4.貴族の中の平民……①

 シェリルの日課は、毎朝の剣の素振りから始まる。

 剣を持って日々身体を動かし、難しい本を広げ、知識や技能の習得に余念よねんがなかった。彼女にとって重要なのは『可愛い女の子』と呼ばれるよりも『優秀な人間』と呼ばれたいと言う事だった。


 この広大なホーリーウェル魔導学院の敷地の中を、我武者羅がむしゃらに何も考えず汗を掻く。そう、毎日が戦いだ。戦うためには体力が必要なのだ。

 そうでなければ、貴族の子女が大多数を占めるこのホーリーウェル魔導学院の中で、辺境の寒村である『ウーラニアー村』から出て来たシェリルが自分の立ち位置ポジションを見つけることは困難だと彼女は思う。


 こうした鍛錬の結果、シェリルは、他の追随を許さないほどに卓越する存在になっていた。剣術では男子生徒を上回るスピードで剣を振るう事ができる。

 頭脳も膂力りょりょくも優れた存在となったシェリルだから、彼女に憧れを持つ人間も存在しそうなものだが、残念な事に彼女と親しい者はほんの数名しかいない。


 彼女の待遇は『特別生』だ。つまり特例・・で入学を許された平民の事を指す。そもそもこのホーリーウェル魔導学院はその名の通り『魔術師マジシャン』を目指す『才能』ある生徒しか入学することを許されない。

 言い換えるなら、生活するために必要な魔術……いわゆる『生活魔術』……より高位の魔術等級を行使できる能力を持つ者は、このマーキュリー王国の初代国王クリストファー一世に付き従った魔導師たちの末裔、すなわち貴族しか存在し得ない。


 それだけに能力を持つ平民が存在すること自体、極めて珍しく、さらに学年主席の立場にいることが貴族たちの子女である他の学生にとっては腹立たしく目障りな存在だったのだから無理もない。

 本来であれば、格好の『いじめ』の的になりかねない存在ではあったが、彼女の成績が他の生徒より、群を抜きすぎていたことや、彼女の唯一と言ってもいい友人であるステファニーが、王国内で有数の大貴族の令嬢であることが防波堤になっている。


 加えてシェリルは、他人と接するのが極端に苦手だった。口数も同年代の少女と比べて決して多いとは言えず、それが相手にとっては『冷たい』という印象を与えてしまうから、結果的に彼女と親しい人間も少なくなってくる。


――性格なんて、そう簡単に変えられる訳がない


 そう思っている。

 彼女が持つ旺盛おうせいな探求心は、学院でも知らぬ者は居ないほどに有名である。

 三ヵ月おきに行われる試験では常に首席であることには変わらず、彼女自身、勉強することに夢中になってしまうほどであった。

 それは、新しい刺激や嗜好品しこうひん、それに流行のファッションや異性との会話や交際に夢中になりがちな同年代の少女とは趣向が異なっていたが、彼女は意に介さぬように振る舞っていた。


「わたしは平民だから……社交なんか関係ない」


 外見だけでも楽に振る舞いたいという気持ちもあっただろうが、結果、彼女に付いた渾名あだなは『図書館の魔女』であり、恋愛や自らの恋物語に夢中になる同年代の話題には無縁な存在と扱われていた。

 指定された制服も、他の女子校寮生が好んでするようなスカートの丈を詰めて脚を長く見せたり、規則で許される範囲内での化粧メイクを施したりすることさえしなかった。


 貴族の中の平民。

 それ故に制服の生地も外形だけを基準に合わせた亜麻リネン木綿コットンの生地であり、他の同学年の女子生徒のものは光沢のある群青色マリンブルーで金帯の装飾が施されているのに対して、彼女の制服はくすんだ青竹色に見える。


 そんな状況でも、彼女は口を開くこともなく黙々と授業を受け、身体を鍛えていた。

 一頻ひとしき細剣レイピアでの素振りを終えると今度は走り出した。広大な学院の敷地を一周、約十五kmのランニングだ。

 元は『ブルーヴァレー城』という城塞だった『ホーリーウェル魔導学院』は、王都バーニシアから北西に二十kmほど離れた山岳地帯を切り開き、平坦化した場所に建てられている。


 ヴァストリタヴィス大陸の国家群の中では、国内の結束力の高さに定評があるマーキュリー王国ではあったが、開闢かいびゃく当初から、全てが法と秩序で統制されていた訳ではない。

『開明王』と呼ばれた初代国王クリストファー一世の薨去こうきょから十年と経たずに内戦が勃発し、この城もまたその舞台の一つになっていた。


 どれだけ凄惨な戦いがこの場で行われていたのか、シェリルには知りようがない。一人で剣を振るっている場所が、かつては練兵場であったことも。

 気の遠くなるような月日が流れ、この場所がどのような目的で設けられ、どれだけの人間の人生が交じり合ったとしても、今を生きる彼女には知る術はない。


 それでも、この『城』で過ごす数多あまた魔術師マジシャン候補生がいるにも拘らず、日々の鍛錬を行っているのが、末裔である筈の『彼ら』ではなく、辺境の村娘であるシェリルという現実がある。これこそ歴史の皮肉としか言わざるを得ない。


 この学院に入学して以来、一日たりとも休まずに一人で朝の修練を続けてきた。剣術の他には体術、弓術、魔術そして槍術。その中で最も得意とする武器は細剣レイピアだ。男子生徒に比べたら非力なシェリルが勝るのは剣を振るう速度しかない。


 けれども、そのスピードを鍛錬し、常に先手が打てる優位性アドバンテージを十二分に発揮することで、相手の力を封じ込めることが出来る。

 しかし、ただ単純に速ければいいというものではなく、相手に少なからずのダメージを与えられる程の威力も持たせなければならず、そのためには質量も必要になってくる。

 この相矛盾する要素を解決するのが『魔力』だ。


『魔力』を体内に素早く巡らせることにより、筋肉の反応速度を高めたり、力を増幅させ繰り出す戦闘法を使用することができる。

 最大に発揮させれば、まさに空を引き裂き、大地を割るほどの威力を誇る。このスピードに追随できる武器が細剣レイピアなのだ。

『魔力』を用いて、まるで剣の舞を舞うかのように虚空を飛び、振り返る先に細剣レイピアの切っ先を叩き込む五連撃の剣技……五連撃星刺突剣クイントスタースターブ……が彼女の得意とする技だ。


「……!?……」


 その時シェリルは違和感を覚えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る