あい

粋令

第1話 壊れたもの

 けたたましい目覚ましの音で目が覚める。目覚まし時計に精一杯の怒りをぶつけるかのごとく拳を振り下ろし、鳴り響く騒音を止めた。体が重い。なぜか目覚まし時計を殴る時に振り上げた拳は、鉛のごとくずっしりと重く動かなくなる。頭では分かっている。早く目覚めなければ・・・

 

 「何もできないクズ野郎が調子乗んな」


 まどろみの中、ふと昔のことを思い出した。そうだ、あれは高校生の頃だった。俺は所謂いじめられっ子だった。いや、それも語弊のある言い方かもしれない。いじめられっ子以下の、空気のような存在だった。なぜそこに存在しているのかすら分からない、ただただ気持ちの悪い、ごみクズみたいなもの。それが俺だった。


 「ふざけんな・・・」蚊が部屋の隅で飛んでいるかのようなかすかな声で、つぶやいた。「俺は・・・俺は・・・」


 再び目覚まし時計の音が鳴り響く。「うるせええええ!!」怒声を上げながら、何の罪もない目覚まし時計を叩く。何度も何度も。「俺はクズじゃねえ!ごみクズはてめえだああああ!!」いつの間にか涙が出てきていた。年甲斐もなく号泣しながら暴れていた。そしていつの間にか意識が飛んだ。


 ふとまた目が覚める。目覚まし時計を確認すると時刻は8時50分。始業の時間はとうに過ぎていた。これはまずい、会社に連絡を入れなければ・・・スマートフォンに手を伸ばす。画面を見てぎょっとした。会社と上司から何度も着信が入っている。やばい・・・震える手で急ぎ連絡を入れようとした。しかし、発信しようとしたところで手が止まる。動悸がする。連絡しなければ!しかし手が動かない。涙が出てくる。「助けてくれ・・・」スマートフォンの画面を見ながらつぶやく。


 俺は会社に行けなくなっていた。

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