」

「な?言ったろ、酸味が強ぇって、だが、もう一回飲んでみろ、」


カザミは、言われるがままもう一度口を付ける、するとどうだろう、先程の一口で酸味に慣れた舌はその酸味の中にある別の味を見つけた、


「少し、甘い?それにコクもある、」

「そうだ、その甘味はラア麦の醸造酒ロエールの甘味だ、何回か飲まねぇと気付けない旨味もあるってことよ、」


なるほど、確かに先程の一口だけで辞めていたらこの甘味には気付け無かった、


「流石は酒好きですね、」

「おぅよ、伊達に三十年、酒好き名乗ってねぇからな、」

「さ、三十年!?」


驚いた、雰囲気は確かに中年っぽくは見えるが、肌はまだ若々しいし、小皺なんかもあまりない、これで三十年酒を飲んで来たとは、幾つなんだこの人、


「あの、ルーさんっておいくつで?」

「あ?俺ぁ、今年で、56だ、」

「56・・・・見えないですね、」

「そうか?嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか、」


ルーは機嫌が良くなるとマスターに何かを注文する、マスターは笑顔でそれに答えると、店の裏から、何やら高そうな酒瓶を取り出してきた、


「これは俺からの奢りだ、坊主みてぇに酒の良さに気付ける奴はそう居ない、その祝いってことでな、」

「酒の良さ気付けるってそこまで気付いてますかね、俺、」

「ああ、気付けてる、あのウェン・トゥシェの甘味は俺だって気付くのに五杯は飲んだが、お前は一杯を飲み切る内に、気付いた、坊主にゃあ、才能がある、」


そう言うとルーはマスターから渡された酒瓶をコートのポケットから出した自前の栓抜きで引き抜く、ッポン!っと音が鳴り栓が抜けると、マスターが出していた新しい二つのグラスに注いだ、


「コイツぁ、瑠璃葡萄シーグレープっつう果物を発酵させた葡萄酒ワイン瑠璃月ムーンプールの200年物だ、」

「200年・・それ飲めるんですか?」

「当たり前ぇよ、寧ろ、瑠璃月ムーンプールは100~200年寝かせてから旨味が輝くって言われてるからな、子孫にがれる瑠璃月ムーンプール、っつうこの葡萄酒ワインを使った遊び言葉があるくらいだしよ、」


ルーは語りながらも静かにグラスに注いでいく、その葡萄酒ワインの色はとても暗いこん色をしていた、そこからはほのかに鼻を刺すツンとした香りがする、


瑠璃葡萄シーグレープってのはそのまま食っても美味くねぇんだ、こうしてすり潰して発酵させてやっと美味くなる、」

「なるほど、」

「ほら、飲んでみろ、」


カザミはルーに言われるがままに口に瑠璃月ムーンプールを含ませた。


甘い、とても濃厚な果物の甘味、葡萄酒ワインのほのかな渋味があるが、殆ど濃厚なジュースの様だ、


「こんな美味いんだ、葡萄酒ワインって、」

「お、気に入ったか?」


カザミの反応に嬉し気に声を弾ませ聞いてくる、


「えぇ、とても美味しいです、濃厚な甘味がなんとも、」

「わかってくれるか!、いやぁ嬉しいもんだ、昔、成人の成った記念に仲間と吞んだときゃあ、俺以外は、みな口を揃えて味が強烈だの匂いが強すぎるだの言って、誰も美味いって言やしなかったからよ、」


なんと、それは勿体ない、これは中々に上等な葡萄酒ワインだろうし、それに味もとても良い、香りはマスカットに近い香りがするし、これが不味いとは到底思えない、


「確かに、これが、不味いとは思えないです、」

「だよな!やっぱそうだよな!へっ!あいつ等にも見せてやりたいぜ、俺が変わり者なんじゃなくてお前等の舌が馬鹿舌なんだってな!」


ルーは厳つい笑みを浮かべながら酒場の天上を見ていた、カザミはゆっくりと瑠璃月ムーンプールを飲みながら、そんなルーを見る、


「是非とも言ってあげればいいんじゃないですか?、今度会った時にでも、」

「それが出来ればいいんだけどよぉ、生憎、そりゃあ無理な話だ、」

「何故?」

「全員もうこの世にゃ、いねぇ、」


ルーはそう言うと、あまり顔色を変えてはいないが目は何処か寂しげになった、


「どいつもこいつも、戦争で死んじまったからな、」

「戦争?」

「?、おいおい、お前知らねぇのか、魔術狩ワルプルギスの大戦のことをよぉ、」

「えぇ、申し訳ないですが存じないです、」


ルーはそれを聞くと、驚愕というより何やら悲しそうな顔をして、語った。


今から130年程前、世界で最高峰と言われる程に魔法と魔導技術の発展した大国が全世界に対して放った宣戦布告、そしてそれを機に世界とその大国間という余りにも戦力差のある状態から始まり、三十年前、その大国の壊滅を持って終戦したという途轍もなく長きに渡る大戦争だったらしい、


「俺の仲間はそん時の、ルグルジャーグ攻防戦っつぅ、その大国首都の陥落を狙った攻防戦で逝きやがった、ったく、この酒の良さ知らねぇまま逝きやがってよぉ、勿体ねぇよなぁ?」


無理やり笑う様な顔をしてルーはカザミを見る、


「そうなんですか、それは、大変でしたね、」

「まあな、だが、案外時間が解決してくれるもんだ、寂しいが、今は別に悲しくはねぇ」


強い人だ、きっとこういう人が、力強いく自分を保って生きていけるんだろう、


「坊主、お前は幾つだ?」

「俺は・・22です、」

「そうか、終戦から八年後つったら、確かに、国によっちゃあ知らねぇ戦争になっちまってもしゃあねぇか、」


どうやらこの世界では戦争などの歴史をそこまで後世に語り継ごうとする文化があまり根付いていないらしい、


「おっと、俺ばっか話しちまっていたな、坊主、お前は名前なんて言うんだ?」

風見カザミ 蓬莱ホウライです、」

「カザミか、良い名だ、お前はここに何しに来てたんだ?見た感じただ酒を飲みに来たって感じには見えなかったしよぉ、」


ルーはそう言って瑠璃月ムーンプールを一気に飲み干し、瓶に残っていた分をグラスに注いでいる、


「俺は旅人でこの国に旅行をしに来たんです、それで何処かいい宿を知ってる人でもいないかと思いまして、」


カザミがそう言うと、ルーは少し考えた後カザミに言う、


「それなら《ウールポット》って名前の宿屋がこの店のある通りを抜けた先にある、部屋は質がいいし、泊まるんなら打ってつけだ、」

「ありがとうございます、それと、もう一ついいですか?」

「なんだ?」

「実はこの国来るまでの間に貯蓄が殆ど尽きてしまって、、宿屋に宿泊する分ぐらいはあるんですが、なので、何処か手頃な仕事を請け負える場所など知りませんか?」


カザミは少々気まずげな顔をしながらルーにそう言うが、勿論これは噓だ、まだ白金貨の枚数もあるし、いざとなれば複製コピーを使って金を増やせばいい。


だが複製コピーで作った金が本当に金と言えるのか、という、不安が残る、何故なら複製コピーで作った貨幣は言わば偽札と同じだ、正規の手段を踏まずに作られた偽物、もし硬貨の一部が極僅かにでも違っていれば捕まるのは俺である、それはなんとしてでも避けたい、だからこそ正規の手段を踏んだ金が得られることをしたいのだ、


「手頃な仕事か・・だったら《警益局》にでも行ってみればいいんじゃないか?」

「《警益局》?」


俺はその《警益局》について詳しく聞くと、ルーも快くについて教えてくれた、


「なんと・・そんな場所が!!」

「そんな場所って・・寧ろカザミみてぇな旅人なら知ってて当然みたいな場所だろ、知らねぇ方が珍しいぞ、」


そう言って半ば世間知らずを呆れるかのような目でルーはカザミを見るがカザミはその《警益局》についての感激で全くルーの視線に気付いていない、


「ルーさん、ありがとうございます、明日、《警益局》に行ってみようと思います!!」

「おう、そうしろそうしろ、」


カザミはそのままルーに会釈をすると、マスターにウェン・トゥシェ分の金額を払い、《酒場:ウードゥルマルタ》を後にした、


「えっと、ルーさんが言うにはここらへんか?」

「きゅぅぁぁー」


服のポケットから顔出したモチが、欠伸あくびをしてカザミをみる、


「おお、モチ起きたか、今から宿に向かうぞー」

「きゅぅい?」


今日のモチはよく眠る、今だって旧星詠ホシヨミ之塔で絶景を一緒に見た直後、そのままポケットに入って眠ってしまった、


「お前、これから本格的に眠る場所に行くのに、こんな寝てて、宿についてから寝れるのか?」

「キュウ~」


任せろ~とでも言うようにゆったり鳴いたモチは、再びポケットに顔を埋めに行ってしまった、まあ、モチがポケットにいるとお腹が冷えないからいいんだけどね、


「ここか、」


丁度、酒場のあった通りを抜けた先に出来たT字路になった地点の正面にその建物はあった、外面の装飾も凝られた西洋風建築、ベッドとその後ろにフォークとナイフが交差した模様のタスペトリが掲げられている、


「ここが、《宿屋:ウールポット》・・・」


窓から明かりが漏れ、営業中であることが確認できる、


「入ってみるか、」


扉を開けるとカランカランと鈴が鳴り、室内が視界に飛び込んでくる、コテージの様な室内の壁に、その壁から香る落ち着く木の香りと、所々に観葉植物が置かれているロビー、従業員の服装や使われている木の家具の雰囲気から伝わる明らかな格式の高さ、


「いらっしゃいませ!お客様、」

「あ、どうも、」

「本日は宿泊でございますか?」


元気ではきはきと喋る女性の従業員はカザミに聞く、


「ああ、はい、一泊する予定です、」

「畏まりました!それでは宿泊の形式を選択の上、先に宿泊費を頂戴致します!」

「分かりました、」


この女性、凄いはきはきしてる、なんかこういう人と話してるとついペース乗せられるんだよなぁ。


そんな事を思いながら、カザミは女性に提示された宿泊の形式が表示された用紙をみる、


①:一泊+翌日朝食付 銀貨二枚

②:一泊のみ 銀貨一枚

③:一泊+夕食・朝食付 金貨一枚と銀貨一枚


どうやらここは、しっかりと金を払えば晩飯と朝食が付くらしい、殆どホテルみたいだ、


「えーっとじゃあ②の宿泊のみで」


だが俺は今、特に飯は求めていない、酒を飲んだことで適度に身体が温かい為、このままただただ寝たい、


「畏まりました!それでは二階の三室をご利用ください、」

「分かりました、ありがとうございます、」


女性から鍵を貰い二階へ上がる、鍵を使うとは正にホテルの様だ、二階に着くと廊下に隣接した扉が連なって続いている、カザミは廊下を歩き《三室》と書かれた扉の前で鍵を使い部屋に入る、


「おお、凄い、流石格式高そうなだけあるなぁ、」


家具は元の世界だったら一級品と言われるようなものばかり、奥にはもう一部屋あり、そこにはキングサイズのベッドが一つ、元の世界だったらたったの五千円で入れるホテルを優に超える質の部屋だ。


「うわ、ベッドふっかふか」


ベッドを手で押すとふんわりと押し返してくる、ついつい何度も押してしまう様なそんなふわふわ感、


「これがキングベッド、すっげぇ、」


ずっとふわふわとベッドに触っていたいとも思っていたが、カザミは段々と迫ってくる眠気にこのままでは耐えられそうにない為、服のポケットに入っているモチを出し、枕元に置いて、自分もモチが入っていたパーカーを脱ぎ、ベッドに入る、


「うわぁ、全身がふわふわに、最高・・・」


日本の布団とも違う全身がゆったりと沈み込む感覚、最高だ、自分が寝返りを打てばその形に身体が沈み込み、最適な形に変わる、いやマジで最高かよ、


カザミはそんなキングベッドの幸福を噛み締めながら、ゆっくりと睡魔に身体を預け、眠りについた。














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