12.聖騎士と大精霊……②

 ユーリアに促され、レイモンドも恭しく膝をつき、頭を垂れた。

風の大精霊シルフィード』は優しく微笑み、柔らかな声で語り始めた。


「我が盟友たる眷属に連なりし者……突然の訪問、あいすまぬ。我は風の大精霊シルフィードのユーフェミア。見知り置いて欲しい」


 突然この場に姿を見せた風の大精霊シルフィードに二人は驚くより他にない。しかし、光を纏うその姿は透けており、部屋の奥の調度品が見え隠れしている。


「お立ちなさい、二人とも。我は長くこの姿を保つことはできぬ故、言葉が通じる内に我が請願を聞き届けて欲しい」


 思わぬ大精霊の言葉に、二人は驚き、顔を見合わせた。この世を司る神にも等しい大精霊が、聖騎士パラディンとはいえ、一介の風精族エルフに過ぎないユーリアや、ただの村医者になっているレイモンドに何を頼もうと言うのか?

 レイモンドは恐る恐る訊ねた。


「……と、仰いますと?」

「あの子……今は『シェリル・・・・』と言ったか? 我はあの子のことで参った」


 レイモンドはとうとう目を見開き、困惑の表情を浮かべた。

 何故、風の大精霊シルフィードが、あの子シェリルの事を知っているのか?


――それも固有名詞を……それにどうして今迄……?


 彼は風の大精霊シルフィードの意図を測りかねた。隣にいるユーリアは、緊張しているのか、押し黙ったまま何も喋ろうとはしない。

 だからこそ、レイモンドは口を開いた。解決の糸口を求めて。


風の大精霊シルフィード様、私の判断は間違っていたのでしょうか?」


 ユーフェミアは静かに首を横に振った。


「いいえ、レイモンド。其方そなたの判断は正しかった。しかし、これからは一人で抱え込むのではなく『賢者セージシルヴェスター』と力を合わせる時が来た……そういう事なのじゃ」

「ユーフェミア様……どうしてそれを?」


 今度はユーリアが目を見開いた。

 彼女のあるじであるシルヴェスターが、このウーラニアー村を含むエルスワース辺境伯の領主である以上に、唯一の『賢者セージ』であることは、王城でもアルフォード大聖堂でもごく限られた者しか知られていない事柄であり、まさに最高機密トップシークレットの筈だ。


「彼とは長い付き合い故……色々存じておる」


 ユーフェミアは意味深長な笑顔を浮かべ、怪訝そうな表情を浮かべるユーリアを見つめた。


「もちろん『アイリス』の事も」

「……!?……」


 ユーリアは、今度は驚愕した。

 『風精神族ハイエルフのアイリス』は、風精族エルフのユーリアにとっては始祖の神のような存在だ。

 あるじであるシルヴェスターとその高弟筆頭のアイリスが深い縁で結ばれた存在であることは理解しているが、まさか風の大精霊シルフィードもそのえにしで結ばれていた事を、今、初めて彼女は理解した。


「故に我は、残り少ない力を使って其方そなた等に請願に参ったのじゃ」


 ユーフェミアが柔和だった表情を引き締めて話を続けた。


「あの者は『天空の聖女セインテス』……この世界と外界の均衡を保つ『特異点シンギュラリティ』なのじゃ」

「何と!?」

「どういう事でございましょう?」


 想像を遥かに超えた大精霊の言葉に二人が色めき立った。


「残念ながら今は目覚めてはおらぬ……人間族ヒュームの娘として、この世界で育った記憶が全てのようじゃ」


 シェリルがこの世界の均衡を保つ『特異点シンギュラリティ』たる『天空の聖女セインテス』であること、『アニマ神』の暗躍で世界の均衡が崩壊に向かいつつあることを二人に明かした。


 ユーフェミアの言葉に、レイモンドとユーリアは言葉を失った。世界の均衡、アニマ神の暗躍、そしてシェリルの真の姿。これらの情報は、彼等の想像を遥かに超えていた。

 しばらくの沈黙の後、レイモンドが重い口を開いた。


「『天空の聖女セインテス』……あの子が、そんな重大な存在だったとは……」

「ユーフェミア様、それではあの子を守り、導くことが世界の運命を左右するということでしょうか?」


 ユーリアも深い思慮の表情で言葉を続け、ユーフェミアは頷いた。


「然り……されどそれは容易ではない。アニマの尖兵どもが、この地で起こった魔力反応に気づいておる」

――しまった!


 レイモンドは激しく動揺した。自らの判断が敵対する勢力を刺激する結果になってしまっていることに。


「心せよ。抗うにせよ、受け入れるにせよ……その日は遠からず」

「では、我等は何をすべきなのでしょうか?」


 レイモンドが切実な表情で尋ねた。


「先ずシェリルをこの村から安全に送り出すこと。そして、彼女の力を正しく導き、成長させること。そのためには、ホーリーウェル魔導学院が最適の場所となるであろう……さればあの者シルヴィも動くであろう」


 ユーフェミアは二人を見つめ、静かに語った。その姿は顕現した時より明らかに朧気になってきている。ユーリアは驚愕し、一瞬躊躇したが、決意を固めて応えた。


「私から主様マスターに直接報告し至急保護を請願……」


 ユーフェミアはユーリアを制するように片手を上げ、困ったように微笑んだ。


「一つ問題がある。シルヴィあの者は、間違いなく其方そなたの報告を信じないじゃろうな。気の遠くなる程の時間をその為に割いていたのだからのう」

「気の遠くなる程の時間……それはいったい?」


 ユーフェミアの言葉に、ユーリアとレイモンドは驚きの表情を浮かべると、ユーフェミアは静かに頷いた。


「ユーリア。風精族エルフである其方そなたが生を受ける遥か昔から、あの二人は、彼女を探し続けておった」

「……っ!?……」


 ユーフェミアの言葉に、ユーリアは当惑した表情になる。その眉間にはしわが寄り、目は不安げに揺れていた。

 その様子を傍らで見て、レイモンドの心の中では、様々な疑問が渦巻いていた。


――どういう事だ?

  主様マスターやアイリス様が……

  いや、馬鹿げている!

  しかし……まさか、そんな事が?

  

 もう想像がつかない事態に思考が追いつかない。レイモンドは汗でずり落ちる眼鏡のフレームを指で押し上げた。自らを落ち着かせるように。


「彼等にとって、この報告がどれほど重要かつ、慎重な判断を下すものになるのか想像するのじゃ」


 ユーリアもまた腕組みをして考え込んだ。彼女の表情は真剣そのもので、その青い瞳には深い思慮の色が宿っていた。

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